表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国姫は静かに暮らしたい 〜転生先が最強だったので、たいへん困っています〜  作者: わっぱるぅ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/15

007 美濃の蝶、本気を出す

 その日は、朝から嫌な風が吹いていた。


「……ユイ様。演算結果が、おかしいのです」


 ザガンの片眼鏡が、かたかたと震えていた。

「本日の脅威予測を計算したところ、数値が―― 『測定不能』と」


「あら。私以外にも出るのね、それ」


「笑いごとではありませぬ! この数値、魔王軍の全戦力を足しても届きませぬ――」


 その時、空が、暗くなった。


 雲ではない。日蝕でもない。――翼だった。地平線から地平線まで届くかという漆黒の翼が、太陽を覆い隠したのだ。


『――見ツケタゾ』


 声というより、大気の震えだった。村の窓硝子が一斉に砕け、聖鶏たちが悲鳴を上げて小屋へ逃げ込む。

 降りてきたのは、山だった。山のような、竜だった。


「さ、【災厄竜】ヴェルドラノス……! 千年前、大陸の三分の一を焼いた古代竜! 神話の存在ですぞ!」


 ザガンが尻餅をつく。フェンリアが大剣を構え、しかしその手が、じわりと汗ばんだ。

「……馬鹿な。私の勘が『逃げろ』と言っている。三傑の私の勘が、だ」


『四月前、天ヲ貫イタ光――アノ魔力、貴様ラノ村カラダナ。千年眠ッタ我ヲ起コシタ、アノ光ノ主ヲ出セ。喰ラッテ、我ガ糧トスル』

(……あわわ。あれね。私が生まれた日に、うっかり出したあの光の柱。あの時、大陸中の古代竜が目を覚ましたって女神様が言っていたけれど……本当に来るとは思わないじゃない!)


「させるか! 勇者セレナ=ヴァルハラ、参る!」


 セレナが斬りかかった。フェンリア仕込みの、最速の一閃。それは確かに竜の前脚に届き――鱗の一枚も、削れなかった。


『羽虫ガ』


 竜の尾が、無造作に薙がれた。セレナとフェンリアとバルガスが、まとめて吹き飛ぶ。三人とも受け身は取った。取ったが、地面に刻まれた尾の跡は、谷になっていた。


『次ハ消エルゾ、羽虫ドモ。――光ノ主ヲ、出セ』

 竜の顎が開く。喉の奥に、太陽より白い炎が凝っていく。狙いは村。逃げ遅れた村人たち。リリアの腕の中で、村の赤ん坊が泣いている。


 その時。


「――そこまでよ」


 小さな、しかしよく通る声がした。

 クッションから、赤ん坊が降りた。這い這いではない。ふわり、と宙に浮いたのだ。


「あら。浮いたわ」


「十三番【天翔】、ただ今開示されました!」


「開示が実戦と同時なのやめてくれない!?」

 ぱたぱたと、見えない羽で羽ばたくように、ユイは竜の眼前まで昇っていく。


『……何ダ、貴様ハ』


「この村の者は、私の家中よ。家中に手を出す者は

――容赦しない、と決めているの」


『赤子……? イヤ、違ウ。コノ魔力……貴様カ! 貴様ガ光ノ主カ!』


「ええ。それと、もう一つ訂正なさい」


 赤ん坊の瞳が、すっと細くなった。

「羽虫ではないわ。――蝶よ」


 竜の白炎が、放たれた。大陸の三分の一を焼いた神話の息吹。村どころか地平線まで蒸発させる一撃が、赤ん坊一人に叩きつけられ――


 消えた。


 ユイが、小さな手で払いのけたのだ。着物の袖の埃を払うように。神話の炎は千々の光の粒になって、無害な花吹雪のように村へ降りそそいだ。


『……ナ』


「熱いお茶は好きよ。でも、人様の庭で火を焚くのは無作法というものでしょう」


『オノレエエエエ!』


 竜の爪が振り下ろされる。山を砕く一撃。ユイは避けない。人差し指を、ちょん、と立てただけだった。


 ぴたり。


 巨大な爪が、赤ん坊の指一本に止められていた。押しても引いても、微動だにしない。


『バ、バカナ……我ノ爪ガ……!』


「重いわね。……でも、柴田様の槍のほうが重かったわよ。気迫がね」


 ユイは指を、くい、と返した。それだけで山のような巨体が独楽のように回転し、天高く舞い上がった。


「そして――三番【概念武装解放】」


 彼女は、両手を静かに合わせ、開いた。

 合わせた手のひらから、光が溢れた。それは無数の、蝶になった。緋色の、光の蝶。一羽、十羽、百羽、千羽――やがて空を埋め尽くす、緋蝶の大群。


「あの子たちはね、『斬る』とか『燃やす』ではないの。触れたものの――『敵意』だけを、食べるのよ」


 緋蝶の群れが、舞い上がった竜に殺到した。竜は炎を吐き、爪を振るい、翼で薙ぎ払う。だが蝶は斬れない。蝶は燃えない。光の群れは嵐のように竜を包み込み――そして、静かになった。


 どさり、と。


 地に降りた災厄竜は、憑き物の落ちた目で、ぽかんと空を見上げていた。千年分の怒りも、飢えも、破壊衝動も、緋蝶がきれいに食べてしまったのである。


『………………我ハ、何ヲ、アンナニ怒ッテイタノダ……?』


「お腹が空いて、眠りを妨げられて、機嫌が悪かったのよ。うちの村の赤ん坊も、よく泣くわ。同じ理由で」


 ユイはふわふわと降りてきて、竜の鼻先にちょこんと座った。神話の竜と、生後四ヶ月の赤子。世界で最も奇妙な対面だった。


『……貴様、我ノ言葉ガ分カルノカ』


「ええ、八番のおかげでね。……あなたのその喋り方、堅苦しくて肩が凝りそうだわ」


『千年、誰トモ話シテオラン。忘レタノダ、砕ケタ喋リ方ヲ』


「まあ。……ねえヴェルドラノス。あなた、村を焼こうとしたわね。落とし前は、つけてもらうわよ」


『……我ヲ、殺スカ』


「まさか。働いて返すのよ。……ちょうど、欲しかったの」


 赤ん坊は、にっこり笑った。

「大きくて、速くて、雨風がしのげる――乗り物がね」


 ◆ ◆ ◆


 一刻後。リーフェ村の広場に、村人たちの歓声が響いていた。


 災厄竜ヴェルドラノスの広い背に(『我は、丁度良い大きさになれるのだ』)、緋色の座布団(神器クッション改)が据えられ、その上でユイが白湯を飲んでいる。神話の竜は、この上なく安全運転で村の上空を一周した。


「ユイ様ー! お似合いですぞー!」

「竜の駕籠とは、豪気ですなあ!」


『……我、千年生キテ、初メテ「駕籠」ト呼バレタ』


「いいじゃない。日当は芋煮三十杯よ」


『……悪クナイ』


 地上では、吹き飛ばされた三人が、砂まみれのまま空を見上げていた。


「……フェンリア殿。師匠って、あんなに強かったんですね……」

「……ああ。だが小娘、恐ろしいのはそこではない。あの御方、神話の竜を相手に――最初から最後まで、説教しかしておらんかったぞ」

「魔王軍の全戦力より、あの説教のほうが強い。我が輩の演算、確定です」


 ◆ ◆ ◆


 その頃、魔王城。


 物見の塔から水平線の彼方の閃光を観測していた軍団長たちは、全員、無言だった。


「……今の光は、なんだ」


「観測班によれば……災厄竜ヴェルドラノスの魔力反応が、例の村の上空で出現し……約五分で、消失」


「消失!? 死んだのか!?」


「いえ、それが……生きています。生きて、村の上空を……ゆっくり、旋回しています。まるで――手懐けられたように」


 軍議の間に、深い沈黙が落ちた。誰も「攻めよう」とは言わなかった。言えるはずがなかった。


 そして玉座の間で、魔王は一人、立ち上がった。

「――神話の竜を、五分。しかも殺さず、従える、か」


 千年、玉座で退屈していた男の瞳に、初めて炎が灯った。

「決めたぞ。もう軍団長も三傑も送らぬ。……余が、直々に会いに行く。その『光の主』とやらに」


 ◆ ◆ ◆


 数百年後の歴史書には、こう記されている。

 ――災厄の竜、聖母の御前に五分で降り、以後、聖母の乗り物となる。聖母、竜に給金を払う。日当、芋煮三十杯。

「今回は全部事実なのが、一番困るのよね」

 歴史書というものは、いつだって少し大げさである。だがこの日ばかりは、現実のほうが大げさだった。

お読みいただき、ありがとうございます。

プロローグを含めて、全部で15話のお話しです。

ご評価⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️、リアクション、ブックマーク頂けますと執筆の励みになります。

どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ