17:迫る開幕を前にして
(退去、確認)
自身の知覚範囲から離れていく二系統の敵対者の存在を知覚して、ベルデは淡々とその事実を受け止める。
あるいは、これが人間であったならば立ち去ってくれたことに安堵していたかもしれない。
実のところ、相手もそれなりに疲弊していたようではあるが、それについてはベルデの方も似通った状態だ。
否、単純に被害の程度で言うならベルデの方が余程酷い。
なにしろベルデの左腕は、先ほど引き起こされた爆発の段階で炭化し、すでにその身から切除されているのだ。
それどころか、守りきれなかった左半身は焼けただれ、左目は視力を失って、さらには聴覚も爆音によってかほぼ機能しない状態となっている。
火傷の箇所に植物の葉を貼り付け、その薬効成分のみを抽出して肉体に浸透させているが、それでもこの肉の器が元通りになることはありえない。
敵方とは比較にならないほどの甚大なダメージ。その一方で、ここまでの重症を負ってなお、このベルデという預言者の戦闘能力が低下しているかと言えば答えは否だ。
「処置完了。喪失機能、確認。問題、なし」
今でこそ人間の肉体を使っているが、そもそもベルデは頭脳体だけで長く活動してきた【知的生命天体】だ。
そもそも脳さえあれば、厳密にはその脳とそれを維持するための臓器さえあれば活動に支障はない。
手足など、そもそもベルデにとっては不要なものの筆頭だったくらいなのだ。
――否、不要というのであれば、中途半端に潰された五感の方が規格外の知覚能力を持つ。ベルデにはむしろ不要だっただろうか。
元よりたかだか二十年程度使っただけのかりそめの器、未練と言えるものすらあまりない。
とはいえ――、否、にもかかわらず、だ。
(――不快、不愉快――)
元よりペルテの目的を一言で言うなら『因縁の敵探し』だ。
かつて自分という星に土足で踏み入り、こちらの庭を散々荒らし回ってくれた他天体の、先ほどの言葉を借りるなら恐らくは【化身】に近い存在。
この星がどこかの天体からちょっかいを出されていると聞いて、かつての自分が受けた被害を思い出し、もしも同じ相手であればその時の報復ができるかと思い参戦に至った。
けれどそうして参加してみれば周りは不快な虫ばかり。あげく今日に至っては、かりそめの器とはいえ参加に必要な肉の器を半壊に追い込まれる始末。
そしてそんな経験を積み重ねたが故か、現在ベルデはかつて天体として侵攻を受けた時と同等の、強烈な不快感を感じている。
否、この感覚を一言で表すとしたら、それは恐らく――。
(――屈辱?)
そうして先ほどの相手に苛立って、その苛立ちの理由を探るベルデは、やがて人間たちから最低限学習した言葉の中からそれらしいものを見つけ出す。
(――適合、……屈辱。不快、情動、憤慨、否定、――否ッ、――否ッ、――否ッ!!)
平静を掻き乱されるような不快感のもと、ベルデは自身の焼けただれた半身に植物の葉を重ねて貼り付け続け、やがて半分植物のような風体になってしまったところで付近の炭化した樹木を念動で砕いてようやく落ち着きを取り戻す。
(――報復、決意)
やがて固めるのは、会えるかどうかもわからない因縁の相手と、同程度に報復の相手とみなした相手への新たなる因縁の認定。
(――提案受諾。人間社会衝突回避。候補地選定――、決定)
そうしてひとまず次なる戦いに備えるつもりで、ベルデは自国内に限定しながら知覚する距離を引き上げるかわりに範囲を絞るかたちで周囲を見渡し、そうして見渡した範囲の中から人間たちから隠れて準備ができる、最適と思える場所を選定する。
(――残存時間、三七一日。迎撃準備、必要事項羅列……。いまにみていろ)
表に出さずに独り言ちて、動物を許容しない【天体の化身】は人間社会に染まることのないまま、しかし厄介な部分で人間的側面を獲得して、自身の身体を念動で浮かべて空の彼方へと姿を消す。
因縁の相手、新たな因縁、そして不快な虫。
それらすべてを対象に、来たる日に存分に力を振るうその日を夢見て、獰猛に口元をゆがめながら。
かくして、定刻を前に上がりかけた幕はひとまず上がり切らずに下ろされた。
開幕までに残る時間はこの星の時間で一年弱。
それだけの時間を用いて、強大な敵と戦う準備を余儀なくされて、そしてそんな前哨戦から三か月後。
どうやら世界は変わっても、同じように局面が出来上がれば口にするセリフというのは大体共通するものらしい。
「今日からこのクラスに新しい生徒が編入することになった。挨拶を」
三箇所で同じようなセリフで促され、分身越しに見える別々の景色の中で三人の子供らが第一声を放つ。
「あー、レイフト・アイランズ、です。よろしく、お願いします」
「エルセ・アイランズ――。ヨロシク」
「シルファ・アイランズ、です。今日からよろしく、お願い、します」
そんな三人を分身越しに見ながら、帰還した王国、その王都。
そのはずれにある貴族の多くが通う学院の片隅で、トーリヤがつぶやくのは予想していた展開との落差への疑問。
「なんでこんなことになってんだろうなぁ」
舞台に上る勢力は総勢五つ。
グラスロウ帝国、【帝国の天帝】。
強者を屠り、強者を生み出しながらその頂点に立った闘争者。
サイエン仙導境、【仙導境の賢者】。
文明と富、発展と先進で国を酔わせる埋伏の毒。
ハルメリア聖教国、【聖教国の聖女】。
神よりも神らしく、一つの宗教と共同体を自分色に染め上げる共栄圏の一端末。
オーベンバント連合国、【連合国の預言者】。
植物を好み、それ以外を嫌う。隠す気もない侵略的外来種、あるいはその発生源。
ヴィディアン王国、【王国の勇者】。
人でありながら人間社会に根を下ろさず、けれど人間らしく群れを成した異星人。
そして天より来る【凶星】。
いまだ正体の見えぬ、この惑星そのものへの敵対宣言者。
それ以外、人間たちに目を向けても、舞台に上がれそうなものが幾人か。
すでに開演までの時間は一年を切った。
最後の役者の登場を皮切りに、今度こそ五つの天体が激突する、そんな舞台の幕が開く。
悲劇か、喜劇か、それ以外の何かになるのかすら予想もつかない、スケールだけは大きい、そんな舞台が。




