12:連合国の預言者
まず大前提として、この世界の人間は他人の行使する魔法、その発動や規模などをある程度五感のどれとも違う感覚で知覚することができる。
これについては、島に残された本の中では『同じ作業台に着いているゆえに、他人の作業の様子を台を通じて伝わる振動で感じ取れるようなもの』などと例えられていただろうか。
要は同じ世界というものに接続して魔法を行使しているがゆえに、他人が魔法を行使すると、その繋がった感覚である程度それを知覚できてしまうという話だ。
そしてこれは同じ人間である以上シン域への接続を果たしたレイフト達であっても変わらない。
今通信機代わりにくっついているモモンガのように、トーリヤの分身のなかでも魔法能力を持たない非人間型の分身なら話は別だが、魔法能力を持つ人型の分身であれば、トーリヤも本体のみならず分身の一体一体に至るまでこの能力を兼ね備えている。
――と、ここまでが前提の話になるわけだが、問題なのがこの相手、全裸で足裏に植木鉢のような土塊を貼り付け、そこから伸びる植物を身体に巻き付けるという変質者の様なこの敵の攻撃、明確に相手に利する形となる一手に、ちょくちょく魔法行使の感覚のないものが混じっていたという点だ。
【シン域】を使って魔法を使っているから、ではない。
【シン域】を使った魔法は通常の魔法とは感覚が違うが、逆に言えば通常とは違う魔法としてハッキリとその行使を知覚できる。
ゆえに今回問題なのはその逆、魔法を行使した気配が無いに関わらず、相手にとって都合のいい現象が立て続けに起こり、相手だけがそれを利代している点だ。
たとえば、接近しようとした際起きた、足場としていた樹木の崩落とその後の落下、そして毒煙を発生させた時の風向きの変化など。
無論、全方向広範囲の事象に対して規格外の観測能力を持つ相手だ。
背後からの強風程度は観測していただろうし、足元の崩落も樹木の状態を観測していればある程度事前に察知はできる。
ある種の類似能力として、生物の身体情報を読み取れるトーリヤなどは、やろうと思えば細胞レベルでの観測すら可能だと言うし、そこまででなくとも樹木の状態をその内部にいたるまで観測できるなら、劣化し、崩落しかかっていることくらいはそれを知覚することで察知できるはずだ。
けれどその一方で、それ等の現象の発生がどのタイミングか、あるいはどんな条件で起きるかまで、戦闘時の立ち回りに組み込めるほどの精度で把握できているとなれば、それはもう単純な探知・知覚能力を超える別の能力だ。
「こいつは単に周辺状況を知覚しているだけじゃない。知覚した情報をもとに、その知覚範囲内の未来を予測演算している。ほら、ここに来るまでにトーちゃんが話してた、『ナントカの悪魔』ってやつだよ」
「――!! 【ラプラスの悪魔】か……!!」
予言者を名乗る存在に会おうとしていたことも相まって、トーリヤはここに来る道すがら子供らに様々なタイプの未来予知について教えてきている。
ゲームなどを含めたなんらかの媒体による予言の書タイプ、未来の一場面だけを見る分かりやすいタイプの未来視、あるいは未来を実際に体験してから戻ってくるという、未来予知というよりタイムリーブに近いものまで、前世でフィクションなどに語られていた、未来を知っているパターンというものを、トーリヤは道すがらの雑談として思いつく限り子供らに話して聞かせていた。
ラプラスの悪魔というのもそうして語っておいた未来予測手法の一つだ。
この世界にある物質とその運動を観測し、観測したそれらが互いにどのような影響を与えていくか、その必然の積み重ねの果てにある未来を計算によって導き出すという未来予測手法。
「おそらくこいつの能力は自分を中心とした一定範囲の事象の観測と、その観測結果からの未来の予測演算の二段構え。後は、遠隔で魔法が使えるってのもこの観測範囲と関わってるのかもな。どうにも離れた位置に視点を設置して『見てる』ってわけじゃなさそうだし」
見通しの利かない森での戦闘、そして自身の仕掛けた目潰しの類がなんら効果を示さなかった事実などから推測して、レイフトは相手の能力の根幹にあるものを直感も交えて推測していく。
恐らく円周状の植物の領域を形成したのも、その範囲こそがこの男の観測能力が及ぶ範囲だからなのだろう。
否。植物の領域の外にいるこちらを正確に捕捉していたあたり、観測に限定し、範囲や方向などを限定すればより遠くまで能力が及ぶ可能性はあるが、少なくとも全方位死角なく観測と予知を行おうとすれば範囲は限定されると考えるべきか。
「ちなみにトーちゃん、こいつの使う植物の魔法については分析できたか?」
『ああ。分身たちが腹をぶち抜かれながら植物を『走査』してくれたよ。要は俺の治癒魔法と原理は同じだ』
植物が成育するための全行程、周囲からの栄養素や日光、酸素、水などの収集や、それらを必要な部位に回す体内循環、そして細胞分裂からなる一連の流れを魔法によって徹底的に効率化し、代替して行い、時に後押しすることで通常ではありえない速度にまで加速させる。
それは傷の周辺の細胞や血流に干渉し、傷口の修復を押し進めるトーリヤの治癒魔法と理屈は同じだ。
『問題があるとすれば、そうやって急成長させた植物は細胞に負担がかかるのか、時間経過で急速に劣化して朽ち果ててしまうってこと……。
それと、そもそも元の形に戻ろうとする傷口と違い、植物の生育はどのように育つか普通はわからないという点なんだが――、なるほど、そのあたりも予測演算ができる【預言者】なら、その成長過程に介入して望む方向に育つよう誘導することも可能、か……』
【連合国の預言者】ベルデ。姓まで含めた名前はベルデ・レーヴェ。
他国の四人と並べ評されるその名前。暫定的に『勇者』とみなされていたその人物については、トーリヤもここに来るまでの間にそれなりに調べてはいた。
年齢は今年で十八歳。
連合国内に存在する中規模な商家の次男として生まれたというこの男は、幼い頃から事件や災害、不作や不漁などを次々と予言し、また作物の育て方について指導するなどさまざまな情報をもたらして、食料生産のほか近年商業でも目覚ましい発展を見せていた連合国に大きな富をもたらした人物として知られていた。
一方でこの預言者、極度の人嫌いであるというのも有名な話で、重要な能力を持ち、十代で国の重鎮たちからあの手この手で手元に置こうと勧誘を受けている立場にも関わらず、それに見向きもせず、人の少ない田舎町に引きこもって植物の世話ばかりしているという話だった。
トーリヤなどその話を聞いてスローライフが望みなのかと冗談交じりに考えていたし、唯一国の要職についていない勇者候補だったが故にまだしも接触しやすいかと考え、今回この場所を訪れたわけだが。
『その預言者がこいつだと……? いや、まあ、全く予想していなかったとは言わないが……』
もとより根拠不明ながらも『絶対に分かり合えない』とまで言われていた勇者、厳密にはそうではないかと見込んでいた人物の一人である。
今回の騒動が起きた段階で、勇者が狙われた可能性とほとんど同時程度にはその勇者自身が犯人である可能性も、トーリヤ自身一応であるが頭の中にあった。
とはいえこの状況。
魔王襲来まで一年を切り、その脅威が間近に迫った今、わざわざ自分が影響力を及ぼせる人間社会に敵対するような真似までするかというのは大いに疑問ではあったのだ。
人間社会を牛耳り、預言者としての立場を利用して好き自由にふるまっているというならいざ知らず。
未来が見えていながら、わざわざ人間社会と敵対するような真似をするか、というのは、少なくとも預言者犯人説が重視されないくらいには不自然に思える疑問点だった。
「――不快」
そんな勇者の一人と目される相手、耳が長ければエルフと言われても納得してしまいそうな容姿を持つ半裸の男が、戦いの中で徐々に見せるようになっていた苛立ちをいよいよ隠さずにレイフトの指摘にそう呟く。
「――不快。ああ、不愉快。煩瑣……!!
預言者、ベルデ……。勝手設定、最小単位情報、――不可解、意味不明……!!」
『……?』
衝動的に吐き出したと思しき台詞、その言葉の不可解さに、モモンガの分身越しにそれを見るトーリヤは離れた位置で密かに眉を顰める。
「あんた、いったい何のつもりだ? あの植物の領域――、あれでこの辺りの人間を殺しまわったのはあんたってことであってるのか?」
同じく困惑した様子ながらも、まず真っ先に確認すべきと判断したのか、レイフトがその男、ベルデについてそう問いかける。
「虫、か? ならば駆除」
そんな問いに返ってきたのは、あまりに淡々とした、人を人とも思わぬそんな言葉。
「――否、虫呼称、不快、か……? 不愉快。虫、ヒト……、ケモノ、トリ、魚――。呼称細分、意味不明……。不可解、極まる……」
『……なにを――?』
ぶつぶつと、わけのわからない言葉をつぶやく男の様子に、小動物という関係か本体よりも臆病なモモンガの分身体がかすかに身を震わせる。
とはいえ、そんなこちらの様子に配慮するような相手なら、そもそもこんなことにはなっていないのだろう。
「――放棄。我が、庭園、蔓延の、虫、すでに殲滅。退去勧告、追跡意図、なし。
外周虫群、以上伝達。――……これ以上、の、煩悶、拒絶……!!」
「……!!」
かろうじて会話らしきものを成立させながら、けれど一方的にぶつけられるその言葉に、レイフトはモモンガの分身と共に思わず向かい合ったまま絶句する。
(――こいつは、なんだ?)
同時にトーリヤが思うのは、目の前の相手が予想していたどんなパターンとも違うというそんな感覚。
『絶対に分かり合えない』という事前情報ゆえに許容しがたい何かをやらかしている可能性くらいなら予想はしていた。
噂の中にその手の話はなかったが、それこそ、特別な力と立場を与えられたことで増長していたり、他者をないがしろにして好き勝手にふるまう悪党に成り下がっているくらいならばまだしも予想の範疇だった。
だがこれは、そういったものとはそもそもの根本から何かが違う。
なんというか、根本的にトーリヤには、目の前の相手が同じ人間であるという感じがしないのだ。
同じ人間が人間を見下しているのとは根本から異なる、本当に人間とは別の存在が、人間と虫の区別がつかぬままに話しているのを聞いているような、そんな感覚。
わかり合えない。
絶対にわかり合えないというその言葉が、否応なくトーリヤの頭の中で木霊する。
「――はっ、はは……」
そうして戦慄するトーリヤのすぐそばで、けれどレイフトはそんな親とは逆に思わずと言った様子で笑いを漏らす。
抱いた感想自体は変わらず、けれどそれに対して思うのはある意味で真逆のことだったらしい。
「良いな、あんた。――いや、所業や言動そのものは悪いところばっかりなんだが」
目の前のベルデが怪訝な顔をしているが、父親であるトーリヤはその様子にある程度察するものがあった。
レイフトという息子は前世にもいた求道型のアスリートとでも言うべき精神性の持ち主だ。
努力家にしてチャレンジャー、普通であれば厳しいとも思えるような目標を定め、それを達成するために努力することに喜びや充実感を覚えるという、強くなったことに納得しか覚えないような性格をしている。
そんなレイフトだったが、しかし島を出てからは長らく目標としていた海竜の討伐を成し遂げてしまったことも相まって、新たな目標を見つけられず若干物足りなさを感じているような様子があった。
既に勇者や魔王といった存在について知っており、トーリヤ経由で討伐した海竜の大元、トーリヤがユグドラシルクラーケンと名付けた驚異的な魔物の存在を知らされていたため、本人も格上の存在は予見してそれとの邂逅を待つつもりでいたようだが、逆に言えばそれに期待してしまうくらいには、強くなったこの少年は目指す対象になるような、具体的な目標と言える存在を見つけられずにいた。
そんな息子が今、目の前にいるこの預言者を、輝きを宿したような目で見つめている。
まだ島に流されてすぐの頃、トーリヤが人型分身たちを駆使してようやく仕留めたジャイアントシャモの遺骸を前にして、その日の狩りの様子を聞いてきた時と同じなにかの光に満ちた目で。
「――よくない傾向だ」
そんな息子に対して、トーリヤは――。
「悪いんだけどさぁ、レイ。俺は自分の息子に、こんな危ないやつを目標にさせる気はないぞ」
父として、危機感を覚える息子の反応を見て腹をくくって、同時に二人とモモンガ一匹しかいなかった戦場に新たな気配が、それも複数人分現れる。
「――不快。虫類似、増殖――、集結……!!」
憎々しげにつぶやくベルデの知覚、その異能によって観測されるのは、顔立ちはもちろん体格も性別すら違う、およそ二十人以上ものバリエーションを有する一人の個人。
各々がその手に白い骨のような材質の武器を携え、それぞれこの戦場と同時並行で行われるベルデの迎撃を掻い潜ってきた分身たちが、今この戦場に集結して一斉にその武器を予言者めがけて突きつける。
「――悪いんだけどさぁ――。どうにもお前は子供の教育に悪すぎる……!!
人間を虫けら感覚で殺すのをやめて、それからまともな服を着る気がないのなら、魔王の前にまずは俺たちがお前を退治するぞ」




