35 旅立ちへ
新しい鎧に、新しい剣を携えて。
鏡に映る自分を見ると、この世界にやって来たときと比べてすっげー顔つきとか変わった気がする。
腕を撫でると筋肉がついているのがわかる。
体重計がないからわかんないけど、たぶん体重もけっこう増えているだろうな。
なんか生まれ変わった気がする。転生したわけじゃなくってたぶん転移してきたんだろうけれど。
その理由は未だにわからない。
疲れた顔で電車に乗って、残業して帰って。休みの日は寝ているだけで。そんな生活の繰り返しだったあの頃。
数か月前の事なのに、ものすごく前のことに感じる。
あの頃に戻りたいかって言われたら、答えはノーだ。
追いかけられて、呪いの石に憑りつかれているけれど今の方がずっといい。
そう思って俺はクロへと目を向ける。
「喋るし、可愛らしいところはあるもんな、クロって」
『あ? なんだよお前。俺が可愛いのは常識だろ!』
石なのに可愛いって何だろう。
そう思いながら、淡い赤で光るクロをそっと撫でる。
「これからもよろしくな、クロ」
そう声をかけると、赤みをおびたピンク色に光り出す。
『な、なんだよ改まって』
そして少し間を置いた後、クロは小さく言った。
『死ぬなよ、お前』
その言葉に、ちょっと驚く。
シュルゲンが言っていた通りなら、こいつが願い事を叶える代償は俺の命だ。
そして俺が死なない限りこいつは俺から離れられない。
なのに。
俺はにやっと笑って、
「まじで言ってんの、それ」
と尋ねる。
すると、クロは赤くなりながら恥ずかしげに言った。
『ほ、本気で言うわけないだろ、そんなの! ただほら、お前と一緒だと色んな場所に行けるし。お前なんか変わってるしおもしろいしそれに』
そう、早口で言った後、クロは黙り込む。
面白いやつだな、クロ。
『とりあえず! 俺はお前に付き合ってやるんだからな! 東の国に行くんだろ? 俺あんまりあっちいったことねえから楽しみなんだよ!』
そう、照れたように言う。
クロって長生きしてそうだけど、知らないこととかあるんかな。
「お前って何歳なの?」
そう尋ねると、クロは青っぽく光り出す。
『なん……さい? え、年齢? そんなの考えたことねえし……え、俺何歳なんだろ……一番古い記憶はえーと……』
クロが悩み始めてしまう。
石に年齢の概念聞いたの、間違えだったかな。
どうも俺、クロを人間扱いしてしまう。
喋れるからだろうな。
こいつがただの石だったらこんな感情、抱かねえだろうし。
その時、俺の部屋の扉を叩く音が響く。
俺は鏡の前を離れて扉の方へと向かう。
「はい」
返事をして俺は扉を開ける。
そこにいたのは旅の仲間たち。
アレクシアさんと、ヒースさん。
ふたりとも旅の準備は万全らしく、鎧や武器、それにバックパックを背負っている。
アレクシアさんは俺を見て、ニコッと笑う。
「ユーキ、そろそろ行きましょうか」
「そうですね。行きましょう」
俺は力強く言って頷いた。
荷物を詰めたリュックサックにウェストポーチ。それにここに来たときから持っているショルダーバッグ。
日中、王宮に出入りする人たちに紛れて、俺たちは外に出た。
肌寒くなってきたから、皆コートとかマントを羽織ったり、フードや帽子の人も多い。
だから俺たちがフードを被って歩いていても大して目立たないだろう、と言ったのはヒースさんだった。
そのおかげか、王都を出ても誰かにつけられるとかなかった。らしい。
俺には人の気配とかわかんないけど、ヒースさんやアレクシアさんはわかるようで。
王都を出て街道を歩いているときに、おもむろにヒースさんが言った。
「今のところ、怪しいやつはいないな」
そんな言葉を聞いて、俺は思わず辺りを見回す。
「え? あ、え?」
するとアレクシアさんが俺の腕を掴んで声を潜めて言った。
「ちょっとユーキ、そんなあからさまなことしないの」
そう警告されて俺は慌てて顔を正面に向ける。
なんか恥ずかしくって、耳が熱くなってきてしまう。
いきなり辺りを見回して、なんてしたら目立つもんな。
「ユーキ、しばらく歩いたらその石を使ってみる様にとブランシュ様がおっしゃっていたが」
「石?」
ヒースさんの言葉にアレクシアさんが不思議そうな声を出す。
俺は、隣をあるくアレクシアさんにブランシュ様から貰った石を見せて説明をした。
「これ、離れたところでもブランシュ様と会話ができるそうなんです。キーワードを唱えれば使えるって言ってて。ただどれくらい離れてまで使えるのかはわかんないんですけど」
するとアレクシアさんは、その通信の石をじーっと見つめた。
「たしかに魔力を感じるわね。そんな石があるなんて、世界は広いのねぇ」
と、感心した様な声を出す。
そして俺の顔を見て、ニコニコっと笑って言った。
「ねえねえ使ってみせて!」
「え? あ、えーと、もう少し行ったらがいいかな……」
戸惑いながら答えて、俺は辺りを見回す。
王都を出て三十分位だろうか。
まだ人通りが多いし、石に向かって話しかけていたら目立つと思う。
そんな俺の言葉にはっとしたのか、アレクシアさんは申し訳なさそうな顔になって、
「それはそうね」
と言って、肩をすくめた。




