10:レイフトという問題児
植物の領域のすぐ近隣で戦闘の炎が燃え上がる。
毒煙をまき散らす異形の植物、それに付けられた火が森にさえ燃え移って、けれどまだ小さい火の手以上の脅威がその場に存在する生き物の命を圧倒的な力で脅かす。
そんな戦場の惨状、それを成したと思しき相手が枯草の塊に紛れて舞い降りたのを偶然見つけて、Eの名を持つトーリヤの分身体は思わず声を漏らしていた。
「――へ、変態……!!」
なにしろ金色の長髪に細面の容姿、これで耳でも長ければエルフを名乗れるのではないかという外見の男が、全裸で、その体に植物の蔦を巻き付けたような状態で降ってきたのである。
しかもその植物とて、衣服の代わりとして裸体を隠すために巻き付けていたのではない。
まるでその身をエンドウ豆を育てる時の園芸の支柱にしたかのように、高下駄のように両足にくっつけた植木鉢、そこから伸びた蔦が足元から肩口あたりまでその身を這うようにして男の体に巻き付いているのだ。
一応葉も茂っているため大事な場所を隠す役割を果たしているようにも見えたのだが、特にそれを意識してはいなかったのか、見る角度を変えればそれだけで容易に見えてはいけない場所が見えてしまうありさまである。
状況が状況であるためそれどころではないはずなのに一目見て受ける衝撃が大きい。
あるいは、最初にこの相手を発見することとなったEが女性型の分身であったからそれだけの衝撃を受ける羽目になったのかとも思ったが、どちらにしたところで目の前に現れた男が人類社会とは相いれない変質者であることは一目見ただけで明らかだった。
正直に言ってここから二百メートルほど後方にいる子供らをこの相手に近づけたくない。
ましてやこの相手が、国境沿いの村一つを滅ぼし、そして事態の収拾を図る軍隊を壊滅状態に追い込んだ相手だとするなら、なおさらに。
「――!!」
衝撃から立ち直り、接近を考えて身構えた次の瞬間、その動きを制するように男が振り返りすらしないまま雹の弾丸を叩き込む。
同時に、どこからか降ってきた果実が爆発するように枝葉の津波となって襲い掛かり、さらには毒気を含んだ煙が逃れようとしたEの肺へと流れ込んで――。
(――クソ、甘く見ていた……!! いや、それ以上に……、ああ、くそ、これは油断だ……!!)
海竜を討伐して島を出て以降ここまでうまく出来すぎてしまったがゆえに、なまじ強力な魔物の討伐に成功し、この世界の人類と比べて自分たちが強いことを自覚してしまっていたがゆえに油断があった。
特に今回の場合、ほかならぬトーリヤがエルセの【隔意聖域】の性能を過信していたことが問題として大きい。
ここまで幾度となく強力な攻撃を防いできたエルセの念動力場だが、それが決して絶対の守りでないことはほかならぬトーリヤ自身が本人と並んで一番知っていたはずなのに。
何ならここまで戦ってきた魔物の中にすら、状況が違えばエルセの守りを抜けてこちらを死に至らしめたような相手も存在していたというのに。
(攻撃自体は防げるのは間違いない。問題はその後……)
自身の周囲の一定範囲を周囲と断絶し、その範囲に侵入する攻撃を念動系の力場で阻むことのできるエルセだが、あくまでできるのは阻むところまで、弾き返したり反射したりといった反撃までできるわけではない。
加えて、自身一人を守るだけなら体表面から数ミリ程度の範囲に力場の範囲を留めることもできるが、身内を内部に取り込んで守るとなればどうしても聖域の範囲も広がり被弾面積も増えてしまう。
そしてもう一つ、エルセの防御性能、それを支える念動による出力は、瞬間的なパワーについてはブラキオサウルスが乗っても耐えられるほどだが、その状態を長時間維持できるような持久力がある訳ではないのだ。
結果、トーリヤとの模擬戦における彼女の負けパターンは、分身の巨体と数にものを言わせて力比べに持ち込み、念動と物量による持久戦に持ち込んで相手が防御を維持できなくなるのを待つというのがお決まりになっていた。
身体強化に念動を上乗せすることで、四人の中でも突出した怪力を発揮できるようになっているエルセだったが、威力の高い攻撃手段が乏しいためなりふり構わないゴリ押しを受けると守りの態勢を取ったまま抑え込まれてじり貧になってしまう傾向があるのだ。
それこそ今回の、今目の前で起きているように。
「――こ、んのォッ――!!」
周囲が火と毒煙に包まれながら、最初に飲み込まれた植物の残骸をようやく内側から砕いて、その内側からシルファを背負ったエルセが勢いよく飛び出してくる。
「シルファ――」
「――【嵐気龍】」
同時に、念動に囲まれた状態でありながらシルファが周囲の空気を掌握。
自身の周囲で渦巻かせ、か細い竜巻を一方向へと放って、レイフトとトーリヤに近づいていた毒煙を周囲の木屑諸共吹き散らす。
(樹木による津波も、火や毒煙もエルセの念動力場は突破できていない。できてないが、問題は――)
思うさなか、再び襲い来る樹木の激流に対して、レイフトがトーリヤを抱えたまま跳躍する。
四人の中でも一番といっていい、高い運動能力を誇るレイフトだからこそできる身軽な動き。
そしてそれは逆に言えば、レイフト以外のメンバーにはどれだけ頑張っても同じまねはできないということだ。
現に同じ攻撃にさらされたエルセはといえば、とっさに回避を試みたもののよけきれずに念動力場によって成長する植物を受け止める羽目になり、かろうじてシルファが空気を操作して念動力場にぶつけたことで攻撃の軌道から押し出されて難を逃れるに至っている。
防ぐことはできる。だが逃げられない。
次々と連鎖し、繰り出される攻撃にさらされながら、互いに手の内知るがゆえに四人全員が同じ結論へと至るまで、それほど時間はかからなかった。
そして――。
「エルセ――!!」
「は――?」
全員が状況を理解する中、その中の誰よりも早く空中へと躍り出たレイフトが動き出す。
「トーちゃん頼む」
跳び回る中でも左腕に抱えていたトーリヤの本体、肉体的な脆弱さゆえに状況の中で若干目を回しかけていた小柄な体を勢い良く振りかぶり、攻防の中でわずかに近づいたエルセへとむけて全力で投げつける。
「――ぅぉ、にぇェエエエエエエ――!!」
されるがままになっていた体が突然空を切って飛ぶその感覚にトーリヤの喉から本人すら意図せぬ叫びが漏れる。
突然の事態に、トーリヤを投げつけられたエルセは自身の念動力場によって空中でその身を確保。
勢いを殺すように、自身の周囲でトーリヤの体を、まるで衛星のようにグルングルンと回しながらだらりと空中に垂れ下がるトーリヤを無視してレイフトの行く先へと目を向ける。
「ちょッ、レイ――、どこへ――」
「――ぉ、……ぉぉぉおおおお、あ、あの、野郎ォ……」
育てた子らによる恐ろしく雑な扱いにプルプルと身を震わせながら、トーリヤは毒煙の入ってこないエルセの聖域の中でどうにか呼吸を整える。
エルセの聖域が相手なら毒煙を含めた大抵の攻撃が通らない。
けれど敵の攻撃範囲の広さゆえに、エルセの防御に頼った状態では敵の攻撃から逃げきれない。
そんな状況を打開できる、レイフトが見出した道はただ一つ。
「あい、つ……、単独で敵の術者を討ち取るつもりだ……。この毒気の中で、エルセの作る安全地帯の庇護抜きで……!!」
レイフトという息子について考える。
島で過ごした四年の歳月の中で、トーリヤを含めた四人はそれぞれ戦う術を模索し、研究と訓練を積み重ねていたわけだが、そんな生き方がある意味で一番性に合っていたのが、トーリヤ達四人のうち肉体的には唯一の男にして最年長でもある少年、レイフトだった。
もともと剣士だったという父への憧れを持ち、簡単な手ほどき程度は受けていたというこの少年は、なんというか目標を定めたうえでそこに向けて邁進するといった生き方が性に合っていたらしく、前世のプロスポーツ選手などにたまに見られた、己の見据えた道を究めんとする求道型のアスリートのような気質の持ち主だった。
そうした性格ゆえに、島での四年間を誰よりも無理なく過ごしていたレイフトだったが、一方でこの少年について、親を務めたトーリヤの視点で何の問題もなかったかといえば実のところそう言う訳でもない。
己が道を究めることに貪欲で、誰よりも無理をすることなく息をするように努力を重ねていたレイフトだったが、そうした気質故にごく自然に無茶をしがちで、親であるトーリヤが肝を冷やすことがままあった。
最もわかりやすいのは、島に流されてから二年と半年がたったころの冬。
レイフトがわずか十一歳のころに、単独で島に生息するジャイアントシャモを仕留めて帰ってきたときだろう。
ジャイアントシャモ、正式名称を激昂鳥というらしいこの生き物は、トーリヤたちが暮らしたあの島における頂点生物だ。
外見はジャイアントモアと呼ばれる地球の巨鶏を羽で飾って派手にしたような姿。
そして特筆すべきその生態は、警戒心が強く、攻撃性が強く、そして近づくもの全てぶち殺すという強烈なまでの殺意に満ちている。
味がよく、巨体故に一度の狩りでそれなりの量の肉が取れるため、島での食卓によく登っていたがジャイアントシャモだが、それとて狩るのがどれだけ死んでも構わないトーリヤの分身たちだからこそ言えた話だ。
トーリヤの認識では、ジャイアントシャモは魔法があるこの世界であっても大人が複数人で挑んで、それでも一定確率で死傷者が出るレベルの危険生物である。
当然、子供が一人で挑んでいい相手ではなく、それ故にトーリヤは当時十一歳のレイフトが一人でこの危険な生き物と戦いかえってきたと聞いたとき、全て終わった後だというのに分身まで含めた全員で肝を冷やした。
それはそうだろう。
年齢的に幼すぎるというのもあるが、当時のレイフトはまだ【シン域】への接触を果たしておらず、訓練こそ積んでいたもののあくまでこの世界の常識的な力しか持たない少年だった。
そんな子供が、罠や不意打ちなどのからめ手すら用いず、正面から挑みかかるようなやり方でこの危険生物とやりあったというのだから、その危険度は間違いなく命知らずといっていいレベルのものだった。
そうした事情ゆえに、話を聞いてすぐ、トーリヤは親になってからほとんど初めて頭ごなしにレイフトを叱りつけた。
なんて危ないことをするんだと説教をかまし、幼女の外見を利用した泣き落としまで駆使して揺さぶりをかけて、最終的にトーリヤはレイフトに危険な真似は二度としないとそう誓わせた。
誓わせて、けれどそう誓ったレイフトはその舌の根も乾かぬうちに、具体的にはその十日ほど後に二羽目のジャイアントシャモを仕留めて帰ってきた。
本人曰く肉の保存が大変だから多少は期間を空けたとの話だったが、そんな話を聞かされてトーリヤが納得するはずもない。
その後もレイフトはどれだけ言っても自分に試練を課すことをやめようとせず、分身たちの監視すら掻い潜っては危険な修練を繰り返し、やがて【シン域】への接続を果たしてからは鬼に金棒とばかりにトーリヤを超える強さを獲得して、ついには勇者と呼ばれるだけの年齢不相応の戦闘力を手に入れた。
勤勉で、努力家で、けれどここまでくると何の問題もないとは口が裂けても言い切れない。
己の決めた道を究めんとするストイックさ故に、必要とあらば己が身や命すら危険にさらすことすらいとわない問題児。
それこそがトーリヤの育てた三人の子供、その長兄に当たる少年。レイフトなのである。




