30 引き受ける
俺は大きく息をのんでブランシュさんに尋ねた。
「その石、どうしてそこまでして取り返したいんですか……?」
「あの石は人の欲望を喰らい、願いを叶えると言われています。その欲望を喰われた人間は化物となり、人を襲う、という伝承があるのです」
「てことは……」
「えぇ。シュルゲンは石に取り憑かれています。珍しい石をどんな手を使ってでも手に入れようとする男。実際に私は彼に石を盗まれました。とはいえ証拠はないし、私も一国の王妃。おいそれと他国に拠点を置く民間組織に手出しすることができないのです」
なるほどな。
確かに証拠がないのに捕まえることなんてできねえもんな。しかも国境越えるとなると、その国との関係もあるし。下手に手出しできないのか。
だから俺みたいな民間人を頼るんだろうな。
「それで俺に……?」
「ええ。隠し場所については心当たりがあるのですが、探すのは難しい。それで貴方に見つけ出してほしいのです」
「その場所って」
「東方妖華帝国。そこにスターダスト協会の隠し倉庫があると言われています。彼らが私の石を所有していることがわかれば、それをきっかけに罪に問うことができるのです」
東方って、俺たちが目指してる国じゃねぇ。
そこならスターダスト協会の目が届かないと思ったのに……
東方に行っても結局あいつらの勢力下ってこと?
まじかよそれ。なんだかわけわかんねえ理由で追われて、クロ狙われて。
しかもスターダスト協会は俺に何をさせたいのかもわからない。
知れば知るほどスターダスト協会はヤバい組織みたいだし、そんなところで働きたくはない。
ゲルマーニャ王国とスターダスト。どちらで働くのがマシか、といったらそんなん決まってる。
俺は下を俯いてぎゅっと手を握りしめる。
追われてばかりは嫌だ。この人たちに協力すれば、俺、追われなくて済むようになるかもしれないんだよな。
でもそれって、アレクシアさんを巻き込むことになる。
俺は不安に思って隣に座るアレクシアさんに目を向ける。
するとこちらを見ている彼女と視線が絡んだ。
アレクシアさんは笑っていた。
いつもの優しい笑顔で。
「私の事なら大丈夫よ。私は自分の身は守れるし。それに貴方と一緒に行くって決めたから、一緒に行くわ!」
「アレクシアさん……」
その言葉に、なんだか情けなさを感じる。
だって、アレクシアさんは関係ないのに。
ただ人間が知りたいって言って、村を飛び出してきて、でも俺と出会ってしまったから、スターダスト協会に追われることになってしまった。
そんな不安が表情に出たのか、アレクシアさんは俺の肩にそっと、手を置く。
「私は楽しいわよ? カシュランにいたらこんな刺激的な毎日は送れないもの。ただ緩やかに時間が流れているだけの毎日ではないってだけで、私にはすごく魅力的なのよ」
その言葉に、俺はちょっと勇気づけられる。
そんなアレクシアさんに俺、迷惑かけたくない。
俺の心は、完全に固まった。
俺は大きく頷き、ブランシュ様へと目を向ける。
「それならあの、条件があります」
「条件とは何かしら」
そう言って、彼女は微笑みを浮かべる。
「俺に、戦い方を教えてください!」
言いながら俺はわずかに腰を浮かべた。
するとブランシュ様は口元に手を当てて驚いた顔になる。
「あら、そんなことでいいの?」
「はい! あの、俺、戦えないし、アレクシアさんに守られてばかりでそれで……俺、自分の身は自分で守りたいんです!」
『力が欲しければ俺を頼ればいいのによー』
あきれた声でクロが言う、
お前なんか頼れるかよ。
最悪の場面で黒髪に戻したくせに。
俺はクロをガン無視して言葉を続けた。
「俺、弓はちょっと使えるようになりました。でも、いざ襲われたときに弓じゃ役に立てなくて。だから戦えるようになりたいんです、お願いします!」
そう、深く頭を下げるとブランシュ様が面白そうに言った。
「わかりました。貴方がたにはこのヒースをつけます。目的達成のために全力で我が組織『シュバイツ』が支援しますから」
「わかりました」
「シラーズナイトの在りかがわかれば、それをきっかけにスターダスト協会の悪事を暴ける。こちらこそよろしくお願いします」
そしてブランシュ様は俺に右手を差し出してくる。
これって握手、てことだよな。
俺は服で右手をさっと拭いてから、手を出してブランシュ様の手を握る。
すると彼女は微笑み、
「交渉成立。しばらくここに滞在なさい。旅の準備と、訓練を。ヒース、彼を頼むわ」
「承知いたしました」
こうして俺たちは、ゲルマーニャ王国の支援をうけて、スターダスト協会の悪事を暴くことになった。
ヤバい。
石を探してスローライフのハズが、国を巻き込む陰謀にまで発展しやがった。
王宮にきて一ヶ月。
ブランシュ様の住まいである離れの一画で、俺とヒースさんは対峙していた。
木の剣を構えて肩で息をする俺に対して、ヒースさんは涼しい顔をしている。
しかも、俺は革の鎧を着ているのに、ヒースさんはスーツ姿だ。
そんな彼に、俺は全然勝てない。
ヒースさん、俺より二つ下の二十二歳らしい。
にしてはなんていうか、場数すげー踏んでるみたいで滅茶苦茶強いし服の下には傷も多い。
この人はガチで戦士だ。
ヒースさんは表情を変えず、淡々と言った。
「だいぶ上達したじゃないか」
そう言われても、そうは思えねーんだけど?
俺は息を整えて、剣を構え、ヒースさんに向かっていく。
「おりゃー!」
カーン!
と、木がぶつかる乾いた音が響き渡る。
簡単に剣が払われ、ヒースさんの剣がこちらに振り下ろされる。
それをよけ、俺は剣を横に振った。
ヒースさん、マジで強い。
本当に強くなってるのかな、俺。
全然自信、ない。
結局一度もヒースさんに当てることができず、その日の訓練は終わった。
頭から水をかぶり、俺は地面に座り込む。
「あー……勝てない」
空を見上げて呟くと、ヒースさんが淡々と言った。
「僕に勝てるわけないだろう」
う……そう言われるとちょっとイラッとするけど、でもそうだよな。
俺みたいな素人が、プロの騎士に勝てるわけがない。
「う……」
呻く俺に、ヒースさんは腕を組んで俺を見下ろしてくる。
「それでもお前、最初に比べただいぶサマになったと思うが。腰も引けていないし、相手の動きも見られるようになっているし」
そう言われるとそうかもしれない。
最初は木の剣でも扱い方がわかんなくって、目の前に立つヒースさんが怖くて足も震えていたし。
ヒースさんまじ怖いんだ。
綺麗な顔して、ただそこに立ってるだけなのに威圧感がすごい。
剣の使い方だけじゃなくって、格闘技も教えてもらってる。
そのおかげで俺、体中があざだらけになっていた。
「まだ一ヶ月だし、対して強くなった気、しないんですよね」
「そうだろうな。強くはなっていないのだし」
ヒースさんの容赦ないひと言が、ちょっと刺さる。
少しは強くなったと思いたいんだけどな……
一ヶ月の訓練で体つきも変わってきたんだから。
でも、ヒースさんにはほど遠い。
比較、間違ってるだろうけれど。
「ユーキ! 大変よユーキ!」
そんなアレクシアさんの慌てた声が聞こえてくる。
どうしたんだろう。
俺は立ち上がり、アレクシアさんを迎えた。
彼女は俺の目の前に立つと、深刻そうな顔をする
「大変なの。ユーキにお客さんがきて」
「客……?」
なんだろう。
普通の貴族や商人なら王宮が止めるだろう。
そうなるともっと地位の高い人……?
不審に思う俺に、アレクシアさんは声を潜める。
「スターダスト協会のシュルゲン会長が、貴方に会いに来たの」
「な……なんだって……?」
アレクシアさんの言葉に、俺は思わず大きく震えた。




