魔物討伐一体目 3
「……よぉ、どうだった?」
そうして男たちが合計十人倒れる建物の前で、物陰に隠れて様子をうかがっていたゼンセーは、戦闘終了と共にシルファを連れて二人のもとへと様子をうかがいに行く。
二人が止める間もなく飛び込んでしまったため、いざとなったら救援に入れるよう気配を殺して様子をうかがっていたのだが、蓋を開けてみれば子供ら二人の方が終始圧倒している状況だった。
とはいえ、初めての身内相手でない対人戦ともなれば、二人の方も少し思うところはあったらしい。
「レイはともかく、私は武器の性能で押し切ったって印象が強いわね。いや、まあ、武器っていうか魔法を使うための【シン域】の話なんだけど」
少しだけ考え込むようにしながら、先に口を開いたのは自身と似たような技を使うウルリクという男を目の当たりにしていたエルセだった。
実際、念動を用いた遠距離射撃、それも遠隔操作までしているという点でいえば、ウルリクとエルセの攻撃手段は比較的似通っていたといえる。
もっとも、似通っていたからこそエルセとの模擬戦に慣れていたレイフトは、その攻撃をあっさり掻い潜ってガウテというらしい大男を撃破してしまえたわけだが。
「あと、本当の意味で武器っていうなら、私もこの人を見習って自分で用意した方がいいかもとは思ったわ。石とかはそこら中にあるからあんまり飛ばすものに困ったことがないけど、欲しい用途のものが手に入らなかったりするとこの先困るかも」
四年の歳月の中で訓練を重ね、ナイフでもある程度の近接戦ができるようになっているエルセだったが、逆に言えば現在彼女が装備している武装などその程度だ。
そもそも武器の類が都合よく手に入らない環境に身を置いていたこともあって、トーリヤ達はナイフのような刃物ならそれぞれ持ってはいるものの、ほとんど生活必需品やサバイバルグッズのような側面が強く、戦闘ではもっぱら魔法に頼ることの方が多くなっていた。
例外といえば、お手製の木剣を魔法の発動媒体にしているレイフトがいるが、こちらも一般的な意味での武器と呼べるものではなく、先ほどの戦闘中にはあの二人から子供のごっこ遊び扱いされてしまう始末である。
「――武器っていえばさ、ここの連中ナイフみたいなのを使ってるのがほとんどだったけどこれってやっぱり街中だからかな?」
「だろうな……。曲がりなりにも街中に潜んでる関係上、あんまり大げさな武器は持たずに隠し持てるナイフとかで武装して身体強化で戦うか――、あとは念動系の魔法を飛び道具にして戦うってのがこいつらの基本戦術なんだろう」
人里離れた孤島に隔離されていた関係で、あまり体系化された戦闘技法については触れてこられなかったトーリヤ達だが、島に残されていた書物を頼りに自分たちで研究していただけにそういう形に落ち着く理由についてはある程度理解できる。
「あとは【シン域】についてだけど、やっぱり使ってる奴はいなかったな」
「そうね。最後に出てきた二人も他の連中に比べると格上って感じだったけど、【シン域】を使ってる感じはしなかったし」
「単純に練度と魔法能力が他のより高かったって印象だな。その魔法能力も、どちらかといえば親和性とか適性とかが高い人間が順当に訓練したような感じだったし」
「逆にこいつらの方もお前らの魔法を感じて【シン域】の存在に思い至ってなかった当たり、やっぱりこれってそんなに知られていない、かなり特殊な発動方式ってことになるんだろうな……」
恐らく世間一般的にも【シン域】に到達している人間自体がごく少数派なのだろう。
少なくともレイフトやエルセの魔法を見て、その異質さから【シン域】の正体に思い至らなかった当たり、彼らが【シン域】を用いた魔法に馴染みが無かっただろうことはなんとなく予想がつく。
(あれは結構、実際に目の当たりにすればなんとなくそうとわかるもんだからな)
島での検証で【シン域】を使った魔法とそれ以外とを比較して、前世にはなかった感覚でその違いを明瞭に感じた経験から、トーリヤは半ば確信と共にそう予想を立てる。
この世界の魔法は、術者が違っても同じ世界に接続して発動させる性質故か、感覚を世界とつなげていれば他人の魔法発動が感覚としてなんとなくわかる。
これについては、同じテーブルに触れていれば、他の人間がテーブルの上で作業しているとき、その動きが振動などの形で伝わってくる現象に感じとしては近い。
接続先が違う【シン域】を用いた魔法もそれは同じで、一方で違う発動メカニズムで同じ世界に干渉しているが故か、通常の魔法と【シン域】を用いた魔法では覚える感覚に言語化しがたい明確な違いというものがある。
にもかかわらず、二人の魔法という形でその特異な感覚を味わっていたはずの男たちは、けれど【シン域】について何ら言及した者がいなかった。
島に残されていた魔法に関する文献にもその存在を思わせる描写すらなかった当たり、【シン域】を用いた魔法は少なくともこの世界において、あまり世間一般では知られていない手法なのだろう。
今回二人が合計十人もの男たちを圧倒できた背景には、そうした【シン域】周りの事情もある程度絡んでいると言える。
(――まあ、ともあれ、だ)
ひとまずトーリヤとしてはこの場での戦いで一通り目標としていた情報は取得できた。
無論、あくまで田舎の治安の悪い地域、そこに巣くう犯罪組織が一つだけのサンプルデータである以上過信は禁物だが、少なくとも島で研究と訓練に打ち込んできた四人がそこらの悪党に負けないとわかっただけでも収穫はあったと見るべきだろう。
(あとは捕まってた子供の保護と建物内に残ってる残党をどうするか……。なんかどたばたやってるところを見ると用心棒的な戦力が負けたんで慌ててるのか……。野放しにもできないし、さてここから、は……?)
そうして思案しながら、ふと意識の向こうにいる本体の様子をうかがったゼンセー(トーリヤ)は、しかし共有される五感情報に違和感を覚えて一人かすかに眉を顰める。
同時に――。
「ちょっ、シルファ……。こんなところで寝ないで」
背後からついてきていたはずのシルファに対し、エルセが驚いた様子で駆け寄るのを見て、慌てて自身も後ろを振り返る。
見れば、駆け寄って受け止めたエルセに抱き留められる形で、シルファがなにやら眠そうな様子で首から上をガクガクと揺り動かされている。
――否。単純に眠そうというだけではない。
よくよく見ればその顔色は普段より明らかに赤く上気していて、まさか慣れない環境に出たことで熱でも出したのかとトーリヤがそう危惧して――。
「――なぁ、トーちゃん、なぁんか、おかしぃくねぇかぁ……?」
――続けてかけられたレイフトの言葉に、現状がそれよりはるかに悪い事態なのだと、そう突きつけられることとなった。
「――な、んだぁ……」
慌てて視線をレイフトの方へとむけて、他ならぬトーリヤ自身も体に違和感を覚えて頭を押さえる。
動いてみて初めて自覚した、どこか足元がおぼつかない、体が妙に軽くなっているような奇妙な感覚。
見れば、レイフトもなにやら同じような症状に襲われているのか、シルファ同様顔を赤くしてその場に膝をついていた。
否、それどころか、意識でつながる本体の視界、そこに映り込む二人の子供の様子ですらも、今目の前で不調を訴えているレイフトやシルファと同じような状態だ。
恐らくはその視界の主、ほかならぬトーリヤの本体たる少女の体も。
程度の違いはあるものの、共通しているのは足元のふらつきと体温の上昇。
そしてそんな自分たちの状態に、この場で唯一大人だった経験を持つゼンセーには一つ有力な心当たりがあった。
「――こりぇは、酩酊感、か……。こにょ感じ、まさか、おりぇたちはいま酔っぱらってんのかぁ……!?」
前世でそこそこ酒を飲んだ経験があっただけに、前世とよく似た大人の体でゼンセーは自身の状況を把握する。
とはいえ、前世ではそこまで無茶な酒の飲み方をしてこなかったことを踏まえても、この酔い方は間違いなく異常だ。
(――酒の匂い……!! そういえばずっと、さっきからやけに酒臭いにおいがしてやがった……!!)
治安の悪い地域ということもあってそういうものなのかと思ってしまっていたが、思えば本体もゼンセーも、離れた位置にいる二つの体が同じように酒臭さを感じていた段階でおかしいと気づくべきだった。
敵の実力を調べることを目的としていながら、寄りにもよってトーリヤは敵の手の内を見誤り、全員が巻き込まれるような規模の、攻撃の予兆をむざむざ見逃した。
この世界の人間がどのような魔法を使うのか、手の内も力量もわからない未知の敵であるとなど最初から分かっていたはずなのに。
「んぅ……、んぅぅ……。トーしゃん、トーしゃんが、いないぃ、いにゃいのぉぉ……!!」
そうして焦燥にかられるゼンセーの背後で、いつもは口数少ないシルファが顔を真っ赤にしながらそう叫ぶ。
エルセに受け止められて地面に横たわったまま、なくしたぬいぐるみの形を追い求めるように両手を体の前でワキワキさせて、駄々をこねるように。
「しる、シル、ファ……。だいじょぶ、おりぇはここにいるから――」
「ちがぅのぉっ、トーシャンがいいのォ……」
普段から聞き訳が良くおとなしいシルファだが、一方でこの末娘は、トーリヤの本体をどこかぬいぐるみかなにかのように思っている節がある。
猫や犬など、もっと抱き心地のいい分身などいくらでも用意してやったにもかかわらず、この娘は何かというと現在八歳のトーリヤ本体を抱きしめたがり、トーリヤ自身も親に甘えたい盛りなのだろうと普段からそれを容認してしまっているところがあった。
そんなシルファが今、酒に酔ってテンションがおかしくなったせいなのか、珍しく泣きわめいてお気に入りのぬいぐるみを亡くした幼児のようにトーリヤを探して駄々をこねている。
「――っ、ぁ、ああ……。油断……、これは、油断、だ……!!」
対して、何かというとストイックなレイフトはといえば、酒に酔ってなおストイックだった。
「――ぅ、く……、油断――、けどどうすれば、防げた……。あの臭いをに気づいた段階でェッ――、いや、それだけで危険と判断するのは――、あ、頭が回らない……」
地面にあおむけに倒れて片手で額を抑えながら、頭痛に苦しむレイフトが若干おかしくなったテンションで一人反省会を始めている。
否、それだけではない。なにやらこの状況を打開しようとしているのか魔法を使おうとする気配は感じられるが、ひどく酒が回った状況ではそれもままならなくなっているらしい。
そしてそれについては、ほかならぬトーリヤ、この場にいる分身ゼンセーと建物内にいる本体についても同じだ。
厳密には、本体の方は酔いつぶれて他の子供らとともに眠り込んでしまっているのに対し、大人の体であるゼンセーの方が酒に強いためか辛うじて意識は保てているが、それでも魔法の行使は難しくなっているうえにまともな思考すら困難になっている。
万事休す。こうなっては後は町の各所に情報収集のためばらまいた分身たちが、こちらの異常を察知して駆けつけてくれるのを待つしかないと、そんな巡りの悪い思考の元他の分身たちへと意識を向けて――。
(――いや、違う……。違うぞ……。これは――、そもそもこれは、誘拐グループの攻撃じゃない……!!)
自身と意識を共有する分身たち、その中でもこの町で情報収集を目的に生成した、各地に散っていた分身たちの様子に意識を向けて、そこでトーリヤはようやく自分たちの陥る状況の、その深刻さに気が付いた。
見れば、町の各所に散らばった分身たち、人型や他の動物型を問わず生成していたそれらは、全て軒並み同じような酒気にやられて倒れるなどして行動不能の状況に陥っている。
否、それどころか、どの分身の視界にも同じように倒れるこの街の人間や、馬などの家畜の様子が映っているのだ。
そこまで目の当たりにして、酒にやられたトーリヤの頭はようやく今の状況の考えていた以上の深刻さを理解する。
(――攻撃されてるのは俺達じゃない……!! 戦ってるこの場だけじゃ、ない、この町まるごと……。離れた位置にいる街の住人全員がこの酒の匂いにやられてやがる……)
なまじ誘拐グループとの戦闘中だっただけに敵対する相手からの攻撃なのだと考えてしまったが、よく耳を澄ませてみればその誘拐グループが根城にしていた建物内からも、同じように酒気にやられたと思しき男たちのうめき声のようなものが聞こえてくる。
こちらがすでに行動不能に陥っているのに追撃などが何もないことには疑問を覚えていたが、蓋を開けてみればなんてことはない、相手の誘拐グループの方も同じ酒気にやられてダウンしていたのだ。
それについていえば、トーリヤ達が倒れている現状で、最も危険と見ていた誘拐グループからの追撃は無くなったともいえるわけだが、まずいことに現在の状況はトーリヤ達の危機が去ったことを意味しない。
なぜならこの世界において、町一つを被害に陥れる存在など、人間の軍を除けばただ一つ。




