じじぃとばばぁの神様、ジジバエル
伊達眼鏡がどこに売っているのか僕はよく知らないのだが、とりあえずあてもなく榊さんと二人で歩いた。
夜の錦糸町は、疲れた大人と浮かれた若者が入り乱れている。
「伊達眼鏡を買いに夜に買い物にいくって、なんだか文学的ですね」
「そうだな。いや、どこがだよ」
ノリとツッコミの間が一秒もない貴重なノリツッコミだった。たぶん、なにも考えずに適当に返事をしたのだろう。まあ、僕も適当に話しているから、おあいこだ。
「伊達眼鏡ってどこに売ってるんですかね」
「お前、知らないのによく一人で家飛び出そうとしたな」
「榊さんは知ってます?」
「知らねぇ」
知らないのかよ。
「服屋とか古着屋とかか? あとは、百均とか三百均とかにもあるかもな」
「服屋……」
そんなことを口走りながら、僕は榊さんのメイド服に視線を落とす。
「なんだ? お前くらいになるとメイド服単体にも興奮できんのか?」
「できますが、そうじゃなく」
「できるのかよ」
「いや、今度一緒に博物館いこうって話、前したじゃないですか。そのときには、榊さん、普通の服着ていこうかなって言ってましたよね?」
「あー、んなことも言ったなぁ」
「伊達眼鏡のついでに、榊さんの新しい服とかも見ていきませんか?」
「えぇ~~?」
「うわ、露骨に嫌そう! そんなに普通の服着るの嫌ですか?」
「嫌というか、めんどいというか。金もかかるしさ」
「そう、ですか……」
「うわ、露骨に残念そうだな」
肩を落とす僕を見て、榊さんは大儀そうに息を吐く。
「……ま、一着くらいは持っててもいいとは思うけどよ」
「それは本当です!?」
「うおっ! うるせ!」
榊さんは、急に顔を近づけた僕をしっしっと追い払う動作をする。
「一着は買うつもりだったしな。あたしが選ぶのも面倒だし、お前の好きな恰好してやるけど?」
「め、女神!?」
「ずっとテンション高ぇ~~……」
ハイな僕に対して、榊さんはいつものローである。
「ぼ、僕の好きな恰好を榊さんが……? でも、それってメイド服になっちゃうな……。いや、榊さんのメイド服以外の服ほとんど見たことないから、メイド服以上の無限の可能性がある、のか……? いや、榊さんにメイド服以上に似合う服があるか? 否、ない!」
「あー、はいはい。キモイっスねー」
〇
とりあえず、適当に歩いていて一番初めに目に留まった百均に入ることにした。
広い店内に、日用品から雑貨、食品まで、ありとあらゆるものが綺麗に陳列されている。
百均って、どうしてこんなに気分が高揚するのであろうか。
「榊さんって、百均好きそうですよね」
「新手の誹謗中傷か?」
「その発言こそが百均への誹謗中傷では!?」
「まあ、好きだぜ。安ーし。あたしの部屋にある食器とか、ほとんど百均で買ったし」
「買ったはいいけどあんまり使ってなさそう」
「お前のあたしへの偏見の的中率凄いな」
そんな会話を交わしながら、僕たちはアクセサリー類が集まる棚の辺りを捜索した。
そして、案外あっさり伊達眼鏡を発見することができた。
「榊さん! 伊達眼鏡です! 伊達眼鏡ですよ!」
「UMA見つけたときくらい喜んでるな」
三百円くらいするのかと覚悟していたが、意外にも伊達眼鏡は百円で売っていた。
種類も結構多く、黒縁や赤、青、べっこうなんてものもある。
「どれにすんだ?」
「榊さんは黒一択」
「クソ速判断キモ男」
「クソ速判断キモ男!?」
黒縁の、フレームが少し太めの伊達眼鏡を選んだ。ちょっと男らしいというか、かっこよすぎるだろうか。いや、榊さんならなんでも似合いそうだな。
僕がそれを榊さんに手渡そうとすると。
「公太郎がかけさせてくれ」
と、榊さんが髪を耳にかきあげながら僕に首を伸ばした。
照明を取り込んだ黒いピアスが煌めく。素敵だ。
「ピアスに興奮しなくていいから」
「その心読む特技ホントなんなんだ」
榊さんの綺麗な顔に、優しく伊達眼鏡をかける。
彼女の細い黒髪が、たなびくオーロラのように前後した。
榊さんは自分で眼鏡の位置を微調整し、僕の方を向く。
「どうだ?」
「お、おお……」
おお、としか言いようがない。
黒の眼鏡に縁どられたおかげか、榊さんの美麗な形の瞳がより強調されているように見える。まるで、高価な額縁に入れられた名画のようである。
そして、僕の予想通り眼鏡をかけた榊さんはとても知的に見えた。IQが三十はアップしているかのような貫禄さえ感じさせる。
「じじぃとばばぁの神様、ジジバエル」
「す、凄い……。ネタツイもいつもよりどこか知性を感じる……」
いや、どこがだよ。じじぃとばばぁの神様ってなんだ。
「じゃあ、これで決定で! 僕が買いますので!」
「おん? 他のは試さなくていいのか」
「はい。たぶん、これ以上はないかと」
「ふぅん。じゃー、次は古着屋でもいくか」
榊さんは妖艶に目を細め。
「お前好みになってやるよ」
「……最初からずっと僕好みなんですが」
なんだか、いつの間にかノリノリの榊さんなのであった。




