外伝・第十七話
「アクション見ようよアクション」
「私はドラマがいいなあ、しっとりして落ち着いたやつ」
映画祭には人が詰めかけている。校庭にはスクリーンが張られ、大型の音響設備がある。講堂にはブルーシートが敷かれ、子供連れの家族客などが土足のまま入っていく。
時刻は昼の12時、校庭の片隅には臨時駐車場も設けられ、遠く日吉町からの来客もある。
「ねえねえ水穂、今さらだけど上映って屋外会場もあるんでしょ。昼間からやるの?」
「うん、いつも昼から始まるよ」
水穂と太陽雨、二人が通り過ぎると人々が振り返る。それというのも白と灰色のワンピースという対になったスタイルのためだ。髪も同じように一本に縛って背中に垂らし、盆の窪で大きなリボンで留めている。折り紙ではあるが、縛ってある状態だと布と区別がつかない。
「あ、水穂ちゃんだ」
小学校のクラスメートたちがやってくる。根乃己小と根乃己中は各学年に10人ほど、高校は日吉町まで行く必要があり、バスや自転車では大変なので、多くは寮に入る。そのため村に高校生以上の子供は少ない。
「水穂ちゃん。ぜんぜん姿が見えないから心配したよー」
「そうだよー学校はインフルエンザとかで休校だしー」
そう言えばそんな設定だったと思い出す。
「そっちの子は?」
太陽雨は手をひらひらと振って、明るく答える。
「水穂の親戚だよー、遠くの町から遊びに来てるの」
「えー? 長休みじゃないのに」
「親の仕事の関係でねえ、まとまった休みがとれるのが秋ごろなんだよ。だから来たの」
クラスメートたちはふーんと曖昧に返事をする。
「そういえば二人ともよく似てるね」
「そうかな? なんか晴南ちゃんと美雨ちゃんにも似てるような」
学校のことや、旅行中だという晴南と美雨のことを短くやり取りしていると、上映開始10分前のアナウンスが流れた。
「あ、私たち前の方で見たいから、またねー」
去っていく友人たちを見送り、いくぶんほっとした気分になる。
「よっし、なんとか切り抜けたね」
「大丈夫だよ太陽雨ちゃん。別に怪しいとかそんな要素ないし」
「揃いのワンピースの美少女って結構怪しくない?」
「怪しいけど犯人なことは少ないやつだよ」
二人で会場を歩く。露店はいくつも出ており、喫茶ブラジルも出店していた。設営スタッフにREVOLVEの職員らしき人物もいる。
屋外会場もやはりブルーシートが敷かれている。その上に教室用の椅子が並べられ、白いスクリーンが前方にある。
「これが映写機?」
映写機は机の上に無造作に置かれていた。DVDデッキほどの大きさであり、円筒形のレンズが飛び出している。
「業務用の16000ルーメンの映写機だよ。8K対応で野外でも明るく見えるの」
「ふーん。なんか高級品っぽいけど、いくらするんだろう」
「おじいちゃんが言ってたけど、レンタルだと1日80万だって」
間。
「え?」
「だから普通はこういうプロジェクターってレンタルなんだよ。このグレードだと1日で60万とか80万とか」
「え、ちょっ、えっ?」
プロジェクターから少し距離を取る。
「いやあの、そーなるとコレ単体の値段って」
「2000万ぐらいだって」
「にしぇっ!?」
「タッちゃんが調達してきたもんじゃよ」
老人の声がする。映写機の置かれた台の向こうに座り、ノートPCと接続して作業していた。
「コユビおじいちゃん」
「タッちゃんはいろんなルートで漫画本を仕入れとっての。貴重な本がぎょうさんあるんじゃ。ある団体にその本を融通する代わりにプロジェクターを借りとるんじゃよ」
「水穂のおじいちゃん凄いんだねえ」
「うーん、そうなのかな」
実のところ、複雑な思いもある。
何しろ枯滝竜興はREVOLVEの敵性団体、黒鉾の創設者であり、スパイ活動をしていた人物である。
REVOLVEは休止状態だったこともあり、処分は下っていない。祖父とREVOLVEがどのような関係となっているのか水穂は把握していない。
このような高価なプロジェクターが何気なく存在していること、防空壕を買い取って改造した書庫を持っていること、その資金力の源泉は、果たして水穂に説明できる性質のものなのか。
(おじいちゃん、かあ)
それもまた、はるか前方にかすんで見える目標。
いずれは祖父とREVOLVEの関係、祖父と父の関係。早世したという水穂の祖母、枯滝丹魚という人物。
そのような言葉は自我のどこかに存在しており、けして水穂の人生から抜け落ちることはない。いずれはそれも、大きな課題となると予感される。けして見通せない、はるか遠い予感。
「水穂、なんか展示コーナーもあるよ、見てみよ」
太陽雨などはもう別のことに気が移っている。水穂の手を引いて会場を練り歩く。
映画の解説が張り出されているスペースである。キャスター付きの掲示板が並べられ、上映予定の映画の情報や、スクリーンと音響の詳細なども書いてある。当時のパンフレット、ポスター、劇場の半券まで飾られている。
「わ、水穂これ見て、当時の映画雑誌まであるよ」
「ちゃんとしてるねえ、本当の映画館みたい」
「そんなわけないわ」
と、横から現れるのは枯滝瑛子。紺の細身ズボンにドレスシャツという姿であり、案内係と書かれたワッペンが右胸にある。
「映画館にこんな展示コーナーないわよ。ペラ1枚の簡易パンフが置いてあるぐらい」
「そうなの? じゃあ見る映画のことわからないんじゃ」
「ネットがあるんだからみんな調べてくるのよ。あと焼肉の屋台とかもないから」
視線を上げると嗅覚が意識される。スパイシーな匂いがここまで来るが、喫茶ブラジルの屋台だろうか。
「そういえば水穂って映画館行ったことないわね。今度連れていってあげるわ」
「いいよ、一番近いとこでも車で2時間かかるよ」
「私なら40分ぐらいよ。見たい映画があるならいつでも言いなさい」
映画館は日吉町にもないため、さらに遠く、電車なら7駅先まで行かねばならない。陸の孤島である根乃己村では映画の経験は貴重であり、この映画祭が生まれた理由でもある。
「私はお客さんの案内があるから、また後でね」
「うん」
二人で野外会場の方に向かう。最初の作品の上映時間はそろそろである。
椅子に座っている人はさほど多くない。木と鉄パイプの椅子なので単純に座り心地が悪いのだ。小さな子供やお年寄りなどが椅子を使い、他の客はブルーシートにめいめい座る。
「映画館かあ、水穂なら折り紙ですぐ行けるんじゃない?」
「あんまり自分のためには使いたくないの。別にいいよ、根乃己にも図書館はあるし、カスタネットのPCで映画ぐらい見れるし」
「そうだねえ、このご時世、映画館まで行こうって人も珍しいだろうし」
講堂の方では校長先生が挨拶する声が聞こえる。野外会場の方ではプロジェクターの電源が入り、高輝度の光が白いスクリーンにくっきりと像を結ぶ。
「ちょっと暗いほうがいいかな、雨雲とか呼ぼうか? 降らせない程度に」
「大丈夫だよ、雨雲が来るとみんな不安になっちゃうし」
映画館というものの経験がないが、映像は実に鮮明で細部までよく見える。音響設備は霧雨会のマルミミ老人の仕事であり、もし劇場音響に詳しい人間がいたなら、音の鮮明さに感動したことだろう。
1本目はヒューマンドラマである。雑誌社に勤める冴えない男が主人公。編集に参加していた雑誌が最終号を迎えるが、その表紙のネガが行方不明になってしまう。ネガのありかを聞き出すため、カメラマンの男を追って世界中を旅することになる。
2本目は1960年代のアメリカを舞台にした映画である。卒業の日を迎えた若者たちがダイナーに集まり、それぞれの学生生活最後の1日を過ごすために街に散っていく。
これと言って劇的なことは起こらない、60年代の音楽と街並み、そしてレトロな旧車、若者たちの等身大の青春が描かれる。
観客もみな神妙に見ている。水穂も優れた映画だと思った。いい映画には人を引き込む力があると感じる。
「ああ、うん、こんな感じだったねえ」
太陽雨がつぶやく。見れば彼女の顔は赤らんでいる。熱のこもった眼で映画を見ている。
「どうしたの」
「私、たぶんずっとこういうの見てた。地面の下で」
「根乃己のこと?」
太陽雨は両手の指で四角を作り、スクリーンを切り取る。
「こんな感じだった。とっても長い間、根乃己にまだ人が住んでない頃からずっと見てた気がする。劇的な場面とか、楽しいとか悲しいとか、そんなものが全部見えるの、たくさんの映画が同時に流れてる感じ」
たくさんの映画、という言葉に連想するものがある。あのプラタナスの映画館。水穂たち三人組が巻き込まれた異常存在。
(あれは……たぶん太陽雨ちゃんが生まれるために利用された異常存在。お父さんが舞台を降りたから……)
「私は見てるだけでよかったのに」
ぼんやりと、空気に溶かすように言う。
「見てるだけで?」
「うん、見てるだけでよかった。多分そうなの。本当はそれで良かった。そう、分かってきた。私はたぶん、見てるだけでいたかった。だから水穂を次の守り手にしたかった。きっとそうなの」
映画は続いている。ささやかなトラブルや一夜の恋の予感。されど何物でもない学生たち、街を出て遠い大都会に羽ばたく者、街にとどまろうとする者、さまざまな人生がこの一夜に交差する。
「それなのに、なぜ私はここにいるんだろう。どうしてカタチを維持してるんだろう。わからない。ううん、そうじゃない、本当はわかってる。私が何をわかってないのか、それを自覚することが答えそのもの……」
「……」
「水穂、私、晴南ちゃんと美雨ちゃんを返すよ」
両膝を立て、その中に顔を沈める。太陽雨の声は消え入りそうだ。
「太陽雨ちゃん……」
「それがいいの。絶対にそうするべきなの。私の中の晴南ちゃんと美雨ちゃんを切り離す。多分できると思う。そして私は黒現たちの星に行く。それが正しいと思う」
「……太陽雨ちゃんが行きたくないなら、行かなくてもいいんだよ」
「それは間違ってる。間違ってることは頭で分かってるの。私はとても古い時代の世界の歪み。地球はもう必要としてないもの。でも黒現たちは必要と言ってくれてる」
水穂も膝を立てて距離を詰める。二人の間だけで言葉が行き交い、映画の音と気配が、二人を繭のように包み込む。
「なんでだろう、なんで私はこうなっちゃったんだろう」
ぽつりと、世界のどこかでガラスが割れるような声。
「どうして何も覚えてないの。やるべきことも、どこへ行くべきかも分かるのに、なぜ「私」は自由でいたいと思うんだろう。そんなこと許されるはずないのに」
「……」
「それは駄目だよね。分かるの。私がやりたいように、したいようにしたら、きっと何もかもめちゃくちゃになる。だから……」
はっと、顔を上げる。
「水穂、何か変じゃない?」
「え……どうだろう、何も……」
確かに、こちらへ向けられる視線は感じる。周囲に黒現たちの仲間と思しき人物や、REVOLVEのスタッフがいる。来客にまぎれて、あるいは上映スタッフにまぎれて。
瑛子も屋台の支柱に背中をつけ、腕を組んで立っている。自分たちを守っているのか、それとも警戒しているのか。
(良くないな……お母さんは味方のはずなのに、警戒しちゃってる)
そして、立ち尽くす人が。
「?」
空白の数秒。
それが不自然なことと思えなかった。椅子の座面に立ち、空を見ている老人がいる。
時刻は夕方の5時。日は西に傾きつつあるがまだ明るい。だが東の果てに巨大なシルエットが見える。地平線の向こうから黒現たちの星が昇ってきている。巨大な半円。地形と雲が目視できるほど大きい。
老人の目はその星を見ている。まっすぐに立ったまま。
「……?」
次々と、立ち上がって惑星の方を向く人々が。
その体が黒ずんでいる。服と皮膚の色の差がなくなり、金属光沢を持つ灰色へ、そして鉛のような質感になる。
「……!」
ここまで来ても、それが異常なことと思えない。
水穂は、自分が直感的に異常存在を感じ取れていたことを理解する。そしてこの現象にはその勘が働かない。
「どうしたの、みんな……」
「水穂、何かおかしい。これ普通の異常存在と気配が違う。違うというか」
異常存在ではないと感じている。
気づけばすべての観客が立ち尽くしている。屋台の店主も。グラウンドの片隅にいた子供も。
「なんじゃ、こりゃ……」
映写機の近くにいたコユビ老人。彼は二度三度周囲を見て。
そしてある瞬間に目が意思を失い、立ち上がって鉛に変じていく。
そのあたりで、叫ぶような男性の声が。
「所長!」
「どうしたの」
「いま、タツガシラの外部情報収集担当から、世界中で同じような事象が起きていると!」
人々の身体が硬直し、東の空を見て固まっている。その体表は硬化して黒ずむ。鉛で作られた像のように。瑛子も状況をつかみかねている。
「どういうことなの……まさか黒現たち? ミスターヤギシマ、機動部隊の召集、を」
瑛子に報告したスタッフは、すでに鉛に変わっている。
その様子を水穂は見ていた。太陽雨も。
「気をつけて水穂。何か……とんでもなくヤバいよ」
「うん」
事態の異様さとは裏腹に、心がまるでざわめかない。
直感と視覚の乖離、それが何よりも、不気味だった。




