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戦国姫は静かに暮らしたい 〜転生先が最強だったので、たいへん困っています〜  作者: わっぱるぅ


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004 黄金蒸しの計

 ザガンが家臣になって、三日が経った。


 リーフェ村は、目に見えて変わりつつあった。元第五軍団長の演算能力は伊達ではない。畑の配置は最適化され、聖鶏の産卵数は倍増し、村の帳簿は生まれて初めて「黒字」という言葉の意味を知った。


「ユイ様! 本日の御報告! 村の食糧備蓄、三割増であります!」


「よろしい。……ところでザガン、聞きたいことがあるの。魔王軍は、次に誰を寄越すかしら」


 ザガンの片眼鏡が、きらりと光った。

「我が輩の演算では――第三軍団長バルガス。確率、九十二パーセント」


「理由は?」


「単純です。ヴォルガード消滅、我が輩の離反。上層部は『調査は無意味、力で潰せ』と判断する。そして力押しといえば、あの男。身長三メートル、大剣一振りで山を割る、魔王軍最強の猪武者にございます」


「織田家にもいたわね、そういうの」


「そして厄介なことに、あの男、火に強い。皮膚が竜鱗でして、生半可な魔法は通じません」


 ユイはクッションの中で、ふむ、と考え込んだ。それから、庭で素振りをしていた弟子を呼んだ。


「セレナ。次の戦、あなたが大将よ」


「わ、私が!? 相手は山を割る軍団長ですよ!?」


「ええ。だから今から二日、準備をするの。――言ったでしょう、戦は始まる前に八割決まっている。その八割を、今からあなた自身の手で作るのよ。私は指一本、出さないわ」


「……本当に、指一本もですか?」


「出したら消えちゃうもの、あの猪」

 説得力の塊であった。


 ◆ ◆ ◆


 準備、一日目。


「まず下調べ。ザガン、バルガスの戦い方を洗いざらい話しなさい」


「はっ! 奴の型は一つ。真正面から突進し、大剣を振り下ろす。以上!」


「以上!?」


「それで千年、勝ってきた男ですので」


 セレナは頭を抱えた。だがユイは、にこりと笑った。


「セレナ、喜びなさい。型が一つの敵ほど、楽な相手はいないわ。……突進しか知らない猪は、どこで狩るものかしら」


「……あ。落とし穴、でしょうか」


「半分正解。でも相手は三メートルの猪よ。ただの穴では止まらない。――ねえザガン、うちの村の地面、先日から何になっているかしら」


「は? ……あっ! 純金! ユイ様の魔力で変質した、純金の大地!」


「金はね、柔らかいのよ」


 師匠と軍師の顔を、セレナは交互に見た。二人とも、実にいい笑顔をしていた。


 ◆ ◆ ◆


 準備、二日目。村人総出の突貫工事が始まった。


 ザガンの演算によれば、バルガスの侵入経路は「最短直線」以外あり得ない。その線に沿って純金の地面を掘り抜き、薄皮一枚だけを残す。


 だが、途中で問題が起きた。掘り出した土砂と資材の山が、村の広場を埋め尽くしてしまったのである。


「あわわわ、これでは工事どころか村が埋まるわ。……ええと、こういう時こそ」


 ユイは、ミラを呼んだ。

「女神様。明細書の九番、そろそろ開示されていないかしら」


「あっ、そういえば! 昨日の魔力操作で条件を満たしてます! ええと――九番【無限蔵】。時空の蔵を開いて、無制限に物を出し入れできます」


「まあ、便利。前世の兵糧奉行が泣いて喜ぶわね」


 ユイが小さな手をかざすと、空間に黒い蔵の扉が現れた。土砂が、資材が、掘り出した金塊が、するすると吸い込まれていく。広場は、みるみる片付いた。


「素晴らしい! これがあれば兵站が――ん? ユイ様、この蔵、容量の上限は」


「無いそうよ」


「無い!?」


「ちなみに、中の時間も止まるみたい。……あら、それなら」


 ユイは、大鍋いっぱいの芋煮を炊かせ、そのまま蔵に放り込んだ。


「はい、いつでも熱々の兵糧の完成。――戦は腹が減っては始まらないもの。三木合戦でも、兵糧が続いた側が勝ったのよ」


「戦の話をしていたはずが、いつの間にか台所の話に……!」


「同じことよ、ザガン。城を落とすのも、腹を満たすのも、要は段取りだもの」


 仕上げに、聖鶏たちが集められた。


「師匠、鶏たちに何をさせるのですか?」


「バルガスは火に強い。竜鱗ですって。……でもねセレナ、鎧の堅い武者を倒すのに、鎧を斬る必要はないのよ」


「?」


「蒸せばいいの」


「蒸す!?」


 なお、聖鶏たちは、こう会話していた。


『火を吹けばいいのか。得意じゃ』

『わしは昨日、火加減の腕を上げた』

『あの赤子、我らの言葉が分かるらしい。妙な奴じゃ』


「聞こえてるわよ」


『『『!?』』』


 ◆ ◆ ◆


 三日目の朝。ザガンの演算通り、地平線の彼方から土煙が上がった。


「来おったぞオオオオオ! 我こそは魔王軍第三軍団長、バルガスウウウウ!」

 身長三メートルの巨躯が、名乗りを上げながら最短直線を突進してくる。あまりに予告通りで、村人たちに緊張感がなかった。


 迎え撃つのは、剣を構えた銀髪の少女ひとり。


「勇者セレナ=ヴァルハラ! お相手いたす!」


「小娘がァ! 潰れろォ!」

 大剣が振り上がる。セレナは――逃げた。全力で、まっすぐ後ろへ。


「逃げるかァ! 待てェ!」


「待つわけないでしょう!」


 追う猪。逃げる勇者。そして、薄皮一枚の純金の大地。


 ずぼっ。


 三メートルの巨躯が、腰まで金に埋まった。柔らかい金は巨体の重みでぐにゃりと沈み、竜鱗の巨人を鋳型のように抱きしめる。


「な、なんだこれは!? 抜けん! 地面が、地面が抜けんぞ!?」


「今です、聖鶏隊!」


 火を吐く鶏たちが一斉に舞い上がった。ぐるりとバルガスを囲み、ごうごうと火を吹く。金の大地はみるみる熱され――巨大な蒸し風呂が完成した。


「あっつ! 熱い! 火は効かんが、これはただ熱い! 蒸されるうううう!」


「竜鱗は火を防ぐ。でも、こもった熱は防げない――師匠の読み通り!」


 三十分後。ほかほかに蒸し上がった第三軍団長は、涙目で降参した。

「ま、参った……儂の千年で、初めて負けた……しかも一発も殴っておらん……なんなのだ、この村は……」


 セレナが剣を突きつけ、堂々と告げた。

「この村に二度と手を出さないこと。それが助命の条件です」


「わ、分かった、誓う! ……ときに、あの匂いは何だ? 蒸されてから、無性に腹が減って仕方ないのだが」


「今夜は祝いの席です。……食べていきますか?」


「良いのか!?」


 ◆ ◆ ◆


 その夜。祝宴の中心で、蒸し上がった軍団長が、村の芋煮を七十三杯たいらげていた。


「うまい! うますぎる! 魔王城の飯は千年、変わり映えせんのだ! なんだこの芋は!」


「ザガン殿の栽培計画の芋です」


「ザガン! 貴様こんな良い職場におったのか! ずるいぞ!」


 ユイはクッションの中から、その光景を眺めていた。

(……あら。まずいわね、この流れ)


「ユイ殿と言ったか、噂の赤子は!」


 来た。バルガスが目の前で正座した。地面が揺れた。


「儂を、この村の用心棒にしてくれ! 飯付きで!」


「…………はぁ。まあ、力仕事の人手は欲しかったのよね。いいわ。ただし条件、畑は踏まないこと」


「おおお! 恩に着る!」


 こうして家臣第二号(用心棒兼、力仕事係兼、蒸し料理の試食係)が誕生した。ユイは天井を仰いだ。

「静かに暮らしたいだけなのに、また増えたわ……あわわわ、この調子だと軍団長が全員うちに来るじゃない……」


 傍らでザガンが、真顔で言った。

「その確率、我が輩の演算では六十八パーセントです」


「演算しないで」


 ◆ ◆ ◆


 その頃、魔王城、軍議の間。


「報告します。第三軍団長バルガス、消息を絶ちました。最後の通信は――『芋がうまい』」


「「「どういう通信だ!!」」」


 円卓が三つに割れた。第二軍団長ベリアルが唸る。


「ヴォルガードは消滅、ザガンは転職、バルガスは……何だ、就職か? 飯か? 飯で負けたのか?」


「もはや軍団長では埒が明かん。……『三傑』を起こすしかあるまい」


 その言葉に、軍議の間が凍りついた。三傑――魔王直属、千年戦争の生きた伝説。一人で軍団長十人分と謳われる、魔王軍の最終戦力である。


「だが三傑の御一方は、今、百年の眠りの最中では……」


「起こせ。……嫌な予感がするのだ。あの村を放っておけば、いずれ魔王軍は――全員あの村に就職するぞ」


「まさか、そんな馬鹿な」


 一同は笑った。笑いながら、誰も否定できなかった。


 ◆ ◆ ◆


 数百年後の歴史書には、こう記されている。

 ――リーフェの聖母、一兵も損なわず魔軍の猛将を降す。その戦、剣を交えることなく、ただ大地と鶏をもって成れり。後世これを「黄金蒸しの計」と呼ぶ。

「呼び名が完全に料理なのよ!」

 歴史書というものは、いつだって少し大げさである。

お読みいただき、ありがとうございます。

プロローグを含めて、全部で15話のお話しです。

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どうぞよろしくお願いします。

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