いくいくいくいくイグゥ!
「今日はありがと、有馬くん」
「こちらこそ」
「榊さん、速く帰ってくるといいね」
「……うん。じゃあ、また大学で」
「またね」
飛野さんが住むマンションの前で、彼女に別れを告げる。
時刻は十九時。夕陽が地平線の向こうに消え、空は既に夜への着替えを済ませている。
さて。これからどうしようか。どうせ家に帰っても榊さんはいないしなぁ。
こういうとき、僕が二十歳なら一人飲みとかして時間を潰せるんだけど……。僕だと普通の食事になってしまう。まあ、それでもいいんだけどね?
「……」
ダメ元で、あの人たちを飲みに誘ってみるか? 勿論、僕は飲めないけれど。
僕の決意が変わらないうちに、二人をLINEのグループに誘い、強制的に三人のグループを作った。連絡先、なんとなく交換しておいてよかった。
『お久しぶりです。急にすみません。もし暇なら、今からどこかで食事でもいかがですか。飲みでも大丈夫です。僕は飲みませんが。ちょっと、榊さんのことについてたずねたいことがありまして』
待つこと、約二分。
ほとんど同時に二つの通知が鳴った。
『なんやそのオモロそうなイベント!? いくいくいくいくイグゥ!』
『……クク。甘美たる骨肉の饗宴、我も馳せ参じよう(あ、ぜひ参加させてください)』
と、我藤さんと舞姫さんからすぐに返事がきたのだった。
いや、僕から誘っておいてなんだけど、暇人すぎないかこの人たち!?
〇
お酒が飲めない僕に気を遣ってくれたのか、我藤さんと舞姫さんはファミレスを提案してくれた。
二人のため、僕はもう少し大人っぽい場所の方がいいかと思いバーを提案しようとした。だが、そういえば我藤さんはいつも金欠だったことを思い出し、結局ファミレスに賛成したのだった。……我藤さんなら、金欠でもどんな店にもきてくれそうだけれど。
というわけで、錦糸町のとあるファミレスに僕たちは集まったのだった。
現在、二十時。いつの間にか辺りはすっかり暗くなってしまった。
ファミレスの入口付近で二人を待つこと、約五分。
「やあやあ。お久しゅー。有馬くん」
「あ……ふふ。お久しぶりぃ。こーたろーくぅん」
どこかで合流したのか、我藤さんと舞姫さんは同時に現れた。
そして僕は、そんな二人の姿に目を奪われることとなる。
我藤さんはなんと、和服に身を包んでいた。帯とかもしっかり巻いた、高価そうな着物である。その上、サングラスもかけているから、なんともアバンギャルドな印象を受ける。本当に色んな服持ってるな、この人。そりゃ金欠にもなるよ。
そして舞姫さんは、今回は前回のブラックロリータとは対照的な、ホワイトロリータ服に身を包んでいた。眼帯も今日は、薬局とかで売っている安価な白のあれである。その眼帯と、非日常的なゴスロリ服との対比が舞姫さんのミステリアスさを強調しているように思える。そこまで考えてのコーデなのだろうか。
「お二人とも、本当お綺麗ですよね……」
てらいのない僕の称賛に、二人は目を丸くする。
「わは! あんがと!」
「いでっ!」
容赦のない我藤さんの張り手が僕の背中を襲う。
「あ、ありがとっ。でも、それよりも、こーたろーくん」
舞姫さんは、恥ずかしそうに頬を染めつつも僕の両手をぎゅっと握ったのだった。
「お、おめでとぅ。やしろちゃんと、上手くいったんだってね……!」
「せやせや! おめでとう、有馬くん! ……いやぁ、しかし、あの榊がなぁ……」
「ど、どうも……?」
改めて言われると、なんだかむず痒い。
「ほいで? 上手くいっとんの? 榊のことで聞きたいことあるって言ってたから、いい知らせなんか悪い知らせなんかドキドキしながらきたんやけども?」
「それが、ですね」
ちらと視線をよそに逃がすが、通行客の視線が少し気になる。
店先で、派手な恰好をした美人二人に囲まれていると、嫌でも目立つ。
話の続きは、店の中ですることにしたのだった。
〇
「榊が家出、なぁ……。ウチもなんも聞いとらんなぁ」
「わ、わたしも、なにも……っ」
ファミレス内。
ここ数日、榊さんが家に戻っていないことを伝えると、我藤さんと舞姫さんの表情はわかりやすく曇ってしまった。
しかし、一瞬にして我藤さんの顔は変じ、目を線にして微笑むのであった。
「まあ、榊が消えるなんてこと、実はそない珍しいことでもないんやけどな」
「そう……ですよね。実は前もフラっといなくなったことがあったので、そういう人だっていうのは知ってるんですよね」
「やしろちゃんは気まぐれだからねぇ。長い間LINEが放置されることもあったりするよ。……ふふ、そんなマイペースなところも推せるよねぇ」
僕同様、我藤さんも舞姫さんも、あの自由気ままなメイドさんに振り回された経験があるようだ。
「まあ、榊にもなんや事情があるんやろ。いつもみたく、そのうちフラっと戻ってくるって」
「うんうん。きっと戻ってきてくれるよぉ」
「……そう、ですよね」
いつもの榊さんのきまぐれ。いつの間にかしれっと帰ってくる。……そんな風に思いたいが、心の奥底でそれを否定する僕がいる。
やはり、原因は僕にあるのではないか?
榊さんは、自由を重んじる人だ。
結婚なんて言葉を出してしまい、重いと思われたのではないだろうか……。
暗い感情が漏れ出ないように気を配っていたつもりではいたのだが、我藤さんと舞姫さんにはお見通しだったのだろう。彼女たちは僕を気遣うように、いつもよりも気丈に振舞ってくれているように感じた。
そして、そんな二人の優しい気遣いに、僕が勇気をもらったのもまた、事実であった。




