34 旅立ちの前に
季節としてはたぶん冬の入り口位、だろうか。
この辺りはそんなに気温は下がらないみたいだけど、まあまあな寒さだった。
ゲルマーニャ王国の方で船の手配をしてもらう話もあったけれど、スターダスト協会の関係者を船員から完全に排除するのは難しいし、海の上で襲われたら俺の逃げ場がない。
俺たちが簡単に宿の人を買収できたように、船員がスターダスト協会に買収されないとも限らない。
だからまだ逃げ場がある陸の道を行くことにした。
どのルートで行くかは決めていない。
どこから情報が漏れるかわからないし、それは俺たちだけで決めよう、ってなっていた。
そして迎えた旅立ちの前日。
俺はブランシュ様に呼ばれて彼女の書斎を訪れていた。
両サイドの壁一面が本棚になっていて本がたくさん詰まっている。
大きな書斎テーブルの向こう側に腰かけたブランシュ様は俺を見ると立ち上がって、引き出しから何かを取り出す。
「ユーキさん、貴方に渡しておきたいものがあって」
「はい、あの、なんでしょうか」
ちょっと緊張しながら俺はブランシュ様の前に立つ。
彼女はテーブルの向こうからこちらに来て、手にもつ物を差し出して言った。
「これを持っていて」
それは大きな水色の石がついたネックレスだった。
「これは……?」
言いながら俺はその石を受け取る。
この石……
うっすらとこの石の能力が頭に浮かぶ。
「えーとこれ、なんか魔法の石、ですよね。えーと……遠くの人と話ができる、みたいな?」
言いながら俺は首を傾げた。
たぶんそういう能力の石だと思う。
自信なくブランシュ様の顔を見ると、ニコッと笑って頷いた。
「そう、その通り。対になる石は私が持っている。この石を通じて話ができるの。山を越えた先まで通じるかはわからないけれど、何かあればこれで話ができるわ」
すげえ、携帯電話みたいなやつか。
俺は頭を下げて言った。
「ありがとうございます」
「これを使うのに、何か言葉が必要なんだけど。何がいいかしら?」
言葉ってつまり呪文、ってことだよな。
簡単に発動したら困るし、あんまり使わない言葉。
電話っていったらやっぱりあれしかない。
「もしもし……がいいかなと思います」
そう俺が言うと、ブランシュさんはくすり、と笑う。
「面白い言葉ね。じゃあそれにしましょう」
キーワードも決まり、俺はネックレスを首にかける。
『また浮気かよ……』
なんていうクロの戯言が聞こえるけど、無視だむし。
「私の手から盗まれた石が彼らの手にあるとわかれば、スターダスト協会……シュルゲンを告発できる。その為に私たち『シュバイツ』は貴方たちを全力で支援するわ」
「わかりました。俺としても追われるのは嫌だから、何とか見つけ出して証拠掴みます」
俺の腹から出た声は、思った以上に自信に溢れているように感じた。
とり返せるかって言われたら自信、無いんだけど。
でも、隠してあるであろう場所はわかっているわけだし。
ただ逃げるよりもずっといい。
「でもなんで東方の国にそのスターダストの倉庫があるんですか?」
「その倉庫自体はシュルゲンの所有のようなの。あちら側なら私たち、西の国の目が届きにくいからでしょうね。大きな山脈があるから、東と西では国交があまりないの。海沿いの国同士は多少あるんだけれどね」
なるほどそういうことか。
こっちの国で悪いことをして石を集め、国交がない東側の国に隠す。
たち悪いな、それ。
それじゃあ向こうの国で調査もできねえよな。主権ってあるし。勝手に他国の人が捜査はまずいんだろう。
「そうなんですね。この大陸、すっげーでかいんですか?」
「そうね。大きい、かな。私も全体を知っているわけではないけれど。昔歩いて大陸の外側を周った人がいたらしいけれど数年かかったらしいわよ」
うーん、規模がデカすぎて大きさ、想像できない。
とりあえずでっかい、っていう事だけはわかった。
俺はまっすぐにブランシュ様を見つめて微笑む。
「明日の朝、旅立ちます。色々お世話になりました」
「えぇ。あと貴方のために用意したものがあるの」
「え、まだ何かあるんですか?」
驚く俺に、ブランシュ様は頷いて部屋の棚の方へと向かう。
そこに置かれた大きなトランク。
それをこちらに持って来て、テーブルの上に置いて中を開けた。
「これ……」
中に入っていたのは真新しい革鎧だった。俺が使っているやつなんかよりも高いやつだ。それにたぶん魔法がかかっている。
「新しい革鎧。魔法がかかっているからそう簡単には傷つかないわよ。それと剣も用意したわ」
そう言いながら差し出されたのは剣がおわめられた鞘だった。
これも魔力を感じるし、価値が高そうだ。
「これ……鋼……?」
「そのとおり。玉鋼とよばれる金属なの。軽くて扱いやすいし、簡単には折れないわ」
玉鋼って聞いたことあるような?
とりあえずなんかすごいものだっていうのはわかる。
だってすっごく光って見えるから。正直ちょっと眩しい。
俺は目を閉じて、目に意識を向けてゆっくりと目を開ける。こうすることで俺の目、ちょっとコントロールできるんだ。
そうじゃないと眩しくて仕方ない。
能力を使いたいときだけ使えればいいんだけど、いきなり目の前に出されるとダメなんだよな。
「何から何までありがとうございます」
「ヒースの訓練、頑張ったでしょう。だいぶ上達したと聞いているわ」
「あはは……でも俺、全然ヒースさんには勝てなくって」
言いながら俺は頭に手をやる。
あの人には俺、絶対に勝てないと思う。
でも、普通の兵士なら五分五分で戦えるようになったけましかな。
あとは実戦で使えるかどうか、だけど。
そんな俺にブランシュ様は優しく笑い、口元に手を当てる。
「あれに勝つのは難しいでしょうね。だから貴方がたと一緒に行かせるんだけれど」
そうなんだ。
ヒースさんも俺たちと一緒に旅することになっている。
だから戦力は問題ないんだろうけれど、でも狙われている俺が守られてばかりってわけにはいかないもんな。
俺だって、戦いたい。
そう思って俺は剣を受け取り、その柄を握りしめる。
すげえ、金属の重みを感じる。
何回か金属の剣を使った訓練はやったけど、この重み、なれないんだよな。
「ヒースさんやアレクシアさんばっかり頼るわけにはいかないから。自分の身は自分で守りたいし」
「そうね。貴方はとても努力家ね」
そう言われるとなんか恥ずかしくって、俺は変な笑顔をしてしまう。
俺は剣と革鎧を見る。
どんな旅になるのかわからないけれど、これで俺も戦う。
みてろよ、シュルゲン。
俺はお前に負けないんだから。
そう心に強く誓って、ぎゅっと剣を持つ手に力を込めた。




