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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
外伝 第三章 滝の館と黒杖の僧
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外伝・第十一話




近づくにつれ、滝の非現実さと壮大さの境界が溶け合ってゆく。


その音だけでも神秘性を持っていた。推定4ヘクタールの面積に振り注ぐ滝。その中でへばりつく苔のように館が立ち尽くしている。


「すっごい音、これ中で会話できないよー」

「うん、ノイズキャンセリング装備とか持ってくれば良かったね……」

「大丈夫よ、これまでの報告によれば中に入れば音は減衰するの」


瓦屋根を備えた立派な正門があり、飛び石を5個ほど踏んで建物の玄関に至る。そして奇妙なことには飛び石の周辺だけは雨が降っていない。瑛子はかるく周囲を見てから敷地に踏み込む。


己の輪郭を見失うような轟音。直上からの雨がないとは言え、霧状の雨が全方位から飛んでくる。急ぎ足で玄関に行き、引き戸を空けて中へ。


とたんに、音が止む。

正確に言えばほとんど聞き取れないほど小さくなっている。隣の町に雨の気配があるような感覚。最後に入った水穂が引き戸を閉めると、きいんと耳鳴りがするほどの静寂となる。


「ほんとだ……雨が聞こえなくなった」

「うーん、でもめちゃくちゃ普通の……資料館だね」


そう太陽雨ティダ・アミがつぶやくのは、玄関ホールにいきなり解説パネルがあったためである。


古地図らしきものと地形図、そしていくつかの古文書が右側の壁に貼り出されている。左側には笠やミノ、農機具などが飾ってあった。


「根乃己の歴史って、ほんとに歴史なんだね」

「二人とも、自由に調べていいけどまだ離れないで、そろそろ案内人が来るはず」


内部はそれなりに明るい、端が黒くなった蛍光灯がちかちかと明滅している。通路には矢印などが設置され、順路が続いていると分かる。


ぎし、と板を鳴らして、通路の奥から現れるのは小柄な老人。

よれたワイシャツにカーキ色のズボンという出で立ちで、腰が曲がっていて頭はすっかり禿げ上がっている。かなり小柄であり、要素だけなら枯滝竜興にも似ているが、より人間味が削ぎ落とされた、無味乾燥という言葉が連想される。


「知りたいのですか、捨てたいのですか」


そのように言う。その目は開かれているがどこも見ていない。声も誰かに向けられたもののように思えなかった。ゲームのNPCのような、とは水穂が思い浮かべた比喩である。


瑛子が靴のままで中に入る。玄関に段差はなく、案内人も足袋の上に草履を履いている。


「根乃己の歴史を知りたいの、展示を見てもいいかしら」

「機会は一度きりです、後悔のなきよう」


そして去ってしまう。瑛子たち三人は足踏みをして靴の水気を落とし、内部へ。


「ねー水穂、あの管理人さんって人間なのかな?」

「うーん。まあ定義にもよるんだろうけど、ここ自体が異常存在だから、やっぱり異常存在の一部なのかな」

「あのおじいちゃん、まったく変なところがなかった。本当に普通の人間にしか見えないけど、でもタダモノじゃない感じはするんだよね」


瑛子は二人の会話をそれとなく聞いている。自分が割って入るより、水穂たち二人に自由に会話させたほうが有意に思えた。


(あの管理人が何者かはよく分かってないのよね。システムが作り出した仮想の人格とも言われてるけど)


REVOLVEの記録では、あの案内人が奇妙な能力を行使したり、来訪者に敵対的になったことは一度もない。そもそも通り一遍の事以外は何も話さない。質問に多少、答えてくれる程度である。


太陽雨ティダ・アミの言葉はまだ続いている。


「何というか……すっごく隠すのがうまい感じ。オンとオフを完全に切り替える大物俳優みたいな」

「そのたとえ難しいなあ」


次の部屋にはジオラマがある。大木がいくつもある山間の盆地。民家がいくつか並び、集落を形成している。水穂はパネルの解説文を読む。


「根乃己とは根を忌避するという意味……。大木の下に座るとき、根元は根が飛び出てごつごつしているので座りにくい。だから日の当たる場所に動くという動作のことで、転じて太陽の恵みを意味する。ふうん」

「こーゆーのって信用できないんだよねえ。江戸時代ぐらいの時点で「たぶんこういう語源じゃね?」って記録した人の意見が「正解」になっちゃう感じ」


それは否定しにくい。江戸時代あたりに編纂された地名の由来、ものの語源、習俗の起源、そんなものについて書かれた本には眉唾ものも多いのだ。


「あ、みてみて水穂、この石って異常存在だよ」


このあたりの展示品には鉱石が多い。ぼんやりと発光する石、尖った部分で直立してゆっくりと自転する石、電子回路のような模様がある石など。


「解説のパネルがあるね……。根乃己にはこのような不思議なものがよく見られた。人々はこのような不思議なものはいんよどみから生まれるものと考えた。持つものは気塞きふさぎとなった」

「気塞ぎかあ、飾ってる分には綺麗なんだけどねえ」

「ある時、根乃己の地を訪れた人物がいた。その人物はこの地にやしろを建てて、奇妙だったり呪われたりした器物を封印した。社をが照らし、雨に打たれる限り陰の気は漏れ出すことはないと説いた。その噂は近隣に広まり、やがて津々浦々から不思議な器物が集まるようになった。そういう流れみたい」

「そうよ」


瑛子が二人の背後に近づく。


「それが根乃己の縁起のはじまり。でも日本の歴史にほとんど名前を残していないの。時の権力者たちが歴史から抹消したのか、根乃己が自らを隠蔽したのか、それはよく分からない」


次の部屋はその人物についての展示だった。僧服を着ており、大勢の村人の中に座って説法をしている。


「その人物は僧侶であり、最初の抗異化因子存在レジストナーだったと推測されてる。その人物が初見滝神社と伝城資料館の原型を作ったの」


さらに奥の部屋へ。


このあたりには刀と鎧が並んでいる。うっすらと霜をまとうもの、握りと刀身が数センチ離れて浮遊しているもの、刀身にこの場所ではない、どこか遠くの旅篭町のような眺めが映っているものも。


「初見滝神社の濃い木陰は太陽の象徴。伝城資料館は言わずもがな雨の象徴。太陽にさらす、雨にさらす、それは言わば解毒なの。異常存在が一種のケガレだとすれば、太陽と雨でそれを洗い流すという思想」

「……すごいシステム。それREVOLVEができる前からあったんだよね? こんなもの作った人って一体……」

「二人とも、ちょっと待って」


と、太陽雨ティダ・アミが呼びかける。彼女は窓のほうを向いている。


「どうしたの」

橋が・・落とされた・・・・・。建物全体が警戒モードって感じになってる」


瑛子がはっと後方を見る。

入り口の方向、しかし何も感じない。窓からは敷地の建物が見えているが、今の段階では異常は見えない。


だが、建物の上に人影が。


「誰かいるわ!」


黒衣と、漆黒の杖。水穂も窓に張り付く。遠目では袈裟を着ているように見える。


「お坊さん……?」


杖を持ち上げ、手首をねじりながら振り下ろす。

瞬間。太陽雨ティダ・アミの腕がのび水穂の頭部を掴む。


その意図は即座にわかった。腕を通しても分かるほどの膨大な閃光。


光、音、振動が同時に叩き込まれる衝撃。もしこの建物の減音がなければ音だけで即死したかもしれない。


「落雷――」

「上等!」


灰色のワンピースが窓に突進。きりのように体をすぼめて一気にぶち破る。


「水穂は中にいて! 私が戦う!」

太陽雨ティダ・アミちゃん! 気をつけて!」

「案内人が敵対……? いえ、あの僧侶風の人物は外部からの干渉? この伝城資料館に侵入したっていうの」


姿は判然としない。分厚い雨の壁でかすんでいる。分かるのは黒い杖を持つことだけ。


「水穂、目を閉じてなさい。あの光量をまともに見たら危険よ」

「ううん、大丈夫」


髪から折り紙を引き抜き、手の中で小さく畳む。それを絆創膏のように目に張り付けると、黒いもやが目の周囲を漂う。


「それ何なの?」

うつ目隠しゃかく折り。黒現さんが使ってた遮光物質を折り紙にしたの。お母さんにも」


同じように貼り付けられる。瑛子の視界は一瞬暗くなり、瞳孔が開いてくる感覚とともにやがて正常に戻る。


「強すぎる光だけカットするの」

「こんなの開発してたのね」

「ううん、編み出したのは今だよ。閃光に対策する必要があるなら、黒現さんの遮光物質が使えると思ったから」

「……器用ね」


それだけ言うにとどめる。そして背中のザックからデジタル双眼鏡を抜き出す。


太陽雨ティダ・アミはおそらく超常存在シグナルレッド。あの僧侶が何者か分からないけど、彼女と戦えるほど高位の存在なのかしら……」


雨が勢いを増す。

それまでもまさに滝の豪雨であったのに、明らかに雨粒の速度が上がっている。雨の風景を8倍速にしたような眺め。


「すごい雨……」

「建物はびくともしてないわね。これは異常存在によくある不壊ふえ特性かしら。それとも何らかの異常性で雨に耐えてるのかしら」


すでに戦闘が始まっている。黒い杖が振られるたびに雷光がひらめき、太陽雨ティダ・アミは雷にまともに打たれながらも打撃を叩き込む。


雨が収束する。そうとしか思えない眺め。太陽雨ティダ・アミの周囲の雨が寄り集まって水の柱となり、その中に雷が落ちる。周囲の水が帯電して発光。


一瞬後には僧侶の側が回避している。雷の柱を突破してきた太陽雨ティダ・アミの拳が宙をきり、真っ赤に燃焼した手刀を黒杖が受け止める。触れた面からバーナーのような炎が上がり、僧侶は前蹴りで突き放すとともに後方へ。


「あれは……まさか黒現くろうつつ? あれほどの力を行使するなんて」

「そうなのかな……確かに網代笠に数珠を持ってる。雲水の格好だね。でも黒現さんは杖は持ってなかったよ」

「何らかの武器かも……彼らの技術力は私たちとは桁が違うし、理解も果てしなく遠い……」


その杖を振る。瞬間。天地を裂くオーロラのような閃光。数百の雷が一直線・・・に並んで・・・・落ちる。建物が二つに裂けるような瞬間。太陽雨ティダ・アミは屋根を爆散させるほどの蹴り込みで回避。


「このっ!」


両手を突き出す。そこから放たれるのは火球。炎のオレンジ色が瞬時に光球へと変わり、降り注ぐ雨が空気の膨張に押しのけられて球状の空白が生まれる。


黒杖が振られる。光球が真上に弾かれる。

空を燃やすようなオレンジの輝き。想像を絶するほどの熱量が上空で炸裂する。滝が止まり、雲が円形に吹き飛ばされる。


「どっちも凄い……」

「水穂、もう少し下がりなさい、あの攻撃がこちらに向いたら」


杖を。


黒杖で天をかき混ぜるような動き。空に再び黒雲が集まり、その中で雷が生まれている。


百か千か、それは持続性のある雷光。秒速150キロと言われる雷の初期放電速度、それが雲の中で廻転している。神々しき龍の群れのように。


「嘘でしょ……あれを叩きつける気!?」


瑛子が水穂の手を引き、建物の中央方向へと逃げる。


太陽雨ティダ・アミはどう対応するのか、回避か防御か、そして駆け引きなど一切なく攻撃が繰り出される。


すべての窓が光に染まる。光量をカットしていても肌を焼くような光。世界の終わりが降りてくるような感覚。


「お母さん! 建物が崩壊する!」

「水穂! 口を開いて目を閉じて!」


光の奔流。

すべてが同時に壊れるような感覚。建物も、自分たちも。


水穂は折り紙を手にしようとして、それは指の先から離れると同時に炭化して。


そして意識は、光の中に。











意識が浮上する。


がばりと身を起こす水穂、自分が陽光の中にいると意識する。


「……?」


周囲は山の眺め。生まれた時からずっと見続けた根乃己の山。


緑が濃い。神社の境内にも見えるが鳥居はない。手水舎もなければ社殿もないが、なぜか水穂にはここが初見滝神社だと思われた。風景で何となく現在位置を掴む感覚だろうか。


「ここって」


瑛子もすでに身を起こして警戒している。周囲にいるのは自分と母だけで、太陽雨ティダ・アミも黒杖の僧侶も見えない。


いや、土を突く音が。


杖をついた、菅笠すげがさ衲衣のうえの人物。杖は音と質感からして木製のようだが、全体が漆を塗ったように黒くなっている。その人物が近づいてくる。


「知りたいのか、捨てたいのか」


そのように言う。

その声で気づいた。伝城資料館の入り口で出会った管理人と同じ人物だ。


気付いたのは瑛子も同じだったのか、さっと水穂の前に出る。


「あなたが私たちを攻撃したの? それとも助けてくれたと理解していいのかしら? この場所は根乃己に似てるけど少し違う、いったいどこ?」

「知りたいご様子だな」


僧侶はどん・・と土を突く。

その音に瑛子はびくりと身をすくませる。


その反応は水穂にとって意外だった。どんな異常存在でも、この母を怖気づかせるのは並大抵のことではない。

僧侶は杖を突くだけで母の威勢を萎えさせた。途轍もない貫禄の差というべきか。城ほどもある大岩か、月に届く大木のような不思議な威圧感がある。


「拙僧について参られよ」


そしてきびすを返して離れていく。瑛子と水穂は視線を絡ませ、警戒しつつ後を追う。


(ここ……根乃己だよね)


はっきりと意識していなくても、身体が覚えている。その山の稜線、切り取られた空の形、風の流れを。


だが差異もある。田んぼはずっと少ないし、建物は茅葺きの小屋しかなく、窓には戸板が下ろしてあるだけでガラスもない。車も、自転車も。


真横を歩いていた瑛子がつぶやく。


「あれはメモリー干渉体ね」

「? 何それ」

「あの人物は現代語しか話していない。人格というよりイメージしか持ってない存在だからよ。だから私たちに分かる言葉しか話さない。私と水穂に聞こえている言葉は違うかもしれない。一部の流れの者がこのような会話を行うことがあるの。私たちは彼らの意思を言葉として聞いているけど、デジタル機器を用いても音声は記録されていない、テレパシーみたいなものね」

「そっか、ここって昔の根乃己みたいだけど、タイムスリップとかじゃないんだ」

「ねえ、あなた、質問したいの」


瑛子が言う。その声には若干の気後れが混ざっていた。前を歩く僧侶は足を止めない。


「今は何年なの? 時の権力者は徳川家なの? それとも藤原家? 北条家? この土地の名前は根乃己なの?」

「この土地に名はなく、時の流れとは隔絶されておる」


どん、と杖を突く。その動作は定期的に行われており、そのたびに周囲の空気がぎゅっと引き締まる感覚がある。

杖の音が良くないものを遠ざけている、そのように感じた。



「忘れられし場所、この世ならぬものすべての中枢、である」


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