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テンセイ者たちのエキサイトライフ  作者: 数札霜月
第二章 転生預言者の■■■ライフ
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13:トーリヤという群体

 前世と今生、二つの世界に実在していた生物を己が分身として生成することのできる【生体転写】。

そんな能力を持つトーリヤだったが、猛獣や恐竜、果ては有毒生物など、多様な生物を生成できるその中でさえ、それでも人型分身の持つ有用性については早い段階から着目していた。


 なにしろこの世界においても、人間という生き物は唯一魔法が使える生き物である。


 正確には、この世界には人間以外にも、魔法を纏った生き物として【魔物】の存在はあるのだが、あちらに関しては生物と呼ぶには歪に過ぎるうえ、体構造こそコピーできてもその魔法まではコピーできず、それどころか魔法が使えなければ肉体の維持すらできないなど弊害が大きすぎるためトーリヤの能力をもってしてもその模倣や活用は不可能だった。


 そんな魔物に比べ、人型であるならばトーリヤが習得する魔法なら分身全体での行使が可能になる。


 一応、分身と本体を合わせたトーリヤ全体で一つの【シン域】を共有しているせいか、【シン域魔法】についてだけは一度に行使できるのは一体のみという大きな制約がついて回るが、逆に言えばそれは【シン域】を用いない、通常の発動方式の魔法であれば分身の一体一体が個別に行使可能ということでもある。


 そしてそうした特性を発見できたがゆえに、トーリヤは早い段階から戦闘に人型分身を投入することを念頭に研究を重ね、その過程で老若男女、A(アルファ)からZ(ズールー)までのフォネティックコードの名前を持つ、二十六パターンの人型分身をデザインしていた。


 否、実際には、AtoZの分身たちにはそれぞれに最低三パターンのカラーバリエーションが存在する上、一種類の分身が百体近くのバリエーションを持つ事例や、そもそもAtoZに含まれていない人型分身も存在するため総数でいえばもっと多いのだが、逆に言えば用途や目的を設定し、それに沿う形で一からデザインした分身こそが、このAtoZの原型となる二十六種類の分身たちである。


 そうして生み出された分身の一体、年のころ二十歳前後の若い僧侶のような禿頭の男性型分身Q(ケベック)が、戦場から遠く離れた懐かしき島の住居の中で離れた土地の分身たちへと指示を飛ばす。


「分身各位、これより全リソースを本体のいる戦場へと集中させます。ここまでの間に安全圏への退避が間に合わなかった個体はその場を放棄。退避が完了している個体は戦場にいる個体の情報支援役(オペレーター)についてください」


 四年間の訓練と研鑽の末海竜を討伐し、閉じ込められる形で暮らしていた島を脱出したトーリヤ達だったが、実を言えばそれで暮らしていた海竜島が完全な無人になったかといえばそんなことはない。


 なにしろこの島には、トーリヤ達が持ち出せなかった、かつて島に流れ着いた船の積み荷の財宝やら、育てた作物やら、あるいは訓練のために用意した設備やらといった環境と物資が大量に残されているのだ。

 加えて人里から離れたこの場所は、魔法の開発を始めとした研究を人目につかずに行える絶好の環境であるともいえる。


 故にトーリヤは、本体と子供らが島を脱出するとなった段階でなん体かの分身を島へと残し、島内の管理と維持、そして必要物資の運び出しや魔法の研究など様々な作業を任せていた。


 平常時であれば、この島は大陸で活動する本体や分身たちの、主に経済面での支援をする財源や生産拠点という役割を持つほか、新魔法の研究や訓練に打ち込める場所として機能していたりするのだが、これが今本体たちが直面しているような非常時となれば話は別だ。


 トーリヤが暮らしていた住居、その最奥に座って指揮を出すQ(ケベック)は、元々天才の頭脳を分身体の機能として再現しようと研究し、その過程で生まれたAtoZ分身の一体だ。


 厳密には、頭脳の性能は若干の向上が見込めた程度でまだまだ研究途上ではある訳だが、それでも遠距離から情報分析と指揮を担当する個体としては全分身の中で最も適性があると言える。


 目をつむり、島内全域からかき集めた分身たちが続々と住居の中で座り込むのを瞼の向こうに知覚しながら、Q(ケベック)は自身の聴覚情報を全体に送るべく、己の中で紡いだ言葉を声に出す。


「これより我らトーリヤによる総力戦を開始します。本体は子供らと自身の安全の確保を、作戦指揮は当分身Q1(ケベック・ワン)が担当。レイフトへの指示はU3(ユニフォ・スリー)、本体はDT1、エルセを、DE1が、シルファにはDT2が担当につきます」


 変えの効かない生身の人間あてに通信機代わりのモモンガ越しに指示を飛ばすべく、わかりやすく島内で活動していたD(ドッペル)シリーズの分身をその情報支援担当としてあてがいながら、Q(ケベック)は続けて島の内外にいる分身に次々と役割を割り振っていく。


 無論自分自身である分身たちについては、そもそも現場での人数の変動も考慮すれば一人につき一人の情報支援役など到底付けられるものではないが、それでも全体への指揮や各分身体の五感情報をもとにした分析など、安全圏に頭数(のうみそ)をそろえて支援に当たることにはそれなり以上の意味があるのだ。


 少なくともここに来るまでの訓練と、そして魔物を相手にした実戦の中で、トーリヤという分身の群れはこのやり方の有用性を認識している。


「さあ、行くぞ俺達」


 座禅を組んで目を閉じ、脳裏の向こうの分身たちの感覚に集中しながら、トーリヤ全体を統括するQ(ケベック)の宣言により、遠方で行われる戦いは新たな局面へと突入する。

 トーリヤという個人からなる群体が、一つの生き物であることを証明するように動き出す。





 空中に放り出された松ぼっくりのような形状の木の実が爆散し、その内に内包されていた大量の種子を四方八方へとまき散らす。


 その破片や種子の一つ一つが殺傷能力を持つ爆弾でもある木の実だが、その本質はあくまでも種まきを行う形状に特化させた、先ほどまでの果実と同じ植物だ。


 養分を蓄えれば種子を果肉で包んだ果実となり、逆にそうした養分を注がぬまま乾燥させれば炸裂と同時に種子をまき散らす爆弾にもなるという、超常の力によって品種改良されて生まれた、二十年ほど前までは存在すらしていなかった異質な生命。


 そんな生命の種子が、内部への魔法行使によって爆散してばらまかれ、その内の何割かが大地へと届いて、地面にめり込むと同時に地中の養分を一気に注ぎ込まれて――。


『散開ッ――!!』


 次の瞬間、種子から芽を出し、成長して根を張り、太い幹へと育ち、枝葉を伸ばして天を目指すその工程がわずか数秒のうちに行われ、地上と樹上、周辺各所に集結していたトーリヤの分身たちへとそれらを刺し貫いて引き裂く勢いで急成長を遂げる。


 周囲の水や養分、酸素や日光といった必要物質をかき集め、一瞬のうちに種子や植物の内部へと注ぎ込んでそれらを木々の一部へと変換させる。


 細胞の分裂を後押しし、植物の内部で行われる栄養分の移動などを高速化し、植物が成長する過程で起きる現象の一つ一つを猛烈な速さになるまで後押しして、通常ならば十年以上かかる植物の成長過程をものの数秒で完了させる、文字通りの意味で爆発的な生育魔法。


「――ぐッ」


「うぉっ――!!」


「なん、のォッ――!!」


 そんな攻撃が同時に三十カ所。

 ベルデの周囲一帯で、元々あった植物をなぎ倒さんばかりの勢いで同時発生し、計二十五人いたトーリヤ達へと一斉に襲い掛かってそれぞれの手段で防がれる。


 念動系の魔法で逸らすもの、レイフトには劣るモノのそれなりに高い身体能力によって回避する者、あるいは事前に用意していた白い骨を思わせる材質の武器や盾で防ぐもの。


 無論、その全てが無傷で防御しきれるわけもなく、殺され消滅する個体こそいなかったものの、六体もの分身が傷を負い、そして――。


「やはり――、傷口に毒だ――!!」


 そうして負傷した分身のうち、最初に傷を負った美形の少年型分身R(ロメオ)が素早く【生体走査】を駆使して自身の肉体への影響を周知する。


 もとよりこの相手が植物に毒素を帯びさせているのは既知の事実だ。

 どうやら樹液に含まれているらしいこの毒素は、傷口から体内に入り込めば瞬く間に全身をめぐって各種臓器を破壊し、火にかけられれば瞬く間に気化して吸い込んだ生き物の心肺機能を破壊する、尋常の毒ではありえない呪い染みた殺傷力を有している。


 とはいえ、だ。


「傷を負ったものは全員【解毒(デトックス)】だ。分解よりも対外排出を優先しろ――!!」


 やたらと声の大きい大柄なライオンのような男性分身、V(ビクター)が分身全体へとそう呼びかけ、それに応えるように傷を負った分身たちが一斉に傷口から毒に汚染された血液を輩出する。


 あらゆる生物を分身として自在に操れる能力の性質上、トーリヤ自身島での四年間の中で毒物の研究についてはそれなり以上に研究済みだ。


 加えて能力の応用による【治療魔法】に手を出していたことも相まって、体内に入り込んだ毒物を血液操作で体外に排出したり、毒素の分解や毒により破壊された部分の応急治療などを行う解毒魔法については、いちいち分身の体の一つ一つを【生体走査】で確認しなくてもできるくらいには精通している。


 無論、気化した毒素による呼吸器攻めなどには別の対応が必要になってくるが、少なくとも傷口から侵入するタイプの毒に関してはトーリヤ達にとってさほど脅威でもないのだ。

 むしろ脅威となるのは、分身一体一体の力量を超える力押しの魔法である。


「木の実爆弾、来るぞ――!!」


 肉声とそれを聞く分身越しの感覚で二重に警告を受け取った次の瞬間、先ほど分身たちを突き殺そうとして伸びていた枝、その先端に実っていた松ぼっくりのような木の実が一斉に炸裂して、またしても四方八方に殺傷性能を有した礫を、そして次の攻撃の起点となる種子を猛烈な勢いでまき散らす。


「ぁ痛って……!!」


 そうしてまき散らされた種子と破片に、縦を構えて他の分身をかばっていた太めの中年男性の分身、K(キロ)が思わずといった様子で声を上げる。


 どうやら構えた白い大盾からはみ出す形となっていた足に破片を受けてしまったらしい。

 とはいえ、痛みをさして苦にしない分身が被弾を覚悟で立ち回っている以上、それ自体はそこまで気にするようなことでもない、と思っていたのだが――。


「――!! 排出ッ――!!」


 直後に危険を感じ、とっさに傷を広げる覚悟で攻撃を受けた部位に魔法を行使、足に食い込んでいた種子を念動によって周囲の血液ごと体外に排出した次の瞬間、種子から植物が爆発的な成長を見せて芽や根を吹き出させる。


「――【発火(イグニッション)】――、でしてよッ!!」


 とっさにK(キロ)の背に隠れていた金髪縦ロールのお嬢様分身、J(ジュリエット)が種子に絡んだ血液に火をつけて、生活魔法の範疇程度の小さな火が凶悪な命を芽吹かせようとしていた種子を念動で地面に付けぬよう持ち上げたまま焼き尽くす。


 とってつけたようなお嬢様言葉、分身一体一体に付与されたキャラ設定を律儀に踏襲するJ(ジュリエット)が種子の状況を観察する中、そばに立つK(キロ)が行うのは周囲にいる自分たちへの呼びかける。


「――ッ、この種寄生植物としての性能もあるのかよ……!! 攻撃を受けた奴は種を体内に残すな……!! 下手するとそのまま苗床にされるぞッ!!」


「――一応、種単体ではさほど大きくは成長できない、ようですわ……!! 単純に地面や他の何かに打ち込まないと、生育に必要な養分を確保できないのが理由、かと……!!」


 相手が用いる植物の爆発的成長、そのメカニズムについていえば、トーリヤ自身分身たちが何度も貫かれる中で、それを成した植物に【生体走査】を行使しモニタリングすることでおおよそであるが把握している。


 用いられている技術でいうならば、理屈の上ではトーリヤの用いている【治癒魔法】と原理は同じだ。

 実際この相手はトーリヤの扱う【治癒魔法】に近い物も扱えるのか、先ほどレイフトによって負わされたベルデの傷も、この戦闘中のわずかな間に何かの葉を張り付ける形で手当てが行われ、すでに完治して傷のあった位置から枯れた葉が剝がれて肌が覗き始めている。


 同系統の能力を持つトーリヤの目から見ても、明らかにこの相手の方が似たようなことを高いレベルでやっていると断言できてしまうだけの技量の差。


 否、それだけではない。

 そもそも周辺一定範囲の事物をリアルタイムで知覚できる相手の能力が、もしも生物の体内、その状態を詳細に観測することすら可能なのだとしたら、それはもはやトーリヤの持つ【生体走査】の上位互換ともいえる能力だ。


 これについては、厄介なことにそう考えるだけの傍証もある。


『こいつの知覚能力は人間が目で見られるような表面的なものだけじゃない、恐らくは生物の体内、骨の角度や筋肉の動きなんかも観測して、こっちの動きや攻撃の軌道なんかもある程度予測してる。そうでなくちゃ、こっちの剣をかわすような真似はできないからな』


 分身たちが奮闘する場所からわずかに離れたその場所で、一度下がったレイフトが肩に乗るモモンガ越しにトーリヤ全体にそう分析を共有する。


 恐らくはこの相手がレイフトの攻撃、その軌道を的確に予測演算してそれを回避できていたのもこれが理由だ。

 早い話がこの相手は、腕を振るい始めた瞬間にはその腕の軌道を予測できるし、足で地を蹴った瞬間にはその相手がどこに飛び込むかが演算できることになる。


 ただしそれは、逆に言えばいつ腕を振るうか、いつ地を蹴るかまでは予測できていないという話でもある。


『こいつの予知の弱点はトーちゃんが言ってた【ラプラスの悪魔】の反論と同じだ。

 こいつは物理的な現象として起こっていることは観測して予知の材料にできるけど、観測できない人間の内面、思考や感情、そして意志一つでできる魔法発動は予想できない……!!』


 加えて言うなら、人の内面までは読み取れず、かつ一定範囲より外の事象までは観測できない関係上、観測範囲の外で開発されて範囲内でまだ見せていない、個々人が習得している魔法という手の内もまた予見できない。

 いかな預言者と言えども知覚し、把握できているのはあくまで感知範囲内で見せた手札のみ。


 それに加えて言うならば――。


『――レイ、頼む』


「――了解」


 そうして分身たちの戦闘から離れた位置で、日本語で言葉を交わしたレイフトは事前の打ち合わせ通りに樹上から飛び降りる。


「【来光斬】――!!」


 飛び降りて地上へと着地して、即座に右手の剣を構えたレイフトがその光の刃を最大まで伸ばして一閃させる。

 同時に、地上にいた分身たちが一斉に跳躍して真下を通過する光の刃を飛び越えて、元々地上に生えていたものを含め植物だけがすべていっぺんに伐採されて、そして直後に空中にいた分身たちが倒れる樹木を足場に一気に距離を詰めに行く。


「――接近、警戒、極限不快……!!」


 自身の足場としていた樹木が切り倒されるその事態に、とっさに別の樹へと飛び移るベルデだったが、それについては彼を追う分身たちについても同じことだ。

 加えて分身たちもまた、距離が離れても攻撃できる手段をしっかりと用意している。


「【牙矢(ファングボルト)】――【投射(シュート)】」


 倒れる樹木から別の樹木へと飛び移りながら、細身の男性型分身D(デルタ)をはじめとした三体ほどの分身が事前に手元に生成していた【牙矢(ファングボルト)】をベルデめがけて【投射】する。


 無から物体を生成する、書物などで【顕現系】と呼ばれる系統の魔法は人によって作りやすい物質や形状に一定の傾向がある。

 例えばレイフトならば、生成するとき剣や刃物に近い形状にした方が効率よく生成できる傾向があるし、材質も鉄などの金属か、あるいは普段使っている木剣に似たものの方が作りやすいとの申告がある。


そしてその例に照らして言うならば、トーリヤが最も作りやすいのは骨や牙、角や毛髪や一部体液などの生物由来の有機物だ。


 そしてその傾向を自覚して以降のトーリヤは、分身一体一体がつかう武器として、主に骨や歯、角などに近い材質の武器、通称【骨格武装】を多数デザインして用意してきた。

 なにしろ、分身たちは【シン域】を用いない通常の魔法であれば一体一体が独自に使うことができるのだ。


 それこそ骨に近い材質でできた剣や盾といった武装はもちろんのこと、牙をベースに形を調整した鏃のような物すら生成可能で、そしてこの世界の魔法であれば生成したそれらを撃ち出すこともそう難しいことではない。


 さらに言うならば、それぞれに個性ともいえる身体的特徴を有するAtoZ分身、その一体一体に対して、特定の分身に最適な武装を用意することですら。


「――ッ、対応――」


『――今だ、P(パパ)――!!』


P(パパ)――了解……!!」


 撃ち込まれる牙の矢、厳密には矢というより鏃や銃弾に近い形状のそれに、とっさにベルデが足元の植物を急速成長させて壁としようとしているその様子を見て、分身越しにその様子を観察していたQが指示を飛ばして、それに指名されたP(パパ)が答える形で動き出す。


「【シン域】解禁――、【突撃ノ(アサルトシフト)】……!!」


 身長にして実に二メートル半、巨体の割に整った容姿を持つ巨漢分身、P(パパ)がトーリヤ全体で一体しか使えない【シン域】を用いて身体能力を増強する。

 脚力を中心に強化する【加速ノ(アクセルシフト)】から、一撃を見舞うための上半身の強化へと移行する、飛び込むと同時に強化の重点を変化させる身体強化。

そんな【突撃ノ(アサルトシフト)】を行使して、大地を爆ぜさせる勢いで加速した巨体が、ベルデのいる頭上のはるか下の地上でその両手に握る手斧を振るい、今まさに伸びようとしていた樹木を幹の細いうちに薙ぎ払う。


「――不快、若木、芽――食害――!! ――ッ!!」


 地上から伸びてくるはずの防壁が失われ、守るものなきベルデに次々と牙の鏃が撃ち込まれる状況に、とっさにベルデは自身の周囲の空気を念動で操り、軌道をそらす。


 ベルデの行使する植物の生育能力の弱点は明白だ。

 樹木を育てるための養分を周囲から集めなければならない性質上、ベルデの植物は必ずと言っていいほど地上から伸びることになる。


 にもかかわらず、ベルデ自身は必ずと言っていいほど地上から離れた樹上に自身の立ち位置を設定しているのだ。


 恐らく地上に本体を置くと、伸びるに比例して太くなる樹木の密度で、自身が身動きが取れなくなるが故のその運用なのだろう。

 だがどれだけ植物の成長速度を加速させられたとしても、まだ幹の細いうちに伐採してしまえば樹木による攻撃や防御はベルデのいる元まで届かなくなってしまう。


「――チッ」


 ベルデ自身その弱点にはすぐに気が付いたのだろう。

 撃ち込まれる【牙矢(ファングボルト)】をしのぎ切ると、即座にまだ樹木が残る位置に、もっと言うならレイフトの位置からでは光の刀身が届かなかった方向へと飛び移る。

 他に比べれば若干背の低い樹木へと、着地して、その場所めがけて追ってくる分身たちへの反撃を試みて――。


「次はこっちだぁッ、レイフトォ――!!」


 その寸前、最前列を走っていた分身の一体、初めに作られた戦闘用の分身にして、勇者のコンセプトを持つA(アルファ)が、自身で生成したのではないほとんど矢のような剣を振りかぶりながらそう叫んで――。


「――【来光斬(サンライザン)】」


 次の瞬間、A(アルファ)の握る矢のように細い剣がその刀身から眩く輝く刃を天へと伸ばし、十メートル近くあるその剣が振りぬかれてベルデの着地しようとしていた樹木を斜めに抜けて切り倒す。


「――ッ、不正解。いや、否定、要素の追加――、再度の変更。不快、不愉快……!!」


 自身の足場、向かう先にあった樹木を切り倒されて行牙を失ったベルデが、その身を念動で操作し、地上へと着地させながら忌々しげにそう吐き捨てる。


 先にレイフトが生成し、そのまま維持していた【投剣矢】を分身の何体かで回収し、【来光斬】の遠隔起動によってレイフト以外の分身が振るって見せる変則発動。


 無論周囲の事象全てを知覚できるベルデが【投剣矢】の回収に気づいていなかったとは思えないが、複数の分身体が同時に、否、タイミングも狙いも微妙な差をつけて剣を振るっていたとあっては、その内のどれが【来光斬】の発動起点になるかなどわかったものではない。


 ――加えて言うなら、ここまで戦ってきた感じ、ベルデという男はこの手の読み(・・)についてはあまり優れているとは言い難い。

 周辺事象を観測し、予測演算によって未来については予知できるベルデだが、その反面相手の意図や戦術を読む能力はお世辞にも高いとは言えないず、すでに晒した手札であってもそれをどう応用してくるかといった発想力も不十分だ。


 そしてそうであるがゆえに、分身という形でそれぞれが意思と判断力を持ち、多彩な応用戦術を持つトーリヤの存在はこの相手にとって鬼門足りうる。


「――ッ、接近混入――、虫が……!!」


 次々と、微妙な時間差をつけて撃ち込まれる【牙矢(ファングボルト)】を念動と風圧で弾いていたベルデが、そうして撃ち込まれる矢の中に無視できないものが混じっているのを知覚する。


 それは矢と共に念動によって撃ち込まれた、トーリヤの分身たる何匹もの蛇。

 念動によって阻まれて地に落ちた蛇たちが、けれどそれだけでは動きを止めることなく、虫よりも早く地を這ってその身のうちの毒をベルデに打ち込もうと迫ってくる。


 とはいえ、だ。


「――不快。理解、自覚――、油断、侮り……!!」


 寸前まで近づいて、けれどそこまでで蛇たちはスイッチが切れたように息絶え、次々と分身が維持されずに光となって消えていく。


 同時にベルデの周囲で形成されるのは無数の氷、否、わずかに白い靄を漏らすそれは、ベルデが周囲から集めて蛇たちを窒息させるのに使った二酸化炭素の塊(ドライアイス)だ。


(空気中の特定物質の抽出……。俺たちの中でもシルファが酸素に対してしかできないようなことを当たり前のようにやってくるか……!!)


 思った次の瞬間、次々と形成されるドライアイスの弾丸が周りを取り囲む分身たちめがけて発射され、とっさにそれを防御した人型分身たちの中でも【風船兜(バルンヘルム)】の展開が間に合わなかった老女分身のI(インディア)が、その肺のうちに急速に気化した二酸化炭素を流し込まれて昏倒する。


(周辺物質を極小単位で観測できるなら気体成分の調整も自由自在か……。いや、そもそも二酸化炭素は植物の光合成にも絡んでくるか……)


 そう考えると、植物を急成長させるベルデの魔法であれば、酸素はもちろん、窒素やリン酸、カリといった三大栄養素や光合成に関係する光なども当たり前に操れていると見た方がいいのかもしれない。


 そう考えると、つくづくこの相手は使用できる魔法のレベルが高い。

 似たようなことができるメンバーはトーリヤ達の中にもいるが、似たことができてしまうがゆえに露骨にそのレベル差があらわになっているともいえる。


(単純に魔法のレベルだけじゃない。同時に行使している魔法の数もけた違いだ……!!)


 トーリヤの場合、分身の一体一体が個別に脳を持ち、その脳一つ一つが行動を決めて魔法を行使しているから物量で押し切られずに済んでいるが、逆に言えばこの相手はたった一人、一つの脳のみで分身たちの数にものを言わせた攻撃と渡り合っているともいえる。


 先ほどまでなら、ベルデが遠方の分身たちの抹殺にも力を割いていたためかろうじてレイフト一人でも戦えていたが、戦力がこの場に集って相手も一か所での戦闘に集中できるようになった今は攻撃がこの場に集中して、この相手の魔法能力の高さが如実にうかがえるようになっている。


 そう、能力そのものは総じて高いのだ。

 だが、その一方で――。


P(パパ)――!!」


 斧を振るって伸びる植物を相手に奮戦する最大の巨体を持つ分身に対して、この場で精製されている中では最小の、十歳にも満たないトーリヤの本体を男体化したような容姿の少年分身、U(ユニフォ)が勢いよく走り寄る。


 見方によっては父親に駆け寄る息子のようにも見えなくはないが、そうと見るには物騒で過激な要素が多すぎる奇妙な光景。

 実際息子のようにも見えるU(ユニフォ)が巨漢の分身めがけて飛びつくと、対するP(パパ)も斧を振り上げ、その刃の無い背の部分に少年分身の小さな手を捕まらせる。


「行、ってこい――!!」


 通常魔法による身体強化で筋力を最大まで底上げし、斧を振りぬいたP(パパ)の動きに投げ出されるように、U(ユニフォ)の体が離れた位置にいるベルデのもとへとほとんど砲弾のような勢いで飛んでいく。


 見るものが見れば幼い子供に特攻を任せる非情なやり口に思えるが、生憎とそれを問題視する何も知らない他人はここにはいない。

 いるのは分身とそれを知るレイフトと、そしてそうして飛来する少年を刺し貫くことに全く躊躇のない預言者だけだ。


「――不可解。迎撃可能――、不能、誤認……?」


 自身の足元、念動によって撃ち込んだ種子から一瞬のうちに樹木を伸ばし、伸びた太い幹が飛来するU(ユニフォ)を、正面からその小さな胴体を貫くことで迎撃する。


 対するU(ユニフォ)は、勢い故によけるどころかほとんど抵抗すらしなかった。

 ただ勢いのままに突っ込んで、無防備にその腹部を貫かれて、けれど一撃で即死する心臓だけはかろうじて避けてベルデのすぐ眼前で力尽きて――。


「【生体転写(バイオプリンター)】――Z(ズールー)


 その寸前、己を貫く樹木の上へと赤毛の短髪、褐色肌の女性型分身、Z(ズールー)を呼び出し息絶える。

 ただしその肉体は、正確には飛び散った血液は即座に消えることなく、現れたZ(ズールー)が空中で跳躍する足場として引き継がれる形で。


「――ッ、理解――」


「ようやくかよ――!!」


 自身の目の前で生成されて、そのまま走り寄るZ(ズールー)の姿に、ようやくその意図に気づいたベルデがとっさに足元の樹木の成長を操り壁を作る。


 もとより目の前に現れたZ(ズールー)が【来光斬】の発動起点となる剣を所持していないのは知覚済み。

 故に警戒すべき攻撃手段は先ほどから撃ち込まれる【牙矢(ファングボルト)】をはじめとした射撃と、あとは【骨格武装】を用いた近接戦闘くらいしかなく、そして程度であれば植物を編んで壁を作ることで射線を遮り、Z(ズールー)の接近を阻めばそれだけで事足りる。

 そう思っていたのだろう。


 直後に形成したばかりの植物の壁をすり抜けて、先ほどのZ(ズールー)がベルデの目の前へと現れるまでは。


「――!!」


「予想外、だったか……!?」


 AtoZ分身の一体、Z(ズールー)は元々体の柔軟性の高さをコンセプトに開発された分身だ。

 その肉体は関節の可動域が広く、前世では一部の人間にしかできなかった曲芸のような柔軟性を持たせた分身で、果てはそれに留まらず、その関節を意図的に外して(・・・)、グニャグニャになった体を念動によって操るという驚異的な技能すら確立するに至っている。


 今しがた見せた植物の壁の透過も、なにも幽霊のように物体をすり抜けたという話ではない。

 壁とは言いつつも、実際には生垣のように幹や枝の間に存在している無数の隙間、その内の一つ、本来ならば人が通り抜けられないような樹木と樹木の間を、全身の関節を外して念動で操ることによって、一瞬のうちに潜り抜けて見せたのだ。


 その様子はまるで、身に纏った黒い【鱗皮服】の存在も相まって、生垣の隙間を通り抜けて顔を出す大蛇のようで――。


「残念、蛇じゃなくウナギ(・・・)だ」


 次の瞬間、樹木の壁を潜り抜けてきたZがベルデの腕を掴んで、周囲の事物を予知する預言者の体に予想外の電流がほとばしる。


「――がッ……!!」


「電気ウナギって生き物がいてな。まあ、諸事情あって戦闘で使える生き物ではなかったんだが、電気系の魔法の参考にするには役に立ったんだ」


 自身の分身として生み出した電気ウナギの電撃を別の分身で浴び、その際に【生体走査】を用いて観察するというかつて用いた手法を思い出しながら、Zは二度、三度と放電を繰り返しながら関節の外れた体を念動で操りベルデを拘束するべくその体に絡みつく。

 さらに――。


「【生体転写】――コブラ」


 おまけとばかりに今度こそ蛇の分身を三匹ほど生成し、それらがそれぞれベルデの体に噛みついてその身に備えた毒を体内へと流し込む。


 投与するのは相手と違い致死性が無いよう調整した神経毒だが、電撃に毒、そして人体で絡みついての拘束となれば人間を無力化するには十分すぎるくらいのやり口だ。


「捕まえたぞ――、ああ、いや、捕まえたよ、預言者さん……!!」


 そうしてベルデを拘束し、ついでとばかりに自身の設定(・・)を思い出したZが本来のモノとは違う口調でそう告げる。


 裸同然の男に関節がおかしな方向に曲がった女が絡みつくという酷い絵面で、それでも植物を操る預言者が大地に倒れて動きを止める。

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