36 峠越え
王都を出て二週間が過ぎた。
王都からだいぶ離れたけど、ブランシュ様との通信は問題なくできていて、正直心強かった。
『旅は順調?』
「はい、順調です。すごいですね、これ。もうだいぶ離れているのに声、綺麗に聞こえるし」
『そうね。何かあればすぐに知らせて頂戴ね』
なんて言われた。
西と東を分断する山脈越えを目指す俺たちは、複数ルートがある中から俺たちは一番距離が離れているルートを通ることにした。
その山脈まではまだまだ先がある。
途中で馬車も使ったけれど、山脈はまだ遠くて大陸の大きさを思い知る。
俺は顔を上げ、遠くに見える山の連なりを見つめる。
山頂辺りはうっすらと白くなっている。きっと雪、降ったんだろうな。
どれくらいの高さの山なのかは俺にはよくわからない。
富士山よりも低いといいけど。
あの山脈に行く前にいくつかの山を越える必要もあるから、すっげー遠くに感じる。
そして今、俺たちはその山のひとつを越えようとしていた。
山道を歩きながら、アレクシアさんがこの先の事を教えてくれる。
「この峠を越えると、アクヴァっていう国があるのよね」
「アクヴァ……アクアマリンが採れるって書いてあったような?」
この旅の中で俺は時間があると石に関する本を読むようにしていた。
おかげでどの国でどんな石が採れるのか、すっげー詳しくなったと思う。
俺の言葉に、アレクシアさんはぱっと表情を明るくして頷いた。
「そうそう! アクヴァはアクアマリンが有名なのよ。それに大きな劇場もあるみたいだから楽しみなのよね」
そう、すっごい笑顔で語る。
アレクシアさんはゲルマーニャ王国で見た劇がすごく良かったとかで、そこから演劇や歌劇にハマったらしい。
特に男性俳優の顔が良かったとかで、劇のチラシを見せられながら色々話しを聞かされたっけ。
「この劇の俳優さん、めちゃくちゃかっこよかったのー!」
って。
チラシの絵からして、確かにかっこよさそうな俳優さんだったけど。
この旅の中でもアレクシアさんは劇場があれば大小構わず足を運んでいた。
俺はテンション高いアレクシアさんに頷いて答えた。
「旅先に楽しみがあるといいですよねー。俺も観光地図溜まったし、石スタンプも増えてすっげー嬉しいもん」
この旅の間に、観光地図も石スタンプも二桁になった。
まだまだ先が長いけれど、旅の記録が増えていくのがすっごく嬉しい。
するとアレクシアさんは、納得したように頷く。
「うんうん、わかる! 私も楽しいもの」
そう、満面の笑みを浮かべて言うアレクシアさんを見てちょっとほっとする。
俺、アレクシアさんを巻き込んでしまった。
そんな後ろめたさがずっとある。
でもアレクシアさんは楽しいって言ってくれる。
追われているのに。スターダスト協会から逃げなくちゃいけないのに。
無駄な時間、過ごさせていないかなって思ってしまう。
俺は胸に手を当て、アレクシアさんに小さく頭を下げる。
「ありがとう、アレクシアさん。俺に付き合ってくれて」
「何言ってるのよ。私は私の意思でユーキと一緒にいるの。私の時間はたくさんある。だから大丈夫よ」
そう微笑むアレクシアさん。
そうか、アレクシアさんはエルフ。
俺なんかよりもずっと長い時間を生きているし、この先もずっと長い時を生きるんだよな。だから時間に対する感覚も俺とは全然違うのかも。
俺はふっと笑い、
「アレクシアさんに出会えてよかった」
と、心の奥底からの言葉を伝える。
すると彼女は目を丸くした後、恥ずかしげに頷き、
「私も。ユーキと出会えてよかったわ! こんな楽しい時間をくれたんだもの」
と言ってくれた。
まじでアレクシアさん、いい人だなぁ。
だから俺、アレクシアさんに迷惑をかけないように強くならないと。
まだ戦うような機会はないけれど、もしこの剣を抜くようなことがあったら俺、自分の身は自分で守るんだ。
そう思って俺は剣の柄を握りしめた。
山道を歩いてどれくらい経っただろう。
人の通りのないなか、アレクシアさんがふと足を止めて空を見上げて言った。
「雨、降りそう」
「え? まじですか」
言いながら俺は空を見上げるけれど、どこまでも青空が続くだけだ。
なんで雨降るってわかるんだろう。
不思議に思っているとヒースさんの声が聞こえてきた。
「エルフは風の動きや水の動きがわかると聞いたことがあるが」
「その通りよ。吹く風から雨の匂いがするの。そうね……まだしばらくは大丈夫だと思うけれどちょっと急いだ方がいいかも」
「まじっすか」
急ぐって言っても、次の村までまだ少しあるんだよな……
体力がついたとはいえ、長距離を歩くのってまだ慣れていない。
まあまあ足が痛い俺に比べて、アレクシアさんとヒースさん、涼しい顔、してる。そのことにちょっとショックを受ける。
その時だった。
ヒースさんがすっと目を細めてたっと走り、俺をかばうように前に立つ。
「え?」
「……伏せろ」
という言葉と共に、ヒースさんが俺の頭を掴み思い切り地面に押し付けた。
『風よ!』
伏せると同時に響く、アレクシアさんが魔法を使う声。
何がなんだかわからない俺の耳に、アレクシアさんの警戒した声が響いた。
「山賊」
山賊?
マジでいるのかよ、山賊って。
俺の頭を地面に押さえつけた手が外されて、俺はゆっくりと顔を上げる。
前方数十メートル先。
六人くらいの男たちがこちらを見つめて嫌な笑みを浮かべていた。
その中に弓を構えているやつがいる。
そうか、矢で攻撃されたのか。
そのことに気が付いて、俺の背中に嫌な汗が流れていくのを感じた。




