2 この世界のこと
アレクシアさんとふたり並んで歩いているとしばらくして森が抜け、街道が見えてくる。
俺達の前を馬車が通り抜けていき、思わずその馬車を目で追った。
「すげー……」
馬車なんてまともに見たの初めてかも。
「馬車だー! すごいね、お馬さん大きいー!」
俺よりもハイテンションにアレクシアさんが言い、文字通り飛び跳ねる。
俺が知っている馬っていうとサラブレットだけど、それよりも身体が大きいし足も太い。荷物を運ぶ役目の馬、なんだろうか。馬には詳しくないから全然分かんないけれど。
「えーと、馬車が向かっている方がナトジャの村があるの。その村は私たちもたまに買い物に行くことがあるから顔なじみなの。その先にブレーヌっていうちょっと大きな町があって、私はそこを目指そうと思ってる」
知らない地名がバンバン出てくる。ヨーロッパぽくもないし。まじでここは地球ですらないんだろうな。
知ってるゲームやアニメの世界でもなさそうだし。
とりあえずここは天国じゃあないらしい。そのとこにほっとするけど、なんで俺、こんなところに来たんだ?
「ナトジャは水晶が有名だし、ブレーヌではジャズパーが採れるわよ。貴方の町はどんな鉱石が採れるの?」
アレクシアさんの言葉に俺は訳が分からず、彼女の顔を見つめた。
え、なんだって?
「鉱石……?」
鉱石って石、だよな。水晶は知ってるけど、ジャスパーってなんだ?
戸惑う俺にアレクシアさんは不思議そうに首を傾げた。
「そう、鉱石。どこの町にも名産の石、あるでしょ? 子供の頃しなかった? 石探し」
って言われて、俺はますます意味が分からなくなってくる。
つまり……どういうことだ?
困惑する俺に、アレクシアさんはがさごそと腰のベルトに下げた巾着袋から何かを取り出した。
「ほらこれ」
それは透明な水晶だった。わずかに光っていて、すごく価値があるわけじゃなさそうだ。
ってあれ?
俺は自分の目を擦る。
「この水晶は、これから向かうナトジャで採った物なの。子供の頃からお小遣い稼ぎで鉱石拾いはするでしょ?」
そうアレクシアさんが言うけれど、俺はそれどころじゃなかった。
俺は鉱石について全然知らない。なのにアレクシアさんが持ってる石、水晶ってわかったし価値もなんとなくわかる。
なんでだ?
俺の身体に何が起きてるんだ? ちょっと怖くなりつつ俺は顔を上げてアレクシアさんを見てひきつった笑いをうかべた。
「そ、そうなんだ。きれいな石ですね」
「これは大した価値、ないんだけどね。ナトジャについたら貴方も鉱石捜し、してみたらいいと思うわ」
って言って、アレクシアさんは石をしまった。
そして街道の向こうへと目を向けて、
「行きましょう、早く行かないと日が暮れちゃうわ」
と声を上げた。
「う、うん」
頷いて俺は、アレクシアさんと一緒に歩き出した。歩いて一時間、ってことは十キロ近くあるよなぁ。
普段そんなに歩くことはないから、すぐに足が棒になりそうだ。
歩きながら、俺はアレクシアに尋ねた。
「あの、色々と聞きたいことがあるんですけど……」
「何? そんなかしこまった喋り方しなくても大丈夫よ」
笑顔で言われ、俺は咳払いをしてから聞いた。
「アレクシアさんはその……エルフ、なんですよね?」
「えぇそうよ! あなただって言ってたじゃないの」
そう、なんだけどさ。
にわかに信じられないんだ。エルフを目の前にしているってことが。
それに、俺が知るエルフとアレクシアはイメージが違いすぎる。
「エルフってその、人間嫌いだって聞いていたから……」
俺が知るどの物語でもエルフは人間と仲が悪い。
エルフは人間を毛嫌いしていて近づきたがらないって。でもアレクシアさんからは嫌悪感を感じないし、むしろ友好的に思えた。
俺の言葉を聞いて、アレクシアさんは大きく頷いた。
「その通りよ。エルフは人間が嫌いだし見下しているわね」
なんて言って、彼女が笑った。
あ、やっぱりそうなんだ。
嫌いだし見下してるって真正面に言われると微妙な気持ちになる。
「だから私、村を出たの。エルフの村は変化がなくて子供も滅多に生まれない。ゆっくりと滅びようとしているのよね。でもそんなの私には耐えられなくて。それで私、人間に言葉を教わったのよ」
言葉を教わった。ってことはエルフと人間は言葉が違うのか。
アレクシアさんの言葉を聞いている限り、不自然な感じ、しないけど。
俺はアレクシアさんをじっと観察する。
特徴的な尖った耳は、まじでよく漫画なんかで見るエルフの特徴そのものだ。それに金色の綺麗な髪は太陽を浴びてキラキラ輝いてる。
アレクシアさん、よく見ると腰に短剣をぶら下げている。
エルフって魔法使いのイメージが強いけど武器も使うのか?
そう思って俺はアレクシアさんに尋ねた。
「アレクシアさんは戦士?」
腰の短剣を見つめて俺が言うと、彼女は首を振った。
「私は非力すぎて戦士にはなれないわ。この短剣は狩りとかに使うの。私は魔法使いよ」
そう言いながら彼女は短剣の柄に触れる。
まあそうだよな。エルフといえば魔法使いだよな。
よかった、エルフの拳闘士とかいたらどうしようかと思った。
「魔法ってどういう魔法を使えるんですか?」
「私は攻撃系の魔法が得意なの」
攻撃系って事は炎とか、雷とかだろうか?
今までやってきたゲームの内容を思い出し、魔法ってどんなものがあるのか想像して楽しくなってきた。
「攻撃系って事は、補助系とか回復系とかあるんですか?」
「ええ。って、人間にも魔法使いはいるでしょ? 知らないの?」
う、知るわけないじゃないか。だって俺はただの人間だし、この世界の住人じゃない、から。
なんで俺はここに来たんだろ。もちろん俺の中に答えなんてない。
帰る方法もわからないし、そもそも帰る方法があるかもわからない。
「あー、でも人間って魔法使える人少ないのよね。だから知らなくても仕方ないか。ところで貴方はどんなことができるの?」
目を輝かせて、アレクシアは言った。
どんなことができるのか……俺は冷や汗をかきながら必死に考える。
で、できることなんて俺、ないし……
俺はただのサラリーマンだ。何の能力もない。だから俺ができることなんて思い浮かばない。
「なん、だろう……」
「あ、何ができるかまだわからないの? じゃあどんなことができるか知る楽しみがあるじゃないの」
何ができるのかを知る、か……その発想はなかったな。
「そうか、そうだよね。ありがとう、アレクシアさん」
「なんでお礼を言うの? 面白い人ね」
「だって、何をできるか知る楽しみがある、なんて考えたことなかったからさ」
「あらそうなの? エルフは寿命が長い分、成長や変化を嫌がるのよ。だから人間みたいに成長し変化する存在に私は魅力を感じるの」
成長して変化するねぇ……俺、今年で二十四だし、成長なんてするのかなぁ。
疑問を抱きながら俺は、辺りを見回した。




