28 危機
アレクシアさんの部屋のドアの前。
叩く前に扉がばっと開いた。
「あ、ユーキ! ちょうどあなたの部屋に行こうと思っていたの! 今日はね、私劇を観に行ってきたんだけどすっごい素敵な俳優さんがいて……」
そこまで一気に言った後、アレクシアさんが目を丸くして俺を指差した。
「あ……え? どうしたのその髪」
「とりあえずそのことで相談があるから、中に入れてもらっていいですか?」
俺が早口で言うと異常を察してくれたのか、アレクシアさんは俺を招き入れてくれた。
部屋に入るなり、俺はアレクシアさんの方を向いてしどろもどろになりながら言った。
「いつの間にかこの髪の色になっちゃって。それで俺、クロに話しかけてしまって……」
「えーと、あの髪の色が変わったのって、この変な石の力のお陰だったわよね? 魔法が解けちゃったって事?」
とけたというか、とかれた、のほうが正しいけれどそんなのニュアンスの問題だろう。
だから俺は頷き言った。
「そうなんだ。で、今日町で俺の噂が出回ってることを知って……」
俺は町で聞いた噂、さっきの宿の人の反応についてアレクシアさんに説明する。
すると彼女はまずい、っていう顔をする。
「それは厄介ね。ってことはユーキを探してる人、たくさんいるって事よね」
「そうなんです。でも俺、誰かに雇われるつもりもないし。クロは……俺から離れられないし……」
「だいぶ面倒な状況ね。とりあえず、宿、変えましょうか。宿の人にお金、渡したけどそれ以上のお金が手に入るならユーキ、簡単に売られそうだもの」
う……そうか。そうかもしれない。
めんどくせえな、それ。
クロに頼み込んで髪色、茶色にしてもらう? いや、でもそれは嫌だしな。
「とりあえず荷物片付けましょう」
そう言って、アレクシアさんは荷物をまとめだす。
俺も荷物、持ってこないと。
そう思って廊下に出ようとしたときだった。
声が聞こえる。
「この部屋か?」
「はい、さようでございます。黒髪の男で、黒い石を持っていて、その石に話しかけているのを宿の者が何人か目撃しています。妙な男だなと思っていたんですが」
そんな男たちの会話が聞こえて、俺は額から妙な汗が流れるのを感じた。
まじかよ。もう俺を探しに来たやつがいるのかよ? 早すぎるだろ。
「そうか」
「ブランシェ様がお会いになりたい、のですよね。いろんな組織がこの者を探している様ですが……何もの案ですか?」
「さあ。俺もよく知らん」
その声の後、扉を叩く音がした。
ブランシェ様って誰だよ?
貴族かな。扉の前で固まる俺に、アレクシアさんの声がかかる。
「どうしたの?」
俺はばっと振り返って、口に指を当てて、足音を忍ばせて彼女に近づく。
「隣に今、誰かが俺に会いに来てる」
声を潜めて言うと、アレクシアさんは目を見開いた。
「え、もう?」
「うん。だからちょっと静かにしてないと、俺がここにいるのバレちゃうかも」
俺はじっと、扉の方を見る。
部屋の奥にくると声はよく聞こえなくなる。
でも足音が聞こえて、今度はこの部屋の扉を叩く音がした。
「ひっ……」
思わず声が出てしまう。
いまにも心臓が飛び出しそうで、俺は自分の胸に手を当てた。
息が荒くなるし、やばいかもしれない。
「……返事がないな」
「連れの女性も戻ってきているはずなんですが……どうしましょう。中、あけますか?」
ちょっと待て! それはダメなやつだろう。
異世界、その辺いい加減すぎやしないか?
「……いいや、そこまではいい。このこと、スターダスト協会には伝えているのか?」
「いいえ、伝えていないです。リーベル様にお伝えするのが一番かと思いましたので……ただ、この人物の噂はだいぶ広まっていますから、ばれるのは時間の問題かもしれません」
そんな会話がわずかに聞こえてくる。
ってことは、今来ているのはスターダスト協会の奴じゃないって事か?
リーベル様。ブランシュ様。いったい誰なんだろう。
貴族かなにかかな。なんで俺を、貴族が捜すんだ?
足がガクガクと震えて、背中に嫌な汗が流れていく。
どうやらその人物は強引に部屋に入ってくるようなつもりはないらしい。
「とりあえず戻ったら教えろ。もし、宿を出ようとしたら足止めするように」
「わかりました」
そして足音が離れていく。
ちょっと待て。どういうことだよ?
足止め?
俺はアレクシアさんの方を見る。
アレクシアさんも、俺と同じように怪訝な顔をしている。
「いったいどういうことかしら? ユーキに何があるの?」
「そんなの俺が知りたいよ。ブランシュ……って誰だろう」
俺の言葉に、アレクシアさんは肩をすくめる。
「なんか聞いたことあるような気がするけど……どこだったかしら」
なんか有名な人なのかな。
とりあえず、宿を出る前に精算が必要だし、お金払わず出ていくのはまずい。どうしよう。
悩んでいると、アレクシアさんが言った。
「とりあえず、いつでも出て行けるように荷物はまとめておきましょう」
「うん……わかった。とりあえず俺、部屋に戻るよ」
そう言って、俺は扉に近づいてそして、ゆっくりと扉を開く。廊下に誰もいないことを確認して出たときだった。
がしり、と腕を掴まれそして、男の声が響いた。
「ユーキ=ナナセだな?」
「ひっ……」
その声はさっきまで廊下から聞こえてきた男の声と同じものだった。
ドアを開いた陰のところ。俺と同い年くらいの金色の髪をした、やたらきれいな顔の男がそこにいて、俺の腕をしっかりと握りしめていた。




