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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
外伝 第三章 滝の館と黒杖の僧
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外伝・第九話



「水穂ー、個室のクリーニング終わったよー」

「ありがと、じゃあ私は、コーヒーメーカーのメンテするから、外の掃除お願い」

「おっけー」

「草苅さん、カウンターお願いします」

「はーい」


太陽雨ティダ・アミが現れてから2日目。彼女はカスタネットの手伝いをしていた。


秋めいてきた根乃己では昼間に出歩きやすくなり、カスタネットの来客も増え、カウンターと飲食担当は常に忙しかった。特にこの数日、枯滝瑛子が毎朝タツガシラへ出勤して夜中に帰ってくるためにバイトの仕事が増えている。


須走すばしり晴南はるな山極やまぎわ美雨みうのそれぞれの家族はREVOLVEが旅行を手配したとかで、まだ村に戻っていないようだ。


とはいえ永遠に帰ってこないわけでもない。それぞれの家族は太陽雨ティダ・アミという存在をどう受け止めるのか、草苅もさすがに気になってくる。


そして次に起こすべき行動のため、今はひたすらに村の地図と向き合っていた。


「やっぱり、無いわよね」


枯滝瑛子が告げた名前、伝城つたるぎ資料館。


それは地図のどこにも見当たらなかった。







「それで、伝城資料館ってどこにあるんですか?」


草苅の下宿先は役場の近くのアパートである。2階建てで4部屋しかない。彼女を送り届けると、瑛子は狭い駐車スペースで車を円運動させる。切り返しで出たくないというこだわりでもあるのか。


「それは自分で探しなさい」

「は?」

「正確に言うと伝城資料館とは位置が定まらない異常存在なの。遠野物語のマヨヒガって聞いたことある?」

「はあ、知ってますよ元オカルト記者ですから。山の中に迷い込んだら民家があって、茶わんを持ち出して大金持ちになる話ですよね」

「あなた原典読んだことある……? 全然違うけどまあそんな感じよ。山中に家があり、迷い込んだ人間はその家のものをなんでも一つ持ち出して良いことになってる」

「えっ、まさかあるんですか、マヨヒガが」

「違うわ、その逆よ」

「逆?」

伝城つたるぎの館は収蔵の館、その館に迷い込んだ者は何でも一つそこに置いてきて・・・・・良いことになってる。どんなものでも館は受け入れる」

「置いてくる……」

「そして重要なことが一つ。その館は生涯で一度しか行くことができない。一度でも館を訪れた者が同行していると、館はけして姿を現さない」

「へー、そんなのがあるんですね」

厭路エンロ哉座かなくらの鳥居、愁夜榎しゅうやえのき封宮存在シグナル・クラウザルカはいくつかあるけど、おもに封印の性質を備えたものよ。じゃあ頑張って」


がぼぼぼ、という怪物のような排気音とともに走り去る。


「生涯で一度だけ行ける館……」


そこには根乃己という土地の秘密があるという。


草苅は夜の底にしばしたたずむ。好奇心と同時に少しばかりの不安。


その不安の原因は、まだ言語化されない。





「山にあるんでしょ。とにかくあちこち飛び回ろうよ」


カスタネットの居間にて、太陽雨ティダ・アミは地図に頬杖をつきながら言う。


「夜中なら目立たないから、私の力でずばーっと高速移動、すぐ見つかるよ」

「うーん。それで見つかればいいけど、私と草苅さんも行かないとだし。一度しか行けない館だと、見つけちゃったらその場を離れるわけにいかないし」


水穂も地図を眺める。かなり縮尺の細かな地図である。カスタネットでは有料の観光案内も行っているため、このような地図が用意してある。


「見つかったら電話するよ。もう電磁波特区じゃないし」

「うん……でも多分、正しい行き方があるような気がする。山で迷う人って毎年いるけど、館に迷い込んだなんて話は聞かないし」


と、妙にいい匂いがしてきた。揚げ物と醤油の匂いだ。瑛子の帰宅が遅いため、夕飯は遅い。すでに午後8時を回っている。

現れるのは、トレイに丼を三つ乗せた草苅。


「さー二人とも、ごはんよー」

「うわ水穂、カツ丼だよカツ丼、しかもなんか大盛り」

「ふふん、私が学生時代によく作ってた特製カツ丼よ」


よく見ると卵でとじていない。醤油をまぶしたご飯に揚げたてのカツが乗っている。水穂は感心したように目を開く。


「あ、これってとじないカツ丼ってやつだね。草苅さん凄いね」

「とじないカツ丼? よく分かんないけどとじてないのは面倒だからよ。これはこうするの」


と、出してくるのは銀色のボウルである。中には黄緑色の液体が入っており、うっすらと湯気が上がっている。

それをおもむろにカツ丼にそそぐ。3人のものに均等に。


「これ何ですか……?」

「のりたまを砕いてお湯に溶かしたやつ」


そして紅生姜をひとつまみ。


「完成! どうよこれ、ピュリッツァー賞もびっくり」

「急に名前出されてびっくりしてますよピュリッツァーも」

「あ、ふつーにおいしい」


太陽雨ティダ・アミの率直な称賛。草苅は鼻を高くしつつ自分の丼を喰らう。


「ふふん、のりたま3に対してカツオのふりかけを1の割合で混ぜる、これが秘訣よ」

「そこまで凝るなら卵でとじてもいいのに」

「大学の頃って雪平鍋が一つしか無かったから、揚げ物やると鍋が埋まるのよね」

「ああ……そういう」


ジャンクと言うかお手軽というか、大学生でもなかなかやらないレベルの料理である。

母の漬けていた浅漬けもある。さっぱりと上品な味わい、皮肉にもジャンクなカツ丼とよく合った。


「よっし! じゃあひとっ飛び行ってくる!」


太陽雨ティダ・アミは3分で食べ終えていた。靴も履かずに縁側から飛び出していく。


かと思えば同じく3分で戻ってきた。なぜか青ざめていて畳に寝転ぶ。


「ちょっと……横になるね」

「どうしたの? 山に何かいた? 異常存在とか……」

「いや……ジャンプしたら……カツ丼が胃の中で動いて……気持ち悪くなって……」

「慣性の法則だね……」


カツは分厚く切ってあるので食べ応えがある。水穂も女子とはいえ育ち盛り、やがて綺麗に完食した。太陽雨ティダ・アミはお腹をさすりつつ、畳の上でごろごろと動く。


「でも山の上を跳んでみたけど、ざっと見た感じは地図と変わらなかったなあ」

「そうだね……やっぱり正しい行き方があるのかな」


水穂は草苅を見る。


「草苅さんはどう思う?」

「え、私? うーん。マヨヒガって山で迷った人がたどり着くんでしょ。でもやみくもに山に入ってもしょうがないわよね。登山道じゃない道を歩くのも大変だし」


話しながらも一度も丼を置いていない。浅漬けもかじりながら考える。そこで気付いたが、草苅の丼は水穂たちよりさらに大盛りになっている。


「きっと瑛子さん、私たちなら見つけられるって思ってるのよ。行き方を聞いたとき「自分で探しなさい」って言ってたもの。探せば見つかるやつなのよ」

「どうやって探そうか」

「うーん」


箸を持った手で湯呑みをつかみ、お茶で口の中のものを流し込む。水穂から見ると行儀が良くないが、そこは思考に集中しているのだと肯定的に見ることにした。


「そう……伝城資料館って根乃己の歴史を封印してある場所なのよね。じゃあその通りの手順でいいんじゃないかしら。根乃己の歴史を調べるの。その中で不思議なことが浮かび上がってくるかも」


ほう、と水穂は我知らず、熱い息を漏らす。


「草苅さん凄いね。それは思いつかなかった」

「4ピュリッツァーぐらいある?」

「もうなんか面白いこと言おうとしてるよね?」


そのあたりで、回復してきた太陽雨ティダ・アミが座卓に手をついて起き上がる。


「よーし、水穂、図書館で調べようよ。根乃己の歴史を辿ればなんか見つかるはず」

「うん、じゃあ草苅さんも」

「あ、私はパス」

「えっ」

「役場の図書館って前の勤め先でね……。そこの棚町さんに会いたくなくて……」

「……何やらかしたの、草苅さん」





ジャネーの法則とは、子供のほうが時間を長く感じるという事象である。少年期はあらゆることが濃密に過ぎゆく。


枯滝水穂と太陽雨ティダ・アミは、1日、24時間、1440分、86400秒の間にさまざまな経験を積む。


図書館で文献を読み、古地図を読み、村会新聞のバックナンバーを、役場の会報を、タツガシラ電波観測所の記録を読む。


役場では映画祭のことも知った。選定は晴南と美雨が懸念していた通りにフランス映画と時代劇が選ばれ、派手なアクション物はなかった。


「まあアニメが一つあるから良しとしよっか」

「そうだね。太陽雨ティダ・アミちゃんアニメ好きなの?」

「うん好き。セル重ねすぎて画面がくすんでるのとか、CGっぽいけど手描きとか、車種とエンジン音をきっちり合わせてくるとかそういうの好き」

「好きの部分が渋いなあ」


そして各地の石碑も巡る。役場の近くもあれば山の上もある。古いものは文字がかすれており、残されていた拓本と比較して読み解いていく。


「この石碑って安土桃山時代のだね、大きな土砂崩れがあったんだって」

「そうなんだ、水穂が図書館で見たやつかな、地震があったって話」

「どうだろう……ええと、露出した地面が石臼みたいな形で面白かったので、この場所を臼坂と名付ける」

「割と余裕ありそう」


太陽雨ティダ・アミの力と水穂の折り紙を使い、根乃己村を縦横無尽に飛び回る。


人にも聞く。村で最も高齢の女性。あるいはREVOLVEのOBでありアドバイザーの霧雨会の人々にも。彼らは枯滝竜興たつおきが姿を消していることを案じているようだった。


「タッちゃんに新作ゲームを見せたいんじゃがのう、VRのやつ」

「伝えておきます。そのうち帰ってきますよ」

「水穂ー、これ面白いよ、VRの解像度も高いし」

「すごい動きだけど、いま何してるの?」

「5刀流の剣士と戦いながら金庫開けてる」

「聞いても分からない」


祖父も訪ねる。山の上の和倉寺わくらじ。祖父は太陽雨ティダ・アミを見て何かを感じたようだったが、特に何も言わなかった。伝城資料館についても、自分から教えられることは無いとだけ言う。


「これ愁夜しゅうやえのきだよね、和倉寺を守る異常存在だっけ」

「うん、入るのに特別な手順があるの。そういう部分は伝城資料館と似てるかも」

「そういえば、コブラツイストって日本名はアバラ折りって言うらしいね」

「? そうなの?」

「それと、ボンバイエって「やっちまえ」って意味らしいね」

「猪木の話してる?」


昼には喫茶「ブラジル」でシュラスコのランチを食べる。役場の図書館だけではなく、小学校の図書室も、中学校のそれも、そして国会図書館も。


「ふわー、これが国会図書館のデジタルアーカイブかあ、本がいっぱいだねえ」

「ここってまだ非公開なんでしょ? いいの? コユビおじいちゃん?」

「ああ構わん構わん。なんでか知らんが国会図書館のアーカイブだけ直通のバックドアが用意されとった。きっとタッちゃんが作ったもんじゃろうな」

「水穂、バックドアって響きがえっちだと思わない?」

「そうだねえっちだよ」

「適当に返すのやめてよう」


そして1日が終わり、カスタネットへと帰る。


草苅は一人で店舗をきりもりしていた。その事に水穂は素直に驚く。


「え、一人でやってたの草苅さん? 大丈夫だった?」

「大丈夫よ。ドリンクは瑛子さんの作り置きがあるし、ランチも簡単なのにしたし、ほら今日のメニュー」


二人がおそるおそるメニューを見ると、サンドイッチプレートにオムライス、ペペロンチーノにお好み焼き、いずれもサラダ付きとある。


「ちゃんとしてる……」

「ジャンクじゃない……」

「何言ってんの二人とも、私だって自分が食えりゃいい料理とお客に出す料理の区別ぐらいつくわよ」

「あ、昨日のカツ丼って自分が食えりゃの方なの?」

「何言ってんの。昨日のカツ丼は特別ぜいたくな部類よ」

「さじ加減が分かんない……」


それはともかく、と草苅は腕を組む。


「二人とも、伝城資料館の場所わかったの?」


そして二人は。

ちらと視線を交わして、にやりと笑う。



「水穂が見つけたの、資料館の入り口は」

初見滝はつみだき神社にある」


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