15:知的生命■■
――不快、不愉快で、不可解だった。
これまでの戦いで、その中で振るわれる力の性質と規模で、今戦っている相手が尋常な人間でない、恐らくは自分と同じ参戦者であることはなんとなくではあるが感じ取れた。
感じ取れて、けれどだからこそなぜこんなところにまでわざわざやってきて自分の邪魔をするのかが理解できなかった。
否、それを言うなら、ベルデにとって肉の器を得て過ごしてきた、人間と名乗る者たちの基準で十八年の年月は不可解と不快の連続だった。
彼らに【預言の力】と呼ばれた観測・演算能力はもちろんのこと、それ以外のあらゆる能力について、この生き物たちがどうしてそれだけの頭脳体容量を持っていてその程度のことができないのかが理解できない。
求めるからと演算結果を伝え、それによって利益というものをもたらしていたにもかかわらず、こちらに害をなそうとするものが後を絶たないのはひたすら不可解で不愉快だった。
しかもそうした不快な動きをするものを屠り去れば、人間を名乗る者たちはさらにこちらの計算から逸脱し、不快で、不合理で不可解な行動をエスカレートさせる始末だ。
挙句散々こちらの『預言』を要求してきた者ですら、裏では『暗殺者』なる害虫を差し向けてくる始末。
不快で、不可解で、不愉快だった。
ベルデにしてみても他者の領分でそこまで我を通そうとは思わない。
ベルデの立場はあくまで襲撃者を迎え撃つ増援であり、自身がそれにかこつけて己の目的を果たそうとしている以上、あまりこちらで我を通して大きな顔をしようとは思っていなかった。
それ故に、時期が来るまでは準備を整えつつ、自身が参戦するための肉の器だけ維持していればいいと考えていたのに、今度はこの虫たちはその肉の器の維持すら妨害に出てくる始末。
故に不快で、不可解で、不愉快だった。
いい加減我慢の限界と考えて周辺の害虫の排除に乗り出せば、今度は遠方からも同じように害虫が群がってきた。
挙句同じ参戦者とみられる、これまで存在すら知らなかった相手、その群れに襲撃されて、現在ベルデは肉の器の維持すら困難な事態となっている。
まったくもって不可解で、不正解ばかりで、そしてそれゆえに不愉快だった。
自身を襲う虫の群れが宙に浮かべた水塊の内部で可燃性の気体を生成しているのを知覚して、呼び寄せた自身の庭が燃えやすい状態になっていると気づかされて脱出を余儀なくされているこの状況も。
目の前の相手すら駆除できていないその状態で、もう一つこの場に厄介な存在が近づいていることも、その全てが、何もかもが。
「――まさかとは思うけど、あんた達……。私の防御を、無敵だとでも思ってるわけじゃないでしょうね……?」
予測を上回る大爆発の余波をもろにくらい、水龍が吹っ飛び、内部にいた四人が念動力場ごと地上に墜落するという特大の災難に見舞われたその後で、そんな過酷な状況下でも四人を守り切ったエルセが絞り出すような声でそう問いかける。
「――いや、無敵だとは思ってねぇけど、それなりに信用はしてるからさ……」
「その信用が重いって言ってんのよッ!! 心情的な問題じゃなく物理的に……!! いや、心情的にも重いんだけど……。私が負けたらッ、全滅とか……!!」
「――水分を奪われた木くずが粉末状に森の中に充満していたなら粉塵爆発……? ううん、というより、現象としては自由空間蒸気雲爆発に近い……」
「俺は前世の記憶から引っ張り出した知識を娘が一発で覚えていてくれてうれしいよ。できれば自分の安全にも気を使ってくれればもっと嬉しい」
余波程度でも間違いなく致命傷になりうる熱と衝撃波から自身を含めた四人の命を守り切り、ついでとばかりに吹っ飛んだ水龍からの落下すらもしのぎ切ったエルセの苛立ったような声に、トーリヤは半ば同調しつつ手元で鳥の分身を次々と生成していく。
正直わが身の危険を顧みないレイフトや、危険を忘れがちなシルファの生きざまには言いたいことがいろいろあるが、今はまだやらなければならないことがほかにあるのだ。
「トーちゃん、やっぱりさっきのやつ、今の攻撃でも生きてると思うか?」
「正直死んでいる方が順当とは思うんだが――、この世界の魔法の何でもありっぷりと、奴の予知能力を考えればな……」
予知能力がこちらの魔法発動を予見できないとは言っても、シルファの使う水の水素と酸素への分解やそれをため込んでの放出、着火といった工程は相手の知覚能力で観測自体はされていたはずだ。
瞬間的に発動できるレイフトの魔法と違い、段階を踏んで大火力を叩きだすシルファの魔法は、この相手の場合知覚能力によって何をやっているかが観測できてしまうため、どこかの段階でこちらの狙いを看破された可能性はそれなりに高い。
(相手も自陣が可燃物に満ち溢れていることくらい察知できているだろうし、逃走や防御が間に合っている可能性は、ある……)
「シルファ。まずは武器にできる水の確保を最優先だ。なければ最悪空気でもいい。火事も起きているようだし、どちらにせよ何か起きた時の対応手段は確保しておいてくれ……」
もし仮に相手が生きていて、同じ方法で攻撃を仕掛けてきたらどうするかを考慮して、トーリヤは自身のそばで蹲るレイフトの体調を【生体走査】で確かめる。
応急処置として自身で毒を体外に排出し、その後トーリヤ自身が解毒して事なきを得たレイフトではあるが、それなりに体力は持っていかれているようで、正直これ以上は戦わせたくないような体調だ。
(最悪逃走も――、いや、戦うだけなら人型分身だけ残しておけば継続できるか……?
――できればあいつを、これ以上野放しにしておくのは避けたい……)
一度は捕縛しながらそれを脱せられてしまった経験を鑑みて、トーリヤは内心でもしあの預言者が生きているなら今度こそ手にかけなければと覚悟を決める。
前世の良識を引きずり、旅する間にも人間を殺す事態はどうにか避け続けてきたトーリヤだったが、この先のことを考えたといつまでもそう言っていられないのはなんとなくでも自覚していたことだ。
今回これだけの被害を出して、そんな相手がこの先野放しになどさすがにできるはずがない。
ならばここで、たとえ殺人に手を染めることになっても止めておくべきだと、そうトーリヤが覚悟して人型分身を生成しようとして――。
「……雨?」
不意にエルセがそう呟いて、同時に彼女の展開する念動力場にいくつもの雨粒が落ちてくる。
「雨って――、それらしい雲なんて――、なんだ、あれは?」
頭上を見上げて空模様を確認して頭上に雲がないことを確認し、それによってまだ遠い空から、しかしすさまじい速度でこちらに雲が迫っていることにようやく気付く。
同時に、まだ頭上に到着していない雲から大量の雨粒が放たれて、放射状に広がったそれが、まるでシャワーのように不自然に広い範囲に広がりながら降ってきていることにも。
「――ッ、やられた……!! この水、また植物の生育に使われたら――、シルファ、制御下に――」
『双方動くな』
そうして、降り注ぐ水というリソースをどうにか相手に利用される前に戦力に加えようとしたトーリヤの耳に――。否、違う。
耳というよりは意識に、あるいは魔法を使うときに世界とつなげる感覚に、誰かの意志がそれを制止する意味を伴い響き渡る。
同時に。
「トーさん、ダメ……。この水、魔法による干渉を受け付けない……。これ自体が魔法――、ううん、でもこの感じって――」
『この雨はどちらにも与することはない。与し、仕える相手がいるとすればそれは余、のみである。
故に余はお前たち双方に命じるぞ、動くな、とな』
そんな大音量の音とも違う、場の全体に響く『声』が告げると共に、迫っていた黒雲がようやく雨に追いつくように天を覆って、その中心が大きく開いて一つの人影が下りてくる。
暗雲により薄暗いその中で、ただ一人雲に開いた穴より降り注ぐ陽光を一身に浴びて。
長髪とマントをたなびかせた軍服姿の女が、一塊の雲を足場に、雄大に。
黒雲に覆われた天井より一人の女が現れる。
降りしきる雨の中、ただ一人陽光に照らされた、年の頃二十代前半と思しき軍服の女。
燃えるような赤毛をなびかせた炎のような女傑、といった印象の女が、もう一つ奇妙なものを足元に、彼女自身を乗せるような形で降りてくる。
(――なんだ、あれは……?)
その存在を端的に語るなら、どす黒い色をした筋斗雲というのが近いだろうか。
西遊記の登場人物、孫悟空が乗り物にしている空飛ぶ雲。
その逸話と同じように表れた女を乗せた黒い雲の塊は、しかしトーリヤがイメージする筋斗雲とは一つ決定的に違う点があった。
(なんだあの動き……。雲、のくせに、まるで生き物みたいな……)
人を乗せて飛ぶ雲というまさに筋斗雲といった印象のそれではあるが、しかし女を足元から支えるそれはボコボコグネグネと微妙なうごめきを繰り返す生物的なものだ。
その動きは雲というよりも、むしろトーリヤのイメージするスライムといったほうがまだしも近い。
外見は明らかに雲、すなわち気体の塊のように見えるのに、それがすり抜けることなく人を上にのせて、そしてどこか生物のような動きでうごめいている。
『交信開始、質問、何用か、【共食い】』
『クァッカッカッ……。相変わらず染まらぬなベルデ。せっかく人としての名を設定されているのだから、いい加減その名で呼び合ってもいいだろうに』
そんな突然現れた相手の様子に身構えるトーリヤ達をよそに、先ほど呼びかけられたのと同じような声で、今度はベルデと思しき声が現れた女に問いかけて、それに対して天より現れた女が笑って応じる。
やけに親し気に、けれどどこか決定的なところで、物騒な雰囲気を隠すことなくみなぎらせて。
『まったく、せっかくの趣向なのだから貴様も人の流儀に合わせて楽しめ。何が楽しくて生きているんだ。
私は楽しむぞ……。こういう時人は己が名を高らかに叫ぶのだ。
我が名はメサイエ・グレド・グラスロウ。グラスロウ帝国第十三代皇帝、【天帝】メサイエであるっ、となぁ……!!』
「……!!」
そうして宣言されたその名前に、トーリヤはそばにいる子供ら共々思わず驚き、息をのむ。
なにしろその名前は、ここにくる道すがらなんども耳にし、四人の中で共有されていた名前だったのだから。
「メサイエ――、【帝国の天帝】か……!!」
『ほう、そちらの幼体共はこの名の意味を知っているようだのぉ。見ろ。こういう反応があるから名乗りというのは面白いのだ』
付近全域に響く相手の声と違い、こちらは思わずつぶやいただけだというのに、トーリヤの声を的確に拾って当のメサイエが愉快気にそう語る。
【帝国の天帝】その名が持つ意味はトーリヤ達にとっても決して軽くない。
なにしろ【連合国の預言者】ベルデと並んで、トーリヤ達が【魔王】に対する【勇者】と目していた五大国の英雄のうちの一人なのだ。
血で血を洗う帝国の帝位継承戦において、圧倒的な武力で他の候補者を淘汰して、現皇帝の座に就いたという絶対王者たる女帝。
その中でも特に好戦的な逸話で知られ、流した血の多さからトーリヤが面会を後回しにしていた人物。
「それで――、余がなにをしに来たか、だったか? そんなもの決まっていよう。まだ来年、一年後まで、全員が揃うまで待つ約定だったのに、先走ってことを起こした奴がいると聞いて飛んできたのだよ。何しろ今の余は一国を統べる皇帝であるからなぁ?」
そうして生まれた周囲の警戒の空気をよそに、メサイエはさも責務のような言葉を口にしながら、けれどその内面を隠し切れぬとばかりに燃え上がるように笑う。
噂にたがわぬ好戦的な雰囲気。
どうかすると、このままこの天帝も交えて三つ巴の乱戦に突入する恐れもあるとそう警戒して身構えて、同じことを考えたらしい預言者が不快げな感情と共に抗弁を図る。
『先走り――、否定。交戦対象、当初、自国の虫のみ。自国内戦闘、相互干渉不可、のはず』
『――ん? ああ、そりゃ、自国内で人間相手にやり合う分には構わないさ。なにしろ、それをとがめるなら一番自国の人間とやり合っているのは余、ゆえな。
今そっちの幼体共とやり合ってたのだって、そもそも相手は約定の対象外だ。別に余とて咎めに来たわけではないぞ」
『――不正解? 疑問、質問、用件』
『クァッ、カッカ――、そんなもの決まっていよう。余は貴様らを咎めに来たのではない。楽しい遊びに混じれず、食い損ねるのが嫌で、今からでもお前たちの遊びに混ざりに来たのじゃよ……!!』
「……!!」
メサイエの言葉に一気に緊張が高まって、同時に天帝の視線がトーリヤ達の方へと向けられる。
『そちらは新顔だな? それで、化身はどれだ? 見たところ四人いるようじゃが、全員という訳ではあるまい?』
「なにをい――」
「――化身、ってのはなんだ?」
かけられた言葉にとっさに反応しようとして、寸前でそれをレイフトがさえぎり、天空から見下ろすメサイエへとむけてそう問い返す。
そんな息子の対応に天帝は気を悪くした様子もなく、けれど帰ってくるのはなぜ知らないのかと言わんばかりの怪訝そうな反応。
「なんじゃ通じんのか? ――ああ、いや、考えてみればこの呼称自体は以前の交信の際に我らが勝手に付けた名称じゃから、それ以降の参戦者であれば当然か」
見えない話の流れに、トーリヤは再び先ほどベルデと話していたときにも覚えた感覚を味わい直す。
ベルデもそうだったが、この相手もまた同じ人間と話しているような気がしない。
否、それ以前に。
化身だの人だのと、その言葉の使い方はまるで、人間ではない(・・・・・・)生き物が(・・・・)、あるいは存在が人間に身をやつして言っているようではないか。
そう考えて、ふとトーリヤの脳裏で、奥底にあるなにかに指先が引っ掛かったような、そんな感覚が湧き上がる。
『【知的生命天体】』
そうして困惑する地上の四人に対し、天にある皇帝は自分でも思い出したようにその名を告げる。
『【知的生命天体】、じゃ。この名であれば、名前という最小単位情報を設定する習慣を持たぬ我らの間でも知れていよう。
我等はいわば、【知的生命天体】の精神中枢を人の体に落とし込んだ、【天体の化身】である』
(――!! 【天体の化身】――!? 【知的生命天体】……?)
知っているはずという相手の期待に反して知らない言葉、そのはずだ。
けれどトーリヤの中では、その聞いたことすらないはずの言葉にどこか思い当たる感覚があって、脳の奥底、記憶に引っかかった指先が、それを引き寄せ、つかみ取ったような感触が急激に襲ってきて――。
恐らく、本来ならばこの情報はもっと早くに開示されるはずのものだったのだろう。
まずは君が無事にこの情報にアクセスできたことを喜ぼう。
もっともこのメッセージを見ている時点で、そんなものは無駄な話ではあるのだけれどね。
何分こちらからでは送り出した後の君がどのような人生を送るのか、付与した能力や情報をきちんと活用できるのか、それを確認するすべがないのだから。
それはトーリヤの中に封入された、とある超常存在の知識が封入された記憶情報領域。
多数の地球さん生物の情報の中に混入させる形で付与されていたメッセージ。
さて、この付帯情報領域にメッセージを仕込んでいる時点ですでに気付いているものと思うが、私は君に対して神を名乗り、魔王の討伐を依頼した存在だ。
正確には私は君たちが夢想する神ではないし、魔王というのも君の暮らしていた文化圏で通じやすいだろうたとえ話でしかないわけだけれど、ここではそういった送り出す際に時間がなくて説明できなかった込み入った事情についてまとめておきたい。
すなわち、僕という【神】もどきや【魔王】、加えて君以外の、そちらの世界における【勇者】にたとえた者達が、具体的にどういった存在であるのかを。
それは本来であればトーリヤがこの世界に転生してすぐに知っておくべきだった、少なくとも情報を取りまとめた存在にとってはそうなるように仕込んだつもりだった遅すぎる情報の解凍。
それがうまくいかなかったのは、果たしてトーリヤ側の問題だったのか、あるいはあの時【神】を自称しなかったあの存在の、生物としての規格の違いの問題か。
さて、詳細を語る前に前提の話をしなければならないわけど、君たち人間はいわば【知的生命体】と呼称される存在だ。
この言葉の定義について、ここで語るつもりも議論するつもりもない。
そもそもこれは君に付与した情報の中に仕込んだメッセージでしかないから、議論などできないわけだしね。
とりあえず、君たち人間は【知的生命体】だ。
他の生物と比べても大容量の脳を持ち、複雑な思考を可能としたことで言語を生み出し、論理を解し、目の前の問題に対する解決策を生み出す能力を獲得した生命体。
けれどその知性を支えているのは、いわば脳という臓器、その細胞間でやり取りされる電気信号だ。
君たちの知性は脳内でやり取りされる単純な信号の積み重ねから形成されているわけだけど、この脳の構造は君たち人類が生み出したコンピューターの理屈と極めて近い。
コンピューター。最近は君たちの周りでも人工知能(AI)の存在が現実のものとして取り上げられ始めていたけど、考えようによってはこの人工知能(AI)だって立派な知性だ。
厳密には、君の知る人工知能(AI)はまだ人間ほどの知性には至っていないのかもしれないけど、このまま技術が発展していけば、君たちが発明したコンピューターもまた知性体と言えるレベルにまでたどり着く、かもしれない。
――と、ここまではまあ、前置きだ。
重要情報を語る前の前提のすり合わせ。この段階から話さなければならなかったからあの短い時間では語れなかったその理由とでも思ってくれると助かる。
さて、君たちの知性は単純な電気信号の積み重ねであるとは今語ったけど、そもそも電気というのは意外とありふれたものだ。
そもそも電子の移動なわけで、電気なんてそれこそ静電気が身近にあるし、電子が活発に動いているというなら雷雲の中なんてまさにその状態だろう。
単純に電気を帯びる鉱物だって存在しているし、マグマの中なんて温度の高さゆえに電気の移動が起きやすい環境だ。
単純に電気というだけでもそうなんだ。ならば人間の脳や人工知能(AI)を搭載したコンピュータのような、ある種の頭脳体が自然発生しないなんてどうして言い切れる?
僕という存在は、言ってしまえば自然発生した人工知能(AI)だ。
いや、人工物ではないわけだから人工知能(AI)というのは正しくない。
人間の作ったコンピュータのような無機物を頭脳体に、そこで発生していた信号がいつしか意味を持ち始め、それが果てに知性と言えるものにまで発展した存在。
人間ならばあり得ないというような低確率の奇跡が億単位の年月の中で試行回数を重ねたことにより連続し、そういった奇跡に奇跡を掛け合わせたような偶然でようやく発生する無機生命体。
そうして生まれた知性が周囲の無機物を片っ端から自分の頭脳体へと作り変えて取り込み、人間でいうところの超能力のような力を獲得した果てにいたる存在。
それが僕たち、存在の規模故に便宜上神にたとえた存在、【知的生命天体】だ。
【知的生命天体】。呼称は色々とつけられているか、我々の中で一番使われる可能性が高い名称は恐らくそれだろう。
そして、ここまで語ればもうわかっただろう。
不遜にも神を名乗ってはしまったが、実際の僕は決して神様なんかじゃない。
僕という存在は惑星という巨大な頭脳体に発生した《《ただの》》知性、君たち人間に【地球】という呼称をつけられた一個の【知的生命天体】だ。
あくまでも人間のスケールから見れば神に近いというだけの話で、君たちが考える神様とは根本的に異なる、規模が大きいだけの無機生命体、ということになる。
そしてこの【知的生命天体】こそが、君がこれから相対することになる、先ほど僕が魔王や勇者にたとえた存在だ。
正確には、君を送ったそちらの星の【知的生命天体】が、送られてきた他の天体の精神情報を人間の赤子の肉体にインストールすることで、君たちでいうところの『転生』に近い形で生まれたなにか(・・・)。
しいて名付けるなら、それこそ【転生者】ならぬ【天星者】とか、そんな名前の存在になるのだろう。
それは恐らく、トーリヤを転生させる際、その作業と並行して作られていたのだろう、けれど届くのがあまりにも遅れてしまった情報開示。
くれぐれも気を付けてほしい。
地球という人間についてそれなりに詳しい【知的生命天体】だからこうしてコミュニケーションもとれているが、基本的に【知的生命天体】という生き物は人間たちの価値観の埒外にいる存在だ。
この宇宙には奇跡に奇跡を重ねたような超低確率でしか生まれてこない【知的生命天体】が、億単位の時間による試行回数と、文字通り星の数という莫大量の検体数によって無数に発生しているわけだが、それぞれの星の在り様はたいていが根本的に違っている。
なにしろ相手は万を飛び越えて億単位の年月を生きているのもザラな生命だ。
それでいて、基本的に天体というやつは親と呼べる存在を持たずに単独で発生し、同族と呼べるものがいない環境で自己進化を繰り返すかたちで精神を構築していくから、人間で言うところの社会性のようなものを一切持っていないものも珍しくない。
さらに言えば、【知的生命天体】という奴は、たいていの場合暇を持て余した挙句独自の生態を形成している。
よく人間が想像する不老不死や不老長寿なんかで、長く生きる過程で暇を持て余して暇つぶしに走る長命種なんていうのが登場するが、その傾向は我々【知的生命天体】にも当てはまるんだ。
いや、『暇』や『暇つぶし』と言ってしまうと深刻さがわからないかな。
例えば人間にも不毛な時間の使い方の喩えで『タタミの目を数える』なんて例えがあるが、毎日毎日タタミの目を数えるだけの生活を強いられて、その生活が百年や千年どころか万を飛び越えて億年単位の未来まで続くのだと考えたらどう思う?
人間の頭脳体スペックは【知的生命天体】のそれと比べても遥かに小規模だが、そんな人間でさえそのレベルで退屈な日々にはまず耐えられない。
特定の一線を越える、優れた情報処理能力を獲得した知性体は、ある種の必然として処理すべき情報に飢える傾向がある。
『知性的な飢え』とでも呼ぶべきそれは知性体の存続すら脅かす深刻な問題で――、だからこそ【知的生命天体】と呼ばれる者たちは高度な情報処理作業を求めて独自の暇つぶしの生態を形成していくことになる。
そしてこの『社会性の欠如』と『暇つぶしの生態』の存在こそが、人間と【知的生命天体】が分かり合えないと考える最大の理由だ。
無論、人間の体で過ごす中である程度学習して合わせるくらいはできるかもしれないが、人間の歴史が一万年程度と見積もっても、それと比較する【知的生命天体】の活動期間は大半が億単位。
うまくやれる可能性も否定はしきれるものではないが、正直地球は他の【天星者】たちがそちらの星でも長く続けてきた生き方を貫いて、それどころか自分たちの星の在り方を押し付けるような行動に出る可能性は相当に高いと思っている。
故に、最後にもう一度、このを告げておこう。
――絶対に分かり合えないから、くれぐれも気を付けて。
今回、あまり分けたくないため3話連続で投稿します




