魔物討伐一体目 1
トーリヤ達が四年越しに孤島を脱出し、まず最初に行ったことは付近で一番大きな町を探すことだった。
鳥の分身を周囲へと放ち、見つけた村落などに人型分身を聞き込みに向かわせて、そうして得られた情報をもとに付近にある人の集まる街の場所を探っていく。
場所がわかったら、その町へは二人づつ二頭の馬に乗って向かう。
もとより島にいたころから、陸地に戻れたらどういった形で活動するかは行動の予定を立ててあった。
島にいたころから練習自体はしていたため、四人はトーリヤの意思が宿った分身の馬であればある程度乗馬が可能で、自作して持ってきた馬具のようなものを組み合わせれば最低限移動できるだけの足は確保することができていた。
無論、いくら異世界とはいってもこんな十台前後の子供四人が二頭もの馬を所有し、乗り回していると知れたらどう考えても怪しまれるため、人里が見えてきたらある程度の段階で馬を消して徒歩で街に入る必要があったが。
(ついでに言えば、子供四人の旅はやっぱり不自然だから、大人の分身はいた方がいいんだよな……)
町が見えてきた段階で馬を消し、代わりとばかりに大人の男であるトーリヤの前世の姿の、この四年の間に適当にゼンセーと名付けた【模倣分身】を生成する。
続けて、いくら裸ではないといっても鱗皮服では目立つため、こちらも島から持ってきておいた大人用の衣服を着せて体裁を整えると、いよいよ四人はおよそ四年ぶりに、自分たち以外の人間がいる都市へと足を踏み入れることとなった。
いったいどれほど前の時代のものかもわからない服を着て、大人一人に子供が四人もいるという、旅人を名乗るには明らかに不審な要素をフォローしきれないそのままで。
これは当時のトーリヤ達が知らない、あとになってからわかってきた話だが。
トーリヤ達が生まれ、帰り着いたヴィデアン王国西部、海に面したその一帯というのは、元々他国との交易拠点になる港をいくつも抱えたかなり栄えた土地だったらしい。
らしい、というのは、そもそもトーリヤ達が生まれた時点でその繁栄が過去のものとなり、複数存在した港町はその繁栄の源泉となる、港としての役割をほとんど喪失していたからだ。
トーリヤ達の生まれた村もそうだったが、この辺り一帯の人間は基本的に船を使うことはあってもそれほどを沖の海には出ていない。
否、大昔、それこそ百年近く前には漁業で沖に出ることも、交易のために船が行き来することも活発に行われていたらしいのだが、そんな船の行きかう航路のど真ん中に危険な魔物が現れて以降、その場所を通る船のほとんどが沈められ、事実上この近辺の海は使い物にならなくなってしまったのだ。
その魔物こそ、この四年間というものトーリヤ達を島へと閉じ込め、つい先日ついに討伐(仮)されたあの海竜になる訳だが、それについては今ここで語っても意味はない。
重要なのは、この地方にある港町は港として栄えながら百年近く前にその機能を喪失し、以降海という資源の使用を大きく制限された状態での経済活動を余儀なくされたということだ。
トーリヤ達が最初に向かった都市、ジルバもそうした港町の一つで、幸いにして大きな川に面していたためそれを利用して内陸部との交易こそ行われていたものの、海上からの物資の輸送は断たれた状態で、あとは近隣の村落からの農作物と、最盛期の量からは大幅に減じた海産物、あとは周囲に生息する巨獣を狩って得た成果物などを取引してかろうじて命脈をつないでいた。
そしてそうした事情ゆえに、このジルバの町、ひいてはこの海沿いの地方に共通する性質として、港が閉鎖された際に多くの船乗りたちが職にあぶれ、それどころか帰国の道すら断たれてしまった者たちがあふれた結果、いつしかスラムのような場所が作られて定着し、それによって他の地方に比べ治安がかなり悪くなっているということだ。
それこそ、子供ばかりで旅などしていようものなら、それを格好の獲物とみなす大人がそこかしこにいるくらいには。
あるいは、仮に引率の大人が一人増えたとしても、引き連れている子供が四人もいれば、やっぱり狙える相手と見られて付け狙われるくらいには。
(うん……、まあ、驚きの治安の悪さだな……)
そうして街に入って一時間もしない頃、何も知らなかったトーリヤは頭に袋をかぶせられた状態で内心そう呟いていた。
四歳のころ海竜の生贄に船に乗せられたころ以来、人生二度目のズタ袋である。
まあ、これについては正直トーリヤの中に油断があった。
前世に比べてこの世界の人間の倫理観の希薄さについてはそれなりに理解していたはずだが、頭ではわかっていても前世の感覚を引きずっていたうえに、久しぶりの人里ということもあってそのあたりの警戒心が緩くなっていた。
結果、他の三人に加えて保護者役を担う分身と歩いていたところを、わずかに他のメンバーから距離が開いたところを突然袋をかぶせられて連れ去られ、今もまた両手を後ろで縛られた状態で二人組の男らしい犯人に担がれ運ばれている最中である。
(おまけに周りの反応までずいぶん淡白だし……)
なにしろ異常に気づいて分身と子供らが追跡を試みたところ、変な爺さんに「やられたな」と笑い飛ばされ、アジトの場所を教えてほしければと金をせびられたくらいである。
生憎と攫われた少女と金をせびられた男が同一人物だったため、その爺さんの要求については後足で砂をかけながらお断りしたが。
(さてさて……、これはまたどこに連れていかれるのかね……)
とはいえ、トーリヤとてなにも抵抗できずに捕まったわけではない。
否、実際のころ抵抗自体はしなかったのだが、それはあくまで本体の話であり、残してきた分身は早々に鳥の分身を生成して現在も本体とそれをさらった二人組の男を追跡中だ。
その本体にしてみても、特に意識を失ったわけでもなく、袋をかぶせられて縛られているだけの現状ならば、それこそいくらでも抵抗も制圧も可能だ。
いかに十にも満たない少女の体とはいっても、トーリヤとてこの四年間訓練は積んでいるのだ。
そのうえに【生体出力】をはじめとする常軌を逸した手札を有するトーリヤであれば、正直この状態からでも二人を制圧する方法はいくらでも思いつく。
(いや、まあ、実はこんな連中でも俺より強いって可能性もないわけじゃないんだが……)
長く島で暮らしていたがゆえに、この世界の一般的な人間の戦力がわからないトーリヤは、さすがにないだろうと思いつつも一応この場は慎重になっておく。
加えて言うなら、そもそもトーリヤにはこの二人におとなしく攫われている理由もあるのだ。
(さっきのじいさんの話だと、この町には身代金誘拐や人身売買をやってる犯罪組織がいるって話だし……)
普通であれば、ようやく人里にたどり着いて早々こんな人さらいに会うなど不幸以外の何物でもないわけだが、現在のトーリヤの目的を考えればこの状況自体は実は幸先のいいものだ。
もとよりトーリヤのこれからの行動指針は、一年後に襲来を予言されている魔王に対抗するための準備を整えること。
そして強敵と戦うのであれば、可能な限り大きな組織、できれば国などのバックアップを受けられる立場になっておきたいと考えるのは自然な発想なわけで、仮に今からトーリヤがこの世界の権力者と接点を持とうと思ったら、それはもう強烈なまでの功績を立てて名を上げるのが一番手っ取り早い。
ついでに言えば、海上の孤島に隔離されていたためにこの世界の一般的な人間の強さを知らないトーリヤとしては、こういうあまり心の痛まない相手でそのあたりのレベルというものを探っておきたいという思惑もある。
(――いやまあ、さすがにこんな犯罪組織が百獣組手を圧倒できる戦力ってことはないはずだし……、ないよな?)
巨大生物から人型まで含めた大量の分身をつぎ込んでおきながら、レイフト一人に圧倒された事実を思い出し、心中で若干の不安を覚えるトーリヤだったが、それでも抵抗せずに男たちの手により運ばれていく。
向かう先は、本来であればにぎわっていただろう元港の周辺。
そのあたりに乱立する、荒れ果てた建物からなるスラムとでも呼ぶべき一角だった。
「なんでトーちゃんってこんな自分のことだけガードが甘いんだよ」
前を歩くトーリヤの分身、見知った親の顔の一つに向けて、呆れの混じった声で隣を歩くレイフトがそう苦言を漏らす。
どことなく気まずそうに前を歩く男の分身の様子に、この際だから注意喚起を兼ねた説教でもしておこうと、先ほどから考えていたことをエルセも口に出すことにする。
「――たぶん、前世の大人の男だったころの気分が抜けてないんでしょ。私たちのことは子供だから狙われる可能性が高いとか思ってるくせに、今の自分が、その本体が私たちより年下の女の子だってことを忘れてる」
「いや、それはさすがに分かってるよ。さすがに九年も暮らしてれば、女の体もさすがに見慣れてきたし――」
「――でも、たまに今の自分がどの体の自分かわからなくなってる」
そうして言い訳を述べるゼンセーに対して、それとしっかりと手をつないだシルファが、しかし後ろから刺すような言葉でそう指摘する。
「――ああ、なるほど……。なまじ意識も記憶も共有してるもんだから、たまに今の自分がどの体を使ってるのか忘れて、別の体での振る舞いがぽろっと出てしまう、と」
「――ぅん。たまに、大人のトーさんに声を掛けたら、小さいトーさんみたいに上向きながら振り返るし……」
「それ、大丈夫なのか? 今の自分が人なのか犬なのかティラノサウルスなのかわからなくなったらことだぞ……」
「さすがにそこまで違えばわかるわ……!!」
むきになった父親の反応に、エルセも内心でさすがにそこはわかるかと本人の申告を信じることにする。
同じ人型同士ならばともかく、犬やティラノサウルスではそもそも見える景色からして違うのだ。
本人曰く分身の思考能力はその生物が持つ脳の性能に依存するという話だし、さすがに生物としての種が違えば各種感覚の部分も相当変わってくるに違いない。
「――ふぅ……。ああ、アジトについたぞ。今椅子に座らされて袋取られた。よかった。鳥が入れない建物の中から、さらに地下道とか繋がってたら追いかけるのが大変になるところだった」
そうして、ようやく攫われた本体の運搬が終わったのが分身越しに伝えられ、外でそこに向かう四人の話題は次の行動へと移ることになる。
「んじゃ、アジトもわかったことだし斬り込むか?」
「待ちなさいよ……。どうせわざわざアジトに運ばせたってことは一網打尽にするつもりなんでしょ? で、どうなの? 悪党の親玉みたいなのいた?」
「うーん、一応偉そうなのに尋問みたいな事されてるけどこいつが親玉なのか幹部なのかはなんとも……。っていうかどういう組織構造なのかなんてわかんないしなぁ……。一応聞かれてるのが親が金持ちかとかだから、さっき聞いた身代金誘拐もやってるってのは本当みたいだけど……」
聞けば、この町に住む誘拐組織というのは基本的に子供をさらってはどこかに売り飛ばしてしまうらしく、一部親が裕福であることが分かった場合のみ身代金を要求する路線に切り替えているらしい。
とはいえ、そのあたりの事情はあくまで先ほどのろくでもない老人の語る噂話レベルの情報だ。
加えて、そうして攫える子供にそこまで裕福な家庭の者がいるとも思えないことを考えても、彼らの主なやり口は人身売買の方だと考えた方がいいだろう。
「野郎……。大人の俺について『そんな金持ってるように見えるか』って言ったら、『だろうな、四人まとめて売り飛ばしに来たのかと思ってたよ』とか抜かしやがった……」
不愉快そうにつぶやくトーリヤの分身に、エルセは心中でそう思われた理由について、やはり服装だろうかと首をひねる。
食料だけは豊富な島で長年暮らしていただけあって、エルセ達四人は血色や栄養状態についてはそれほど悪くないはずだ。
一方で衣服に関しては、島に残された服をいじったり直したりしてだましだまし使っていただけあって、見方によってはそれなりにボロボロでみすぼらしいものになっている。
例外があるとすればトーリヤの分身たちが着ている鱗皮服くらいだが、あれはあれで一般的な衣服と比べると異質な外見になる上に分身以外の衣服にはできないため、人里にたどり着いた今はどこかで古着か何かを一定量仕入れた方がいいかもしれない。
「ちっ……。『子供売りに来たのなら他の三人とは案外早く再会できるかも』って、売り飛ばす先もこいつらなのかよ……。――ああ、なるほど……。一応朗報だ。どうやらこの国、一応人身売買は立派な犯罪って扱いらしい」
「いやそれ、犯罪者本人に聞いたのかよ」
「どうも隣の帝国だと売れる相手がいるらしいんだよな……。そっちも違法なのか、それとも国による法律の違いなのかは――。――、いや、もういいか」
と、そこまで話していて不意に目を細めた分身の表情に、隣でそれを見たレイフトが腰の後ろの二本の木剣を抜き放つ。
「そろそろ斬り込めるかな?」
「ちなみに何があったの?」
「監禁部屋に先客がいやがった。って待て、先に分身で威力偵察するからまだ突っ込むな。人数こそ二十人もいないのはわかってるけど、まだ相手の力量もわからないんだから――」
「いやまどろっこしいよ。こういうのは自分でぶつかって試した方が早い」
「私も行く。っていうか力量のわからない相手っていうなら、防御の堅い私が行くのが一番でしょ」
押しとどめるようなゼンセーを逆に押し返しながら、レイフトとエルセが二人そろって問題の建物目指して歩きだす。
そんな二人を分身の手を握ったまま見送るシルファは、ふとその鼻をひくつかせて顔をしかめ――。
「――お酒臭い……?」




