37 襲撃 ―第一部完
俺は立ち上がりながら、剣の柄に手を触れる。
やばい、怖い。
指先が震えているし、今にも心臓が飛び出しそうだ。
山賊がいるとは聞いていた。でもそれはどこか遠い世界のように思っていた。
なのに今、目の前に武器を携えた男たちがいる。
冷たい風が吹くなか、俺の額に汗がにじむのがわかる。
山賊のひとりが、抜身の剣をぶら下げて下卑た笑みを浮かべて言った。
「なんだぁ? エルフがいるのかよ。こいつは高く売れるぜ」
高く売ってどうするんだよ。
アレクシアさんは俺の仲間だぞ。
そう思うのに怖くて言葉が出てこない。
そして、俺を守るかのように立つ、ヒースさんとアレクシアさん。
その様子を見て、男たちはニヤニヤと笑った。
「こっちは六人。そっちは三人だってのに、やろうってのか?」
「諦めてその女と金目のモンおいていけ」
言いながら男たちは距離を詰めてくる。
そうか、人数差があるから余裕、って思ってるんだろうな。
でもこの人たち隙だらけだ。
ヒースさんや王国の兵士に比べたらたぶんずっと弱い。
だから大丈夫。
そう言い聞かせて俺は、剣を抜いた。
そのあと、何があったのかはよくわからない。
荷物を下ろして剣を抜いたヒースさんが瞬時にひとり、倒したのは覚えている。
『風の刃!』
って、アレクシアさんが魔法を使ってひとり倒した。
じゃあ俺は?
剣を構えたものの、俺はろくに動けなくっていつの間にか現れた七人目の山賊に、背後から襲われた。
「うわぁ!」
近づいてくる足音に気がついた俺はとっさに振り返って、剣を構えて攻撃を受ける。
カキン! と響く金属音。やばい、じんって手が震えて痛い。
俺に攻撃をしてきた男は、馬鹿にしたような声で言った。
「あぁ? お前震えてるじゃねえか。さっさと金おいていけよ!」
その声に胃の奥底がひえるような感覚を覚える。
嫌だ。逃げたくない。逃げられない。
俺だって戦うんだから。
アレクシアさんに、ヒースさんに守られてばかりなんて嫌だ。
俺は大きく息を吸って腹から声を出した。
「うおぉ!」
そのあとどうなったんだろう。
いつの間にか俺を襲ってきた男は地面に倒れていて、剣を手にしたヒースさんが目の前に立っていた。
地面にひろがっていく赤い血に気が付いて、俺は短く悲鳴を上げる。
「ひっ……」
これってつまり、死んでるって事、だよな。
剣を振れば人が死ぬ。
そんなことわかっていたのに。
いざ目の前で起こると恐怖でどうしたらいいのかわからなくなる。
俺の剣は綺麗だ。
でもヒースさんが持っている剣は……?
俺はゆっくりと視線を動かして、ヒースさんが手に提げている剣を見た。
血が、刀身からしたたり地面に落ちていく。
彼はこちらを振り返り、何事もなかったような顔をして静かに言った。
「大丈夫か」
その声に現実へと引き戻され、俺は頷き下を向く。
「はい、大丈夫です」
「そうか」
「足止め喰らっちゃったわねー、雨降りだす前につけるかしら?」
なんていう、アレクシアさんの暢気な声が聞こえてくる。
ふたりは慣れているんだな、こんな場面に。
俺はひとり、現実に打ちのめされていた。
「すみません俺……何もできなかった」
絞り出すような声で言ったら、視界が歪みだす。
あれ、俺、泣いてる?
俺は片手に剣を握りしめたまま、あいている手で涙を拭う。
泣いていると思うとさらに涙が溢れてきて止まらなくなる。
あんなにがんばったのに俺、全然自分のこと、守れなかった。
結局、アレクシアさんたちに守ってもらった。
そのことがすっげー情けない。
「何を、泣いているんだ?」
不審そうな、ヒースさんの声。
「そうよ。ユーキは自分で最初の攻撃、止めたんでしょ? しかも後ろから襲われたのによ?」
たしかにそうだけど。
でも俺、最初の一撃を受けただけでそのあと何にもできなかった。
それが悔しくて仕方ないんだ。
泣きながら何も言えなくなってしまった俺に、ヒースさんが静かに言った。
「訳が分からないが、お前は自分の身を守っただろう。背後から攻撃されたのに怪我もしなかった。それは事実だろう」
「う……あ……そ、そう、だけど……」
「誰だって最初は怖いものよ。ユーキは戦ったこと、ないわけでしょ? それなのに自分で剣を握って、ちゃんと自分の身、守れたじゃないの」
そんな慰めようとしなくていいのに。
そんな、気を使わなくていいのに。
俺は涙を拭ってゆっくりと顔を上げる。
霞んだ視界にうつるアレクシアさんは優しい顔で俺を見ているし、ヒースさんは相変わらず冷めた顔をしている。
怒ってない、のかな。呆れていないのかな。
自分の身は自分で守りたいって言って、剣の修行してきて。でも実戦では役に立たなかったのに。
俺は涙目でふたりを見る。
「大丈夫よ、ユーキ。貴方はちゃんと、自分の身を守れたじゃないの。貴方が望む結果ではなかったかもしれないけど、最初の一撃を止められたでしょ」
そう言われて俺は自分が持つ剣へと視線を落とす。
剣と剣がぶつかった時の衝撃は、今も手に残ってる。
これが、戦うって事なんだ。
本物の剣と剣。
命の取り合いってことなんだ。
俺の身体、まだ震えている。
俺は大きく息を吸って剣を握りしめた。
「うん」
頷いて俺は、顔を上げる。
絶対今、俺は情けない顔してる。
でも、ちゃんと言わないと。
「アレクシアさん」
「何?」
「ヒースさん」
「あぁ」
俺はそれぞれの顔を見たあと、深く頭を下げて腹から声を出す。
「ありがとうございます。きっとこれからも迷惑かけちゃと思うけど、俺、もっと強くなるから」
そして顔を上げると、アレクシアさんは深く頷き笑顔で言った。
「そうね。楽しみにしているわ」
「まずは僕から一本とれるようになってからだな」
ヒースさんはそう告げて、剣を拭い鞘にしまう。
ヒースさんに一度でもいいから勝つ。それってすっげー目標かも。
俺は剣をしまって、ヒースさんの目の前まで走っていく。
そして彼の顔を真剣に見つめて言った。
「はい! だからまた、稽古してください。お願いします」
そして深々と頭を下げる。
俺は強くなって自分の身を守れるようになりたいから。
しばらく沈黙した後、ヒースさんは小さく答える。
「あぁ。とにかく、先を急ぐぞ」
そしてヒースさんは俺に背を向けて荷物を回収する。
アレクシアさんも荷物を持ち、道の向こうへと目を向けた。
「そうねぇ。次の町に急いで、この山賊たちの事、つたえないとね」
「あの、死体ってこのままでいいんですか?」
「当たり前でしょ?」
いいんだこのままで。
ちょっと驚いて俺は辺りを見回す。
ぴくり、とも動かない七つの死体。
どうしようもないことはわかっているし、俺たちを襲ってきたんだから仕方ない、ともわかっているけれども。
なんか複雑だった。
俺は首を横に振り、ふたりの後を追う。
考えても仕方ない。
今は前を向いて歩かないと。
『お前マジで変わってるよな。自分で強くなりたいとかさ』
クロがそんな軽口をたたく。
「当たり前だろ。自分の身は自分で守りたいからさ」
『あぁ、マジお前はかわってて、そういうところがお前らしいや』
そう、笑い交じりの声で言うクロ。
「だからお前も俺を守ってくれよ。御守りに嫉妬してるんだからそれくらいしてくれてもいいだろ」
『えー? でも勝手に魔法使うと怒るじゃん』
「だから勝手に使わなければいいだろ」
『そうだけどさぁ』
不満げに青く光るクロ。
俺はクロと言いあいながら山道を行く。
その空にはどんよりとした黒い雲が広がろうとしていた。
第一部終わり
第2部へと続きますがコンテストにだしてるので一旦完結です
連載再開はコンテストの結果次第なので来年になるかと思います…
お読みくださりありがとうございます




