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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
外伝 第二章 天竺夜蝶と雪縞の虎
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外伝・第六話


「ほら水穂、そこ計算違ってる」

「う、うん」


枯滝家は西側と東側で区切られており、西側が店舗、東側が居住スペースとなっている。とはいえ鍵付きの扉などはなく、従業員専用、と札の貼った縄のれんがあるだけだ。水穂と太陽雨ティダ・アミは宿題に取り組んでいる。


「お二人ともー、夕ご飯できたわよ」


と呼ぶのは草苅、細身の白ズボンはそのままに、ネイビーのシャツと黒地に金のブランドロゴつきエプロンという姿である。カスタネットではエプロンに指定はないが、草苅は複数のエプロンを使い分け、瑛子のいる時といない時で柄を分けている。なぜそんなことをしてるのか水穂は聞こうとも思わない。


太陽雨ティダ・アミが勢いよく立ち上がる。


「さっきからカレーの匂いでお腹すいちゃった。レトルトのやつ? それとも草苅さんが作ったの?」

「焼きそば祭りよ、ホットプレートでみんなで焼くの」


居間に行くと大きめのホットプレートが熱されており、ざく切りにされた野菜と大量の麺、それとカレーパウダーに醤油に中濃ソースなどが並んでいた。


「うわあ面白そう、水穂は何かける?」

「うーん……じゃあカレーにしようかな」

「あはは、私もお腹がカレーになっちゃってる」


大量の麺がまず山盛りにされ、ざく切りの野菜が散らされる。草苅は意外と手際よく麺をかき混ぜ、それぞれが自分の領土とするあたりに調味料をかけていく。水穂はカレーパウダー、太陽雨ティダ・アミはそれに加えてチリソースなども。

草苅はなぜかポン酢と大根おろしで食べていた。


太陽雨ティダ・アミちゃん、天竺夜蝶って何なの?」


インドの伝承だと言っていたが、草苅には覚えがない。元オカルト記者とはいえ特に博覧強記というわけでもないが、その名前については初耳であると確信できる。


「天竺夜蝶ってのはですね、伝承も含めて異常存在なんです。だからインドではREVOLVEの支部が書籍をぜんぶ焼いちゃったし、記録の閲覧にも制限があるの」

「インドにもREVOLVEあるの?」

「アメリカの作った組織だから、ざっくり言うと影響力があるのは米軍基地のある国。インド洋のディエゴガルシア島に米軍基地があって、その中に支部があるんだよ。インドとか周辺の国にエージェントを送り込んでるけど、天竺夜蝶についてはインド政府と協力してやったみたい。もう40年ぐらい前の話かな」


カレー焼きそばをもりもりと食べながら答える。脇にいる水穂は目だけで疑問を示す。なぜ彼女はそんなことを知っているのだろうと。


草苅はいつの間にかメモを手にしている。小指の腹で押さえながらがりがりと書き記すような手慣れた動作である。書きながら先を促す。


「ふむふむ、それで天竺夜蝶の伝承って?」

「これは愚か者のお話なのです。ある時、雪山のいただきで雄々しい虎と美しい蝶が出会いました」


虎は言った。蝶よ、めざわりだ、俺の前から消えないと食べてしまうぞ。


蝶は言った。虎さん。そのように威張り散らすものではありませんよ。あなたはとても強いからそのように吠えたてるのでしょうが、見ようによっては私のほうがずっと偉大なのです。


虎は言った。か弱い蝶であるお前が俺よりも偉大だと、なぜそんなふうに言える。


蝶は言った。それを知るためにはあなたもはねを持つといいでしょう。もしほんの一瞬だけ、あなたの強さを私に貸してくれるなら、あなたには空を飛ぶ力をお貸ししましょう。


こうして虎と蝶は「強さ」と「飛ぶ力」を交換しました。すると虎の背中に白く優雅な翼が生えてきました。虎は喜んで天に舞い上がろうとしました。

ところがその瞬間。蝶は牙の映えた・・・・・口を・・ぱっくりと開き、虎をひとのみにしてしまいました。すると、蝶にふたたび美しいはねが戻りました。


虎の強さと美しい翅を持つ蝶は、雪の頂を飛び立って、どこかへ消えてしまいました。


「めでたしめでたし」

「うーわめでたくない、虎が何したってのよ」


草苅が突っ込む。


「しょうがないよ、こういう話だもの」

「うーん、まあ寓話ってやつよね。弱肉強食と言うか油断大敵というか」

「この伝承から生まれたのが天竺夜蝶、平たく言うと虎の強さを持つ蝶。ひらひらんでるのに重量は数百キロ。人間をばりばりと噛み砕いちゃう驚異の獣ってわけ」

「へー、なんかすごいわね。いや実際に会ったらシャレにならないとは思うけど、話としては不思議で面白いかも」

「ところがこの話って続きがあってね」

「え?」


虎の強さを奪った蝶の話は、三十の国と三百の山に響き渡りました。


虎たちの王である雪縞ゆきしまとらはこの事にたいそう怒り、すべての蝶を食い殺すと決めました。


それから三千日の三千倍の時間が流れ、雪縞の虎は今もまだ、美しい翅の蝶を喰らい続けているのです。


「めでたしめでたし」

「これはちょっとめでたい」

「そうかなあ」


水穂がゆるやかに突っ込む。


「水穂ちゃん、これが勧善懲悪ってやつよ。というか私って昔話のトンチでツワモノをやり込めるって展開あんま好きじゃないのよ。長ぐつをはいた猫あるでしょ。人食い鬼をネズミに化けさせて食べちゃうやつ。あれ人食い鬼なんも悪くないじゃないの」

「人食い鬼だし……」

「はいはい、草苅さん聞いて。だから天竺夜蝶と雪縞の虎は二つで一つの異常存在。天竺夜蝶が現れてしばらく経つと、虎たちの王様である雪縞の虎が現れる。そして全部食べちゃう。カタツムリにされた人がマイマイカブリに食べられて終わるアレと同じ。この虎と蝶の戦いがかなり激しいらしくて、その前に蝶を駆除しようとするわけ」


すでに三人とも食べ終わり、水穂は食器を重ねている。枯滝家では時短のため大型の食洗機を導入しており、いつもそれに入れるだけだ。


太陽雨ティダ・アミちゃん、本当になんでそんなこと知ってるの? 私でもそこまで知らないよ」

「さあ? なんだか私っていろいろ知ってるみたい。まあいいじゃない便利で」

「それ機密だよ……REVOLVEが活動休止中でも、知ってることがバレるとどんな目に合うか」

「そんなことより月の出るまで時間あるでしょ、なんかゲームしようよ」

「ゲーム? じゃあ二階にPCあるから」

「ううん、トランプがいい、二人用の大富豪やろ」

「何それどうやるの?」


草苅は居間の隅で二人の様子を見守る。くつろぐというより、食べ過ぎで動くのが億劫だった。


まだ戸惑いはあるが、だんだんと太陽雨ティダ・アミを受け入れていると感じる。太陽雨ティダ・アミは晴南と美雨ほどではないが明るいし、はきはきと明確な言葉で話すので誰からも好感を持たれるタイプだろうか。


(そう……ニコイチというより、晴南ちゃんと美雨ちゃん、それに水穂ちゃんを足して三で割ったような感じよね……利発そうだし、活動的なんだけど、どこか落ち着いてる感じも)


違和感。


ふと、草苅記者は自分に訪れた感覚に戸惑う。


今、自分は違和感を覚えた。何に? 目はメモ帳に落とされている。読むとはなしに読んでいた。


記述を追う。天竺夜蝶についての寓話のような話。ありふれたようでもあり、荒唐無稽なようでもある。記録のすべてが焼かれ、人の頭にしか残っていない話。


この寓話には違和感がある。


読む。これは記者としての直感か、それともまだ残っているのかどうか不確かな龍の天運がそうさせるのか。


この記述。


これでは・・・・まるで・・・


ぱん、という畳の音に意識が向く。差し向かいになった水穂と太陽雨ティダ・アミがスピードに興じている。どちらも手の動きが尋常でなく速い。


それが終わると神経衰弱を、その後はジンラミー、二人で慌ただしくゲームを消化していく。小学生の人生の速度は自分よりずっと速いと感じる。

そんな様子を眺めるうちに、草苅はふと、違和感を見失っていることに気づく。


自分は何を連想しただろうか。それは手で包んだ雪のひと粒が、手を開くと消えている時のように淡い感覚だった。


やがてゲームも終わり、二人はまた問題集を進める。月の出までは時間があったため、草苅は店舗スペースの掃除をして、洗濯物を洗濯機に放り込んで、コーヒーなども淹れてみる。


そして21時、月はたかだかと昇っていた。


「水穂、そろそろ行こうよ」

「うん……」


水穂は長い髪を後ろでアップにし、紙で作られた髪留めで結い上げる。紙ではあるが結ぶと光沢が出てプラスチックのような質感になる。


三人で外へ。草苅記者は当たり前のように先導しているが、誰もそれについては言わない。


「ところで二人とも、天竺夜蝶ってどうやって探すの?」

「うーん、お母さんがどうやって探してるのか聞いてなくて……。根乃己の結界を発動させて出現場所を絞るとか、高精度のAIカメラで蝶を見つけるとか」


根乃己にはあらゆる場所に監視カメラがあり、それはタツガシラ電波観測所の基地に繋がっている。異常存在を見張るためのものではあるが、根乃己では事実上、プライベートはかなり侵害されている。


そのような話を受けて草苅が発言する。


「ねえ、ってことは私らってREVOLVEから丸見えなんじゃないの?」

「理屈ではそうなるけど、一般人まで全員見張ってるわけじゃないから大丈夫……じゃないかな」

「あっちじゃない?」


太陽雨ティダ・アミが示す。


「大師杉のほう、機械の音がするよ、パワーローダーかなんか出してる。天竺夜蝶は超常存在シグナルレッドじゃないから、装備の解放も「ひのえ」までだね」


言われて、確かに空気に振動音が混ざっていると感じる。よほど注意しないと気づかないほどかすかなものだが。


「あ、一台やられた」

「えっ」


言いつつ二人は駆け足になる。草苅記者も慌てて後を追った。二人はぐんぐんと速度を上げてその姿が点になる。


「けっこう数が多い。重火器出せばいいのに、あれじゃ死人が出るよ」

「お母さんが「かのえ」まで解放してくれればいいけど、でもそれでも間に合わない、私たちがやらないと」

「ちょっと二人とも! なんなのその小学生らしからぬ速度は!」


やがて至るは村外れにある杉の巨木。


月光に照らされて舞う、それは紫の蝶。

25センチはある大きな蝶がパワーローダーに触れる。その瞬間、鉄球がぶつかるような衝撃音。パワーローダーが弾かれ、フレームがゆがみ、鉄のきしむ音が空間に満ちる。


ばしゅ、という音がして別の機体がネットを射出。ワイヤーを編み込んだネットが蝶を包む瞬間。パワーローダーがぐいと引っ張られて数メートル上昇。蝶が回転するのに合わせて背負い投げのように吹き飛び、地面に大きくバウンドして火花を散らす。


そこでようやく草苅が追いつく。肺をひっくり返す感じで息をして、それでも目はパワーローダーが吹き飛ぶ様子を凝視する。


「すっご……マジで虎が暴れてるみたい」

「天竺夜蝶がやっかいなのは重量や体格が外見で分かんないことなんだよ。あれ1トンぐらいありそう」

「そんな大きな虎いないよ……」

「水穂は視野が狭い。世の中にはパルテノン神殿ぐらい大きな象もいるんだよ」

「それとこれとは……。というかそんな象もいないよ」


水穂は周囲を見る。大破したパワーローダーから何とか抜け出した者が一人、吹き飛ばされて体勢を立て直そうとしてる者が二人。


その三人だけで他に指揮官などは見えない。戦力を分散して索敵していたのか。


「折り紙で……」

「水穂、まず私にやらせてよ」


進み出る。パワーローダーの放つ光が真上に向いており、探照灯が敵の爆撃機を探すような眺めとなっている。


蝶は明確な意志を読み取りにくい、ふらふらと不安定に飛びながら、その中の数匹が、ひらりと少女へ向かい。


太陽サニー


手の中に光。指の間から漏れるのはレーザーのような光の線。重さすら感じるような光圧。


その瞬間、草苅は見た。地面にくっきりと刻みつけられる四足獣の影、それが崩壊するように砕けるさまを。


レイニー


びし、とムチで打ち据えるような音。目の端ではまだら柄の蝶が地面に落ちている。


音が連続し、すべての蝶が落ちるまで五秒もかからない。

そして沈黙。光も水音も消える。


数秒後、草苅が茫然としつつ問いかける。


「えっ……もしかして終わったの? 何やったの?」

「雨粒を落としただけ。蝶は多少の雨なら鱗粉の撥水性のおかげで飛べるけど、今の雨粒って直径五センチぐらいあったからね、人間ならイノシシぐらいの大きさ、ひとたまりもないよ」


蝶の数は20あまり、仮にこれがすべて虎だとすれば災害とすら呼べそうだが、今は見る影もない。


「天竺夜蝶は月の夜にしか出現しない、なぜかというと本来の姿と影に矛盾が出るからなんだよ。太陽で照らしてやれば存在が整合性を失って、より実相に近い蝶になっちゃうの」

「なんだか不思議ねえ、蝶はやっぱり蝶だったってこと?」

「というより太陽光の下だと異常性を発現しないってよくあるんだよ。幽霊が出てくる掛け軸とか、髪が伸びる日本人形とか太陽に晒すとだいたい不活化するし」


その後方で、水穂もまたあっけにとられていた。


異常存在として扱われる人間の話は聞いたことがある。いわゆる超能力者であったり、無自覚ながら特異性を持っていたりする。


今のは光と水、現象としてそこまで大きな力があったわけではない。それなのに天竺夜蝶を一掃してしまった。能力の相性の良さもあるだろうが、自分よりずっと実戦慣れしてるように思える。


「すごいね太陽雨ティダ・アミ。私ならこんなに簡単にいかなかった」

「またまた、水穂が本気出せばちょいちょいでしょ」

「ううん、そんなことないよ。異常存在と戦ったことなんてほとんどないし……」


「二人とも、あれ」


草苅の声が緊張を帯びている。二人は一瞬で気を引き締めて振り向く。


天にまで届くと錯覚するような、杉の木と月のコントラスト。そばにある古い祠。

その杉の影から、のっそりと出てくるのは白い虎。


おおきい。


目算では体長はざっと8メートル。爪から肩までの高さは3メートル近い。自然界ではあり得ないほど大型の虎。その手足はよじった鋼線のようであり、背中の隆起は波に洗われる大岩のよう。牙は下顎に届くほど長く、しゅうしゅうと息を漏らして獰猛な目を向ける。憤怒とも異なる野生の感情。捕食対象に向ける、何の駆け引きもない殺意。



「……雪縞の虎」


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てぃだ・あみはウチナーグチだと思ってたけどあまり関係はないのかな?
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