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テンセイ者たちのエキサイトライフ  作者: 数札霜月
第二章 転生預言者の■■■ライフ
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16:転生預言者のスローライフ

 ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、と。


己の内側から、心臓が肋骨を叩く嫌な音がする。

頬を滴り落ちる冷や汗の嫌な感覚が止まらない。

脳内で大量の情報が、最初のきっかけが訪れなかったために引き出せていなかった知識が連鎖的に開示され、押し寄せる情報の量と内容に様々な意味でめまいがする。


(【知的生命天体】――、知的生命、天体、だと……!?)


もとより魔王にたとえられるような存在が相手だ。

自身が転生に際して与えられた力が強大なものだったとしても、むしろそれくらいなければ対抗できないような存在なのだろうと、情報がないなりになんとなくでも予想し、戦う覚悟を決めていた。


けれど、違う。

そうして想定していた者と、覚悟していた相手と、この相手は根本的なスケールからして異なっている。


「ハァ――、ハァ――、は、ぁ……」


「トーさん?」


 同時に、一つ重要な前提情報が解禁されたことで、トーリヤの中にはもう一つ脳内で解凍されてくる情報があった。


 それは先ほどまで殺し合いを演じていた相手。

 周辺を観測してその情報をもとに未来を演算し、植物を操り、人間を、否、動物を嫌うそんな特徴を持つ天体、そんな相手についての情報が、【生体図鑑】に収録された生物情報の一つとして確かに収録されて在ったのだ。




【演算樹海庭園】という天体がある。


 厳密には、【知的生命天体】なる存在は抑々自分たちに名前を、名前という名の最小単位情報を設定する習慣を持たないため、この名前は人間であるトーリヤに情報を与える際に仮に設定された名称に過ぎないのだが、少なくともトーリヤの知識の中に【演算樹海庭園】の名前で登録された【知的生命天体】が確かに存在していた。


【演算樹海庭園】は、知性体が知性的飢えを満たすために必然として求める生態(ひまつぶし)として、その方向性を未来予知に求めた【知的生命天体】だ。


 厳密には、周辺事物を観測し、それらの動きの連鎖を計算することで、その先にある必然の結果を算出する予測演算。


 地球の人間が言うところの【ラプラスの悪魔】の理屈に近い演算方式を、この天体は自身の知性の飢えを満たす趣味(ライフワーク)として見いだしたのである。


 とはいえ、だ。

 これがほかの天体であったなら、未来の予測演算という題材は【知的生命天体】の知性的飢えを満たす、趣味にして生態ともいえる生きるうえでライフワークにはなり得なかったことだろう。


 これは人間が観測する天体の運行などを考えればわかる話で、単純な物理法則のみに支配された世界において、起きる現象というものは基本的に一定の周期で起きる、同じことの繰り返しになりやすい。


 【知的生命天体】はその頭脳体の性能の高さゆえに、とにかく自身の処理能力の全てを使い切れる趣味(ライフワーク)を求める傾向があるわけだが、そんな存在にとって難易度の低い、ほとんど同じ計算を繰り返すだけの行為にあまり意味はないのだ。


 にも関わらず、この天体が予測演算を趣味とできたのは、単純に予知の難易度を引き上げてくれる物理法則とは別の要素が、自分という惑星の上に息づいていたからに他ならない。

 成長し、進化し、常に変化し、それにより更なる変化をもたらし続ける、そんな生命という別の要素が。


 【演算樹海庭園】はいわゆる地球型等と呼ばれるタイプの惑星だ。


 実際にはどんな生物がいて、どの程度進化し、どれほど繁栄していたかは定かはないが、それでもこの星には生命と呼べるものがいて、それが星全体で繁栄し、そしてそれ故に天体による予測演算を一定レベルで困難なものにしていた。


 そしてちゃんと困難であったが故に、この天体はむしろこの予測演算という命題にのめり込んだ。


 徐々に観測·予知する範囲を拡大し、同時に規模をミクロの単位にまでこだわり抜いて、より精密に、より先の未来まで見通せるよう予知の精度を引き上げた。


 ――と、このように。

 【演算樹海庭園】は未来の予測演算に熱を上げている【知的生命天体】だ。

 そしてそれと同時に、自身の予測を的中させること(・・・・・・・)に固執している天体であるともいえる。


 これに関しては、むしろ人間のほうがその価値観はわかるだろう。


 未来予知というものは、実際に起きる未来と照らし合わせて的中しなければ意味がない。

 否、的中せずとも意味はあるのかもしれないが、自身の優秀さを証明する意味でも難易度という意味でも、やはりというか予知というものには的中を目指してこその意味がある。


 ゆえにこの天体はただ未来を予知するだけでなく、その的中に、演算結果で正解すること(・・・・・・)にこだわった。


 事前に自分という星の未来を予測して、その時間を迎えた際に実際の状況と演算した予測を照らし合わせることにより行う答え合わせ(・・・・・)


 そんなことを繰り返して、けれど【演算樹海庭園】の予測演算はある一定のラインを超えた段階で、どうしても予知の精度が上がらなくなった。


 範囲を拡大し、規模を厳密し、予知する未来までの時間を延長するほどに、この天体は予知の的中、その正解を阻むどうしようもない壁にぶつかった。


 その壁となったのが、独自の行動原理のもと好き勝手に動き回り、どれだけ行動を予測しようとも必ず予測を外れる個体を出す生命体、すなわち動物。


 【演算樹海庭園】という惑星の生命がどの程度進化し、発展していたかまでは分からないが、そもそも動物という存在の行動予測は困難だ。


 単純に本能に従って生きる生命であっても、ほかの個体と違う動きをするものは必ず現れる。

 当たり前だ。何しろ動物の進化のかたちには行動原理すらも含まれる。

 生物の進化というものは、ほかの同種とわずかに違う異端の個体が現れて、それが生き延びて子孫を残し、徐々に少数派から主流派に変わっていくことで起きるものだが、そうした異端の性質とは何も身体的特徴のことだけではないのだ。


 それでなくても、生物というものは学習するし、そうして得た経験、そこから来る行動原理が本能に追加されるカタチで次代に受け継がれたりして行動原理を形成していて、それでいてそうして培われた行動原理も最適解とは限らなかったりもする。


 そしてそうである以上、一体一体微妙に違う動物の行動原理を完璧に計算に組み込むことなど不可能で――、そしてこの天体がそのことに気づくのも時間の問題だった。


 結論から言えば、【演算樹海庭園】という惑星は、自身に巣食う動物と呼べる生物群を完膚なきまでに滅ぼしてしまった天体だ。


 動物の行動を観測し、もはやその動きを完璧に予測するなど不可能だと判断したこの星は、自身という惑星に生きる、勝手に動き回る生き物を一匹残らず虐殺して根絶した。

 今ではこの星では、名付けた樹海の名の通り植物以外の生き物は一匹たりとも残っていない。


 おそらくこの天体にとって動物とは、自身が計算問題に答えたその後で、理不尽に問題の数字を書き換えて導き出した答えを不正解に変えてくる、そんなとびきり理不尽な(バグ)としか思えなかったのだろう。


 そして恐らく、先ほどからの言動、ここで起きた一連の事件を考えれば、人間もまた彼の目にはそういった(バグ)の一種としか写っていなかったに違いない。


 自身という星の上に多彩な生命を保有して、それらすべてを観測できる知覚能力と頭脳を持ちながら、人を含めた動物すべてをシンプルに邪魔者としか見なさなかった知性体。


 自身の予測演算の正解のため、植物のみを育てて動物すべてを虐殺する演算と園芸の天体(ほし)


 それが【演算樹海庭園】――ベルデだ。




「――冗、談――、冗談っじゃぁ、ないぞ……!!」


 うめくように、絞り出すように思わずそう叫ぶ。

事態の思っていた以上の深刻さに吐き気すら覚える。


 もとより【魔王】と聞いて、人間より強い異種族、ここで言うなら知的生命体やその軍勢を相手どるくらいの覚悟ならばできていた。


 この世界に来て、魔物と呼ばれる存在の詳細が分かって以降は、あのユグドラシルクラーケンやそれに匹敵する規模の怪物すらも想定のうちには入っていた。


 だからいくらなんでもこれは違う。いくらなんでもここまでは想定していない。聞いていない。


 大陸全土を巻き込む大災厄だとか、人類存亡の危機だとかまでは想定していたが、いくらなんでも惑星規模で、その星のあり方まで変えてしまうような意識と能力を持った存在が相手だなどとは。


 シンプルに、そもそもの前提となる生物としてのスケールそのものが異なってしまっている。


(――落ち、着け……!! そうは言ったって人間のスケールにまで落とし込まれた相手だ……。今だって、【天体の化身】だか【天星者】だかだっていうベルデと、こっちはそれなりに渡り合えてた……。

 問題は――、これから襲来する【魔王】ってやつがどの程度のスケールで襲来するのかがわからないこと……)


 もし仮に、この【魔王】がトーリヤの考える天体のフルスペックで襲ってきた場合、トーリヤはもちろん人間サイズにまで落とし込まれている化身たちではまず勝てない。


 開放された情報の中には、【知的生命天体】なる存在がこの星の人間である言うところの【魔法】、それも【シン域魔法】を扱えるらしいことまで含まれていたが、仮に同じ方式で魔法を使えるとなった場合、その実力の差はシンプルに脳のスペックで決まってくる。


 早い話、頭蓋骨に収まる程度の極小の頭脳体しか持たない人間では、天体サイズのスパコンとまで評されるような大容量の頭脳体を有する【知的生命天体】にはまず勝ち目がないのだ。

 そしてこれは純粋な人間だけでなく、【知的生命天体】の精神を人間の肉体のなかに落とし込んだ、彼女らが言うところの【天体の化身】であっても同じことが言える。


 勝ち目があるとするならば、相手となる【魔王】が天体としてのフルスペックを発揮できない状態にあり、かつこちらの【化身】達が結託して対抗できた場合だが――。


(ダメだ……!! 他の【天体の化身】――、こいつらだって到底敵に回らないと断言できる相手じゃない……!!)


 唯一正体や手の内が知れているベルデ一人に限って考えても、この【演算樹海庭園】はむしろ野放しにしてはいけない類の能力と精神性の持ち主だ。


 先程までの戦いだけを見ていると、知覚能力と予知能力、そして植物を急成長させる魔法に目がいきがちだが、重要なのは相手が使っているのが植物であり、そしてこの植物がベルでの魔法による支援を受けなくても普通に成長するという点だ。

 否、むしろベルデの魔法による支援を受けない方が、無理な生育の代償による急速な枯死という結果にならない分生物としてはむしろ厄介かもしれない。


 もしもあの植物が、既存の植物を上回る圧倒的な繁殖力を備えてたならば。

 あるいはベルデ自身が、植物の急速成長による圧倒的速度での世代交代、そしてミクロのサイズに至るまで観測してそれに干渉できる魔法能力を駆使してそういう植物(・・・・・・)を生み出せるのだとしたら、ベルデの植物は急速に繁殖して大地を覆い尽くし、既存の生態系を丸ごと塗り替える、超のつく侵略的外来種になる恐れもある。


(――ダメ、だ……。少なくともベルデはどう考えても放置できない……。こんなのが後三人、しかもそれ以上かもしれない【魔王】まで存在しているだと……)


 どうやらトーリヤに情報をもたらした地球自身、【魔王】に当たる存在としてどのような天体が襲来するのか、対する増援として参戦する天体がどれなのかは特定できていなかったようだが、こうまで状況がわかってくるとほかの天体についても到底楽観などできそうにない。


 そう考えるトーリヤに対して、まさにその楽観的に構えられない【天体の化身】の一人が、もととなった天体のわからぬ【帝国の天帝】が、上空の空で首をひねって問いの続きを投げかける。


『妙な反応じゃのう……。人間の感情というのは読み慣れておらんのだが――、貴様らの誰一人として【知的生命天体】という我らに付けられた呼称を耳にして、それで納得していないのはなんとなくわかる……』


 動揺するトーリヤを背後にかばいながら、一方でそれぞれ困惑している三人の子供らの様子を見咎めて、ようやく話が通じていないと悟ったのか上空の天帝がそう呟く。


『まさか本当にただの人間の集団なのか……? いや、だが、先ほどから使っていた力は――。あれはこの世界の人間の寿命で至れるような力ではなかったはず――。

 んん……? ――まさか、力だけを人間に与えた天体がいるのか――?』


 と、そんなつぶやきの中で天帝が正解に近づいて、それに対する四人の反応を距離が離れているにもかかわらず、本人の言葉とは裏腹に察知して――。


『……ク、カッハ、クァッカッカッハ……!! なんだそれは、まさか、自分は参加せずに自らの力だけを送ってよこしたのか……? いや――、それとも自身の分体――、ああ、こちらの人間のように他の知性体がいるならそちらをよこす手もある、か……?」


「――!!」


『――クッ、カカ――、なんだそれは、いったいそいつは、なにが楽しくて生きとるんだ……!!

 ――ああ、とはいえそういう相手なら、貴様らもまた参戦者ということになるのかもしれんなぁ……。定めし貴様ら、いや、その中にいる代理は、【天体の化身】ならぬ【天体の使徒】といったところか……』


 ひとしきり笑ってそう認定し、けれど直後に天帝は上空でその笑みを引っ込める。


『とはいえ、同じ【化身】ならともかく代理の【使徒】となると今やり合っても面白くないな……。たかだか一年でどこまで差を埋められるかはわからんが、それでも期限が残っているならやはりギリギリまで準備を整えてもらわねば――』


『――一年、否定』


 そうして雄弁に語り、話をまとめにかかる天帝に対して、もう一つ預言者が同じ音ではない声でそう言って割り込みをかける。


『ん――?』


『人間換算、残存時間、一年、否定。同基準、十日前、経過』


「――待て、それって――」


 この世界の暦、地球では三六五日周期だったそれがこの星では三八一日周期であることはトーリヤ達もすでに確認していた事柄だ。

 このこと自体、期限となる十年をどちらの星の基準で考えるべきか議論の対象になっていたりしただが、ひとまずトーリヤは自身の生まれた日から十度目の夏を期限と考え、今日にいたるまで思いつく限りの準備を積み重ねていた。


 そのうえで、もしもベルデのその言葉が、その観測能力によって敵を観測し、その上で到達時刻を演算して、その結果として十日前の段階で残り一年の期限を過ぎている結論に至っているのだとしたら――。


『残存日数、三七一日』


『ふむ、それだけの日数でかの【凶星】はやってくる、と』


「【凶、星】……?」


『なんだ、その段階からして知らんのか?』


 かすかなシルファの声すら敏感に拾って、天帝は離れた距離でもわかるようにはっきりとその手で天を指し示す。


 否、指し示しているのは天というより、それこそ宇宙というべきか。


『この星に厄災が迫っていることは知っているか? 結構。その厄災こそが【凶星】よ。余らと同じ【知的生命天体】。その端末(・・)が、流星としてこれから一年の後空から現れる』


(――流星、端末……。じゃあ、やっぱり【魔王】っていうのは、宇宙からの侵略者に近い存在なのか……?)


 それは『十年後に襲来する【魔王】』という、漠然とした情報しか持っていなかったトーリヤ達に、思わぬ形で初めてもたらされた具体的な情報。

 三七一日後の襲来という情報も、一年が三六五日だった地球出身で、かつ夏の段階ですでに期限が一年を切っていると考えていたトーリヤにとっては朗報ともいえる内容だ。


 だというのに、今までわからなかった情報が開示され、そして期限までの時間が思っていたよりも若干長かったとわかったというのに、トーリヤ自身は何一つとして状況が好転したという気がしない。


 むしろ自分がどれほど出遅れていたのかという感覚が、なによりも、そんな出遅れた自分がこんな戦いに子供らを巻き込んでしまったという後悔が、じわじわと、冷や汗の流出した体に代わりとでもいうようにしみ込んでくる。


「――クァッハハッ。ああ、なるほど。貴様がなぜこんなタイミングで人間と袂を分かったかと思っていたが、このタイミングで、それを観測できたからこそか。ヤツの襲来に向けて準備を進める、その上で人間は邪魔と切り捨てたか」


 動揺するトーリヤをよそに、恐らくはすでに一年後の開戦に向けて準備を進めているのだろう天帝がそう笑う。


 否、【天帝】メサイエだけではない、他の【天体の化身】達、【預言者】ベルデを含めた残る三人もまた、来年の【凶星】襲来を皮切りに逃走を始めるべく、それぞれの国で準備を進めているのだろう。


 恐らくは、今まさにこの星を目指している【凶星】もまた。

十年の内九年の歳月を、相手の大きさもわからぬまま消費してしまったトーリヤなどとは違って。


 恐らくは一年後、【凶星】の襲来を皮切りにして、五つの天体はこの星を自分色に染めるべく侵攻を開始することとなる。


『――さて、思いのほか早く開戦の日時がわかったことだし、余らはここらでお暇するとするかのう。――ああ、他の連中にも時期の情報については伝えてやった方がよいか……?』


『不感知。随意。即刻、退去』


「――ッ、待――」


「――待ちなさい。あいつを野放しにする気なの!?」


 交わされるその会話に、今度はエルセが口を開きかけたトーリヤを制して天帝へとそう問いかける。


「そいつは既にこの土地で大量の人間を殺してる。野放しになんてできないし、この土地の人間だって放っては置かない……!!」


『んん……。ならやはり喰らい合うか? ならば余も参加させてもらうぞ――、正直準備のできていない貴様らとやり合うのはあまりそそられないのだが――』


「――どうしてもって言うなら――、せめて預言者を人里離れたどこかに移動させて。周りに人間が少なくて――、それこそ島とか、あとは山の中とかに……」


 相手のペースに合わせていてはこのまま三つ巴の戦闘に発展しかねないと感じて、というよりも初めからそうなることを見越して代案を用意していたのか、エルセが若干緊張のにじむ声で食い気味にそう妥協案を突きつける。


 それは連合の地理を把握できていない状態で、相手にその知識や、あるいはちょうどいい土地を探せる能力があると期待してのせめてもの抵抗。

 相手が殺人に重きを置いておらず、邪魔だからというあまりにも軽い理由で土地の生き物を殺し尽くしているのだと察したがゆえの妥協案。


「どちらにせよこの場所じゃ人間もひっきりなしに攻めてくる。連合だけじゃない。国境も近いから王国だって黙ってない。これから一年、ずっと人間と削り合いをしながら待つつもり……?」


『――ふむ、だ、そうだがどうじゃ? 貴様に人との争いを避ける意思があるのなら、余の方で人共に『話を通す』というやつをしてやっても良いぞ』


『――不本意、不快、だが、承知。合理性、認定。虫――、人、闘争回避――了承』


『ではまぁ、それで合意かのぉ』


「トーさん」


「いや、いい。良くやった」


 思いの外あっさりと、エルセが提示した妥協案を相手が飲んだことで、トーリヤは不本意な思いを抱えながらもそれを成した娘に小声でそう告げる。


 そもそもの話、現在のトーリヤ達は戦うとなったとき到底万全とは言えない状況だ。

 レイフトはすでに毒を受け、治療こそ終わったものの休ませる必要があるし、シルファにしてもすでに確保していた水の大半を使ってしまった後である。

 シルファについては気体の操作もできるため無力というわけではないが、先ほどのような火力を出すのはシンプルに材料が足りない。


 そしてエルセに関して言えば、彼女の能力はそもそもこの相手とあまり相性が良くないのだ。

 トーリヤが戦闘続行となったときに採用するつもりだったプランも、この場の戦闘はむしろ避けて生身の本体と子供らを遠くに逃がし、戦闘そのもの分身に任せるというもので、それとて殿という意味合いのほうが強く、相手を仕留めるところまではできないだろうというのが冷静な見立てだった。


 加えて天帝という未知の能力を持った相手が第三勢力として加わる可能性がある現状、このまま戦闘に突入する事態はできれば避けたい。


 それを考えれば、ひとまず戦い自体を避けられるというのは一応歓迎すべき事態ではあるのだ。


 【知的生命天体】、あるいは【天星者】、あるいは【天体の化身】などと名乗っているこの相手が、人類社会との確執を抱えたまま野放しになってしまうことを除いては。


『――うむ、それでは少々期待外れではあるが本日は解散じゃ。』


 とは言え、どれだけ状況に憂慮すべき点がのこっていたとしても、そんなトーリヤの懸念など無視して事態は動く。


『集うのはまた一年後。そちらの使徒だかの混じった幼体どもはこちらで連れて行く故、貴様も開始時期までは大人しくしておれ』


 そういった次の瞬間、天帝の頭上に広がっていた黒雲から一筋の雲の奔流が地上めがけて押し寄せて、エルセの展開する念動力場ごと四人を内部へと取り込んで、天帝の乗る雲とともに彼方へと向けて飛行し始める。


「――ッ」


『暴れるでない。貴様ら割り当てられた地はおおかた王国あたりあろう? そちらについても話をつけてやるから、せいぜい来年の期限までに情報と力をつけておけ。あまり痩せていると獲物として仕留めても食い甲斐がない』


 なにも知らない、力も足りないトーリヤ達に、せめて少しでもましになるよう期待するようにそう言って、天帝は四人を強引に連れ去り、ここより西の王国を目指す。


(――く、そ……!!)


 その手の内で、予想以上の敵の強大さを、そんな戦いに子供らを巻き込んでしまったことを、その他さまざまな想いを噛み締めるトーリヤの内心など、まるで意に介さぬままに。

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