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カスタネットへようこそ  作者: MUMU
外伝 第二章 天竺夜蝶と雪縞の虎
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外伝・第五話



「瑛子さん、水穂ちゃんたち見ませんでした?」


カスタネットに現れるのは黄緑に染めたボリューミーな髪。下は細身の白いズボン。上は派手な柄のワイシャツをボタンを留めず、裾を縛って着るというスタイル。


根乃己ののどかな空気には合っていないが、独特のスタイルを確立していると言えなくもない人物、草苅くさかり真実まみである。


「映画祭の選定会議に行ったわよ。そんなことよりバイトの開始時間過ぎてるわよ、時給引くからね」

「映画祭? 根乃己にそんなのあるんですか?」

「あなた、役場でミニコミ誌作ってたんでしょ。行事一覧に載ってたはずよ」

「自分の担当以外はあんまり。でも選定会議って子供が行っていいのかな」

「いいのよ、でも今年から未成年は付き添いが必要なの」


カウンターにいた瑛子はのっそりと立ち上がり、エプロンを締めて厨房に行こうとする。


「だから黒現さんに頼んだのよ。晴南ちゃんと美雨ちゃんも一緒よ」

「ひょわっ!? 黒現さんてあのマジモンの宇宙人ですよね!? なんで落ち着いてんですか!?」

「別に流れの者フォーリナーなんか何度も会ってるし」

「いやいやいや! 取材させてくださいよ! ピューリッツァー賞間違いなしじゃないですか!」

「ほんとに取れそうだからダメ」


その時、瑛子の手が伸ばされる。

りり、と黒電話が鳴る瞬間には受話器を取っている。電話が鳴る直前に取るのは瑛子の習慣だが、理屈は彼女自身にも分かっていない。電話機が鳴り出す振動を感じているのか、それとも電話線を流れる電流を感じているのか定かではないが、昔からずっとこのタイミングで取れる。


「はいもしもし、ネットカフェカスタネットです。ご予約でしょうか」


言って、しばらくの沈黙。


草苅記者は奥の居住スペースでエプロンを身に着け、タイムカードを押してから出てくる。


枯滝瑛子はまだカウンターにいた。無言のまま受話器を耳にあてている。


「? 瑛子さん、誰から電話」

「ん」


瑛子がびしりとモップを示す。掃除しろという指示らしい。


「はいはい」


客はいないようだ。先ほどまで天気雨が降っていたからだろうか。昼過ぎからは常連客も来るだろう。


瑛子はずっとカウンターにいる。草苅はちらちらと何度か振り返るが、会話をするでもなく、相槌を打つわけでもない。


(確か……最も盗聴されにくいのって黒電話なのよね。REVOLVEがらみの連絡かな)


その時、駐車スペースのほうに人の気配。


「あれ、水穂ちゃん」


現れるのは枯滝水穂。それに雲水姿の僧侶、黒現。

そしてもう一人、腰までの金色の髪と、蚕の繭のように白いワンピース。透明にすら思える白い肌と、童話から抜け出してきたような美しさ。


「どうしたの、映画祭の選定会議って聞いてたけど……っと、そちらの方は?」


その質問には少女自身が答える。


太陽雨ティダ・アミだよ」

「ティダ・アミ? それどっかで聞いたことあるな……私のいた雑誌で沖縄特集やった時に」

「この子は晴南と美雨だよ」


水穂は言う。その声はまるで綱渡りをする人のようだった。何かしら精妙なバランスを崩すまいとするかのような、慎重な発音。


「二人は混ざって……一人になったみたい」





「ふむふむ、なるほど……」


草苅記者は水穂から話を聞き、それをメモ帳にまとめている。草苅記者は外の生まれなのでスマホを持っているのだが、メモはなるべく紙媒体につけるようにしている。


「まとめると、プラタナスさんの願いをかなえるために莫大な時間を過ごした、その結果としてなぜか須走さんと山極さん……晴南と美雨ちゃんね。二人が混ざってしまった……そういうことね」

「うん……」


その太陽雨ティダ・アミはソファに座って漫画を読んでいる。客として入店したのだが、なぜか瑛子の姿は見えない。そしてカウンターからは電話が消えている。瑛子が電話線ごと二階に持っていったのだ。


(……瑛子さん、さっきの電話まだやってんのかな? それともどこかに電話してる?)


そちらも気になるが、今は気になるものが豊富にある。


「あの黒現さん、できれば独占インタビューお願いしたいんですが」

「個別のインタビューはお断りしております。今日のことについては、水穂どのの話が全てです」


と、合掌の形を作ったまま言う。


「私は話に登場する映画館を回収したいと思っておりましたが、私が行動するより先に消えてしまいました。そのまま映画祭の選定会議というものに行っても宜しかったのですが、水穂どのは帰宅することを選択されました」


それを言うことが何かしらの義務と感じていたのか、一気にそれだけを言って目礼する。


「では拙僧はこれで」

「あっ、えと、ちょっと待って、そもそも何で今日来たんですか?」

星辰せいしんの予感がありました」

「せいしん?」


草苅記者の顔を、涼やかな黒瞳が見つめる。


「星の導きというものです。我々は、あなた方の言われる異常存在の発生を予測できる。精度はまるで安定しませんが、根乃己ではこれからしばらく、異常存在が活発になるかと思われます」

「まだ何か起きるの?」


とは水穂の発言。黒現は柔和な笑みを見せて言う。


「我々は異常存在を収拾はしますが、拒絶や受容、解決や先延ばし、研究や推測は行わない。そして基本的には異常存在の「所有権」は地球の皆様にあるのです。根乃己村であれば、正しく対処していけると思っております」


水穂は下唇を噛む。

その仕草を見て草苅記者にも察せられた。黒現はいま、我々を頼るなと言ったのだ。


「ちょっと黒現さん、ニコイチになった二人を元に戻せないの?」

「可能です」


え、と草苅は目を丸くする。しかし水穂は動かない。目を伏せたままだ。


「晴南どのと美雨どの、二人の三次元的データを原子レベルで復元することが可能です。太陽雨ティダ・アミと名乗っているお方は抹消しても良いし、我々のトークンとして回収しても良い」

「あ、そーゆー意味……」


元オカルト記者であるから、スワンプマンとかレプティリアンという言葉も知っている。特定の人物と瓜二つの人工的な人間。それが生身の人間と入れ替わる都市伝説。


しかし、新しく晴南と美雨を作って、それで解決とは行かないだろう。


「それは地球の皆様の倫理観にそぐわぬでしょう」

「あなたたちの倫理観でもそうでしょ」


草苅の言葉に黒現は、今までの彼には無かったほど明確に、口の端で笑う。


「また近いうちにお会いできますとも。我々は同志なのですから」


その姿が消える。

空気の揺らぎすら存在しない、一瞬の消滅。草苅記者はぽりぽりと頭を掻いてから口を開く。


「水穂ちゃん、大丈夫よ、何とかなるって」

「草苅さん。太陽雨ティダ・アミを二人に戻すことを前提で話すのはやめて」


水穂はゆっくりとした動きで草苅を見上げる。


「根乃己は変化を受け入れたの。地球もそう。これからどんな事が起きるか分からない。どんな変化があるかも。それをすべて「元に戻すこと」を前提で考えていると、きっと心が参ってしまう」


草苅記者は、そこで改めて水穂を見る。

人形のように美しい、線の細い少女。その目にあるのは知性と強い意志。そして神秘性。両親から色々なものを受け継いでいると感じる。


しかし、受け止めきれていないとも感じる。堂々とした発言は自信が揺らいでいることの裏返し。


(……晴南ちゃんと美雨ちゃんのこと、受け入れようと無理をしてるのね)


もし、二人が一つになってしまったことを自分のせいだと思ったら。

REVOLVEが失われ、世界が変革の繰り返しに突き進むことを後悔してしまったら、心が耐えられないと感じているのか。


後悔するべきではない、すべてを受け入れようと。

それでいながら、二人に元に戻ってほしいとも思っている。大いなる変化に怯えてもいる。


どちらとも態度を決めかねている。二律背反がずっとせめぎ合って、終わることがない。


「ねえ太陽雨ティダ・アミちゃん。あなたはどうなの。自分で元に戻れないの?」


そう声を投げる。漫画を読んでいた少女は首だけで振り向く。


「元に戻るとかないの。私は私、太陽雨ティダ・アミという一人の人間だよ」

「あなたの意識ってどうなってるの? 晴南ちゃんと美雨ちゃんの記憶とかあるでしょ? ご両親だって悲しむでしょ、もう娘に会えないわけだし」

「しょうがないよ。悲しむほうが悪いよ。ああでも、実家が二つあるのはお得かも知れないよね」

「……」


わずかに違和感がある。太陽雨ティダ・アミという少女の雰囲気に。


草苅記者は晴南と美雨を知っているが、二人はとにかく活発で明るい印象だった。草苅記者の言葉で言えば「ギャルっぽい」少女。二人とも頭の回転は早く、物事に動じないタイプだった。


太陽雨ティダ・アミもまた落ち着いており快活、頭の回転も速そうに見える。


だがそれだけではない。もっと他の、誰かに。


「水穂、太陽雨ティダ・アミのことならうちに泊めればいいわ」


現れるのは枯滝瑛子。エプロンを外してスキニーのジーンズ姿になっている。本棚に肩をもたげて斜に構えた視線を投げる。


「REVOLVEのスタッフに手配した。須走すばしり晴南はるなちゃんと山極やまぎわ美雨みうちゃんのご家族には旅行にでも行ってもらいましょう。二人はカスタネットでちょっとした夏合宿、学校はインフルエンザの蔓延で1週間の休校。ただし相応の宿題は出すわよ。学校指定のドリルあるでしょ、進めておきなさい」

「お母さん」


水穂は半身になって振り返り、母の顔を見る。母が感情を見せないのはいつもの事だが、今はより硬質な、冷たい鉄のようだ。職務という言葉が背後に見える。


「そんなことできるの……? REVOLVEは活動を止めてるのに」

「止めてるだけよ。スタッフは常駐してるし、監視カメラも地下の設備もメンテナンスされてる。休校もいつでも手配できるし、村民を旅行に行かせるぐらいは簡単よ。草苅さん、お仕事よ」


急に水を向けられ、草苅記者は疑問の顔になる。


「え、私ですか?」

天竺てんじく夜蝶やちょうが出たの。都市災害カラミティクラスの異常存在。夜にしか出ない異常だから、今夜、月の出る頃にREVOLVEの機動部隊が駆除にあたるわ。私はタツガシラに行くから、草苅さんは水穂と太陽雨ティダ・アミちゃんの面倒見ててくれる? お店は閉めてもいいわ」

「はあ、まあ、いいですけど」


そして瑛子は靴を履いて玄関から出ていき、駐車場にあったスポーツカーで走り去ってしまう。突風のようにあっという間の流れだった。


「水穂ちゃん、天竺夜蝶って何なの?」

「ネイチャーアノマリー。つまり動植物の異常存在です。前に出たことがあって……その時は機動部隊の何人かが犠牲になったとか……犠牲者も含めてREVOLVEでなかったことになったけど……」


はて、と草苅は疑問符を浮かべる。


「REVOLVEって異常存在を「なかったこと」にするんでしょ? それなのにまた出たの?」

「それは……」


「それはねえ、原因を潰してないからだよ」


すぐ近くに太陽雨ティダ・アミが来ている。白ワンピースを縁側の風になびかせて、口を大きく左右に開く笑い。


「原因?」

「天竺夜蝶には対になる雪縞ゆきしまとらがいるの。天竺夜蝶だけ潰してもダメなんだよねえ」


胸をそらして自信を示すような様子。水穂はぎゅっと拳を握る。


「あなた、どうしてそんな」

太陽雨ティダ・アミ

「……太陽雨ティダ・アミ、どうしてそんなこと知ってるの。天竺夜蝶は都市災害カラミティクラスの異常存在。そのデータはタツガシラにしかないはず」

「だってもともとインドにいた異常存在でしょ。根乃己ができてから引き寄せられるように移動したけど、伝承は残ってるもん」


草苅記者がわずかに首をそらす。


(そうか、この子)


「ねえそれより水穂、お母さんのこと心配じゃないの」

「心配、って」

「だって結構ヤバいやつだよ。もうREVOLVEないんだし、死んじゃったりしたら取り返しつかないよ。私たちも行こうよ」

「……い、行ってどうするの。REVOLVEの機動部隊の足手まといになるだけ」

「うそつきー」


ほっぺたを両手で引っ張る。水穂は涙目になって両手をばたつかせる。


、|ひらい(痛い)|ひらい(痛い)」

「知ってるもん。水穂の折り紙のこと。今の活動休止中のREVOLVEより水穂のほうが戦える。そうでしょー?」


「二人とも、ちょっと待ちなさい」


そこで草苅が止めに入る。


「天竺夜蝶ってのが出るにしろ出ないにしろ、月の出るころなんでしょ。まだ真っ昼間なんだから、子供は宿題やんなさい」

「宿題ー? うーん、めんどいけどしゃあないなあ。ほら水穂、一緒にやろ」

「う、うん……」


そして理解できた。太陽雨ティダ・アミと名乗る奇妙な子。


明朗で快活、知的であり神秘性を備えた少女。この世のものとも思えぬほど美しく、儚げな一瞬もあり、それでいて少女らしい笑顔を見せる女の子。


晴南と美雨のような一面は確かにある。


だが、最もよく似ているのは。




(この子、水穂ちゃんに似てるのね……)


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