ラノベのヒロイン
──結婚したいくらいには。
僕のトンチキ発言により榊さんの人間らしい感情や表情が溢れ出した。
それによってなのかはわからないが、家族たち三人の榊さんに対する薄っすらとした壁のようなものが取り払われたらしい。
ちなみに、先ほどの僕の発言に関しては、家族からはそれ以上追及されることはなかった。皆、お付き合いをするなら結婚を前提にするのが当たり前だろう、という考えがあるのだろう。それは、僕も同じだ。
一方榊さんは、目をぐるぐるとさせながら僕になにかを言いたげな様子であった。だが、家族がいる手前言いづらいのだろう。彼女もその場での追及はしてこない。
ということで、僕の発言は誰にも深堀りされずにすんだのだ。
それからは、五人仲良く話し合いながら夕食にありついた。
榊さんは、振舞われた缶ビールを遠慮せずにグビグビといっていた。
榊さんほどではないが、僕の両親ともにお酒が好きなので、彼らの酒盛りはかなり盛り上がっていた。榊さんがお土産に持ってきたちょっといい日本酒が、どんどん減っていく。
少しずつテンションの上がっていく三人を横目に、酒を飲めない僕と妹の節那はちらと視線を見かわす。
「よかったね、お兄ちゃん。いい人見つかって」
「ん? うん」
そう言った妹の目は、少しだけ寂しさが宿っているように見えた。
……。まあ、僕も節那に彼氏ができたらなんだかちょっと寂しい気もするし、気持ちはわからなくもない。
〇
泊まっていきたい気持ちも勿論あった。だが、僕は明日朝から講義があり、榊さんも朝から仕事があるため、宴もそこそこに家を出ることにした。今度は、連休にまた訪れるという約束を家族と交わして。
家族に別れを告げ、僕たちは最寄りの駅へと二人で歩き始める。
時刻は二十一時前。今から東京に帰ったら、日付をまたいでそうだな。
住宅街から少しはなれるだけで、視界の自然の割合がどんどん増えていく。頬をかすめていく夜風が心地いい。
自転車で爆走した中学時代の通学路──小川沿いの自然豊かな遊歩道を、今、榊さんと二人で歩いている。不思議な気分だ。
「いい人たちだな」
「僕も、そう思います」
酒を飲んで上機嫌な榊さんが、上を見てふと真顔になった。
「田舎って言ったら、失礼かもだけどよ」
「大丈夫ですよ」
「やっぱ都会よりさ。星、綺麗なのな」
榊さんの瞳の上には、星の絨毯が生まれていた。
僕も、つられて夜空を仰ぐ。
家屋の明かりも街灯もないこの道は、地上にそそぐ星の光を阻害するものがなにもない。
だから、夜空に散らばる無窮の星々を、体全体であますことなく体感することができる。
なんとなく、星空に向かって右腕を伸ばす。
どこまでも、溶けていきそうな夜の空。
こうしていると、流れる星の一部になったような気さえしてくる。
「将来は、こういう落ち着いた、星が綺麗な場所に住むのもいいかもな」
榊さんの頭には、僕の口からもれた結婚という言葉がまだ残っているのだろうか。
「その隣には、僕もいるんですか?」
「馬鹿。隣にお前のいない星空なんて見て、誰が嬉しいんだよ」
苦笑し、榊さんは僕の脇腹を軽く小突いた。
暗い暗い夜道を、月と星の光だけが照らしている。
自然と、僕たちは手を繋いでいた。
「なんかいい雰囲気を醸し出してるとこ悪いけどさ」
「急にどうしました?」
「お前の妹ちゃんさ」
「はい」
「やっぱ、ラノベのヒロインっぽかったな」
「どこがですか!?」
〇
東京へと向かう、帰りの新幹線の中。
僕は通路側、榊さんは窓側に座り、二人で車窓外を流れる風景をなにも言わずに眺めていた。
家屋やビルの明かりが流星のように後ろに尾を引く様は、見ていて飽きるものではない。
榊さんは、駅で買った500mlの缶ビールをつまみとともに一人で煽っている。まだ飲むのかと思ったが、いつものことなので突っ込まない。
窓の外を見る榊さんの横顔は、いつもよりも少しだけアンニュイな要素が強く浮き出ているように見えた。誤差程度のため、気のせいかもしれないが。
「……先を見据えんなら──」
「え?」
「あたしもそろそろ、かな」
小さくこぼされた榊さんの言葉の真意が、今の僕にわかるはずもなかった。
〇
無事に、僕たちが住むアパートに帰ったまではよかった。
よかった、のだが……。
『しばらく家、空けるわ』
そんな書き置きを残し、次の日から榊さんは僕たちの家から姿を消してしまったのだった。




