15 勧誘
カフェの奥。
四角いテーブルを挟んで、向かい合って席に座る。
互いにお茶を注文した後、ウィリアムさんはテーブルに両肘をつき、手を組んで俺の方を見てにっこりと笑った。
腕にしているネックレスや、指輪がけっこう光って見えるから高い石を身につけているんだろうな。
スターダスト協会の職員っていうのは本当っぽい。
俺は、膝の上で手を握りしめて言った。
「それで、あの、俺に何の用なんですか?」
「うちの職員から話を伺いまして。貴方のお陰で、偽物のサファイアを買い取らずに済んだと。それで……」
そこで言葉を切ったウィリアムさんの目が、すっと細くなる。
顔は笑っているのに目は笑っていなくてすげえ怖い。
俺の頭の中でずっと警報が鳴っている。
アレクシアさんを頼った方が良かったかな。そんな考えがよぎるけれど、それはさすがに駄目な気がする。
アレクシアさんに助けられてばかりだし、それにこんな人目があるところで何かあるとは思いにくい。
そう自分に言い聞かせて俺は、ウィリアムさんに向かって言った。
「それで……なんですか?」
言いながらも俺の心拍数があがっていく。
ウィリアムさんは声を潜めて言った。
「貴方は、『目』を持っているのではないですか? いわゆる、魔法の目を」
その言葉に俺は首を横に振る。
「そ、そんな目を持っているわけがないじゃないですか。たまたま、ですよ」
言いながらも、俺の声はすげー震えていた。
何をたくらんでいるのかわからない状況で、簡単に認められるわけがない。
「たまたま、ですか。他にも、ナトジャやこちらの協会に、それは見事な鉱石を持ち込んでいただいたとうかがっていますが。それもたまたま、ですか?」
「そ、そうです。俺にはそんな知識はないし」
「知識がないのならなぜ、あれが偽物だとわかったんですか?」
「あ……」
よ、余計なことを言ってしまった。
どうしよう。
胃がキリキリと痛みだす。
「え、あ……」
「それで、貴方をお誘いしたく思いまして。我がスターダスト協会で働きませんか? 契約金は金貨十枚でいかがですか?」
金貨、十枚?
それって十万デューカ、だよな。
食事がだいたい五デューカで、宿の宿泊費が一泊二十デューカだから……
そう頭で計算するけどよくわからない。
とりあえずすげー金額だってことはわかる。
「な、なんでそんな金額……え?」
そんなの怖すぎる。
俺にそんな価値、あるわけないのに。
熱くもないのに、俺の額に汗が浮かぶ。
そこにお茶が運ばれてくる。
それを俺はぐい、と一気に半分飲んで、息をついてウィリアムさんを見つめた。
彼もまた、お茶を飲んだ後、笑顔のまま言った。
「ユーキさん、我々の鑑定技術には限界があります。ルーペを使い、内部の傷や内包物の確認、色や透明度、結晶の形を見ます。ですが限界がある。それで」
彼は俺の方にすっと手を出してくる。それを見て俺は思わず、その手から逃げるように背中を背もたれに預けた。
「貴方の目が欲しいんです。特に高価な宝石は偽物が作られやすい。貴方が見抜いたエメラルドのように、偽物を買い取らされる事例が起きております。いくらこちらが目利きを育てても限界がある。それで貴方の目が欲しいんです。見ただけで偽物を見抜ける目が」
ウィリアムさんの言いたいことは理解できる。
でも、そんな大金出してまで欲しい力なのか? ただ、石の価値がなんとなくわかるだけだぞ。
俺には分不相応すぎるしそれにそんな金出されるって……何か裏があるんじゃないか?
怪しすぎるだろ。
それに俺、働くなんて考えられない。
そうだ。ここに来る前の俺は、毎日疲れて、帰りも遅くて、上司に罵倒されて。給料はよかったけど、休みの日は毎日死んだように眠って、何にもできないでいた。
いつの間にか友だちとも縁が切れて、ただ生きているだけの日々だった。
でも今は、俺を縛るものは何もない。仕事もなく、川で石を拾ってそれを換金して、石手帳のスタンプと観光の地図を集めてる。
そうだ、俺のここでの目標は石手帳と観光の地図を集めることだ。
就職することじゃない。
俺は、震える唇でゆっくりと答えた。
「あの……だからその、そんな目、持ってないです。そんなの俺には、無理です」
言いながら俺は首を横に振る。
するとウィリアムさんは大きく目を開いて驚きの顔をした。
「金貨十枚ではたりない、ということですか? では、金貨十五枚ではいかがですか」
いやそこでなんで金額あがるんだよ? 怖いってそんなの。
俺は大きく首を横に振って、焦りながら答えた。
「ち、違います違います。そういう意味じゃなくって、俺にはそんな価値がないっていうか……無理です。すみません、俺、旅してるし、どこか一か所にとどまるつもりもないし、働くとか今の俺には……あの、無理なんです」
言いながら俺は立ち上がって頭を下げる。
「ユーキさん? あの、もうひとつ貴方に尋ねたいことがありまして。貴方の持つ石……」
不思議そうなウィリアムさんの声が響く。
早くここから離れたくって、俺は話を無視して、彼の顔も見ず、
「し、失礼します!」
と、裏返った声で言いう。そしてショルダーバッグの中から財布を取り出し、テーブルに銅貨五枚を置きそそくさとその場から逃げだした。




