1異世界転移?
日の光を吸いこむかのように真っ黒な、楕円形のその石は淡く光りながら言った。
『俺を持ってるといいことあるぜ。だって俺、何でも願いをかなえる石だからな。まあ代償は貰うけど』
「願いを……かなえる?」
甘い、甘い誘惑の声に、俺は大きく息をのんでその石を見つめた。
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さかのぼる事数時間前。
どこまでも続く木、木、木。緑色の葉っぱの隙間からは日の光が零れ落ちている。
下を向くと焦げ茶色の地面がひろがっていた。
……ってどういうことだよ?
俺、七星祐希は茶色い地面をざっざっとける。確かな感触と、見たことのない焦げ茶色の皮のブーツ。
それに見たことのない黒いズボンを穿いている。
「……なんだよこれ……何が起きてるんだ?
震える声で呟いて、俺は頭に手をやった。
俺は必死に記憶をたどる。
就職して二年目。毎日続く残業に疲れて夜のホームに立っていたはず。風が冷たかったのは覚えてるんだけど。
でもここ、明らかに駅じゃないし冬でもない。こんな葉っぱが緑って事は春とか夏だよな?
「どういうことだよまじで」
焦った声で言って、俺は辺りを見回す。
聞こえてくるのは鳥のさえずりと風の音、葉っぱのこすれ合う音だけだ。
なんか、服、スーツじゃないし、ショルダーバッグも見たことないもんだし。
俺、死んだ?
いや、心当たりないぞ。なんだってこんなことになるんだよ。
途方に暮れて考えて、俺は首を横に振る。
「とりあえず、人を探すか……?」
このままここにいて、熊とかに襲われたら嫌だしなぁ……
「どっちに行けばいいんだろ? なんか手がかりとかねえのかな」
視線を巡らせながら、どっちに行っていいのか考える。でもどこまでも木がひろがるだけで、どこかに行ける気はしなかった。
絶望じゃないか。
でもこのままここに突っ立てるわけにはいかねえしな……
どうしよう……
そう思った時だった。
「あれ……?」
木々の向こうから、こちらに近づいてくる影がある。
動物じゃない、人だ。
その人物は俺を見つけ、好奇心に満ちた顔をしてこちらに向かってくる。
金髪の少女。身長は百六十センチちょっとくらいだろうか。俺より十センチ以上は低そうだ。
特徴的な尖った耳が、髪の毛の隙間から見える。
旅人かな。マントを羽織って大きなリュックを背負っているように見える。
それに、腰にさした剣。
その少女は俺の数メートル手前で立ち止まると、好奇心に満ちた青い瞳を俺に向けて言った。
「貴方、どこから来たの?」
「う……え?」
やばい、言葉がわかる?
そのことに俺は驚く。
だってエルフと会話できるなんて思わねえもん。
俺は少女を震える手で指差して、小さく言った。
「……エルフ……?」
すると少女は驚いた顔をして頷いて、自分を指差した。
「エルフ、知ってるの? 私の言葉、わかる?」
エルフ、なのは確からしい。長い時を生きる妖精の一族。見た目は人間に近いけど、確かとても排他的で、気位が高くて人間を見下しているんじゃなかったっけ。
彼女が着ている服は、俺が今着ている服によく似ている。
黒のパンツに黒い編み上げブーツ。革の鎧に深い青のフードが付いたマント。ってことはこの服は一般的な服なんだろうな。それに大きなリュックを背負っている。きっと冒険の荷物が詰まっているんだろう。
俺は、たいして深くもないファンタジーあるあるを思い出しながら頷いた。
「あぁ、うん、わかるんですけど。でもエルフって独自の言葉を持ってるんじゃないの?」
という適当知識で俺が言うと、少女は大きく頷いて一歩前に出た。
「そう、そうなの! だから私、人の言葉を勉強したんだけど、ちゃんと言ってることわかるんだよね?」
すっげー嬉しそうに言い、少女はまた一歩、俺に近づいてくる。
どうやら言葉が通じるのが嬉しい、らしい。
そういうもんなのか。
とりあえず言葉が通じるならありがたい。
ここがどこなのか確認しないと。俺は辺りを見回してから彼女に向かって言った。
「俺、道に迷ったみたいなんだけど……ここはどこなんですか?」
「あぁ、だから貴方はエルフの森にいるのね。めったに人が来ないところだからちょっと驚いちゃった」
……エルフの森ってほんとにあるんだ。
ってことはここ、ファンタジー世界ってこと、だよな? なんで俺はそんなところに来ているんだろう。
「ここはカシュランの森。ここの奥深くにエルフの村、カシュランがあって、だからそう呼ばれてるらしいわ」
カシュラン……耳慣れない響きの名前だ。少なくともここは俺がしっている世界ではないらしい。
不思議に思いながら俺は少女の話を聞いた。
「それでなんで、貴方は森の中にいるの?」
「え、あ……えーと……気がついたらここにいて……」
しどろもどろになりながらそう言うと、少女は感心したように頷いた。
「そうなの。かなり道に迷ってるみたいね」
「そ、そうなんですよ。とにかくどこか家を探したいんだけど……」
ずっと森の中にいるわけにはいかないし、きっと日が暮れたらモンスターが出てくるに違いない。
根拠はないけれど。
少女は俺の言葉を疑った様子もなく、そうねえ、と小さく首をかしげた。
「森を抜けて一時間も歩けば人の住む村があって、さらに行けばそこそこ大きな街があるわ。私はその街に行こうと思ってるんだけど……いっしょに来る?」
と言い、少女はにこっと笑った。
それは正直ありがたい。
この世界の知識ゼロの状態でさまようのはまっぴらだし、何したらいいかもわからないから。
でも女の子だしな……いいのかな……
「え、あ、い、いいんですか?」
不安を抱えつつ尋ねると、少女は小さく首をかしげて言った。
「ええ。だって私、人について色々と聞きたいから!」
なるほど。目的があるのか。
ならお言葉に甘えよう。
「じゃあ、よろしくお願いします」
そう言いながら俺は頭を下げた。
すると少女は手を叩いて喜びの声を上げる。
「よかったー! 私はアレクシアていうの」
「俺は……ユーキ。よろしく」
彼女のテンションに気圧されつつ、俺はまた頭を下げてしまう。
「なんでそんなに頭を下げるの? 人の風習?」
そう突っ込まれて俺は慌てて顔を上げて首を横に振った。
「そ、そういうわけじゃないんだけど……癖っていうか……俺のいた国ではわりと皆のやっちゃうっていうか……」
「つまりは風習なのね」
……そうか、これ、日本人の風習か。
人の風習って言われると違うけど日本人の風習っていったら合ってるもんな……
「まあ……うん、そうですね」
そして俺は苦笑した。




