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戦国姫は静かに暮らしたい 〜転生先が最強だったので、たいへん困っています〜  作者: わっぱるぅ


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003 第五軍団長は、算盤を弾く

 セレナ=ヴァルハラの朝は、早い。


 夜明け前に起き、素振り三千回。それが弟子入り初日にユイから与えられた修行である。


「師匠! 本日の素振り、完了いたしました!」


「ん……もう朝? 赤ん坊は睡眠が大事なのよ……」

 神器クッションの中から、寝ぼけた声が返ってきた。生後三ヶ月の師匠は、朝に弱い。


「あの、師匠。素振りはいつまで続けるのでしょう。私は一日も早く、魔法剣や奥義を……」


「セレナ。あなた、今日の千二百回目あたりで、右足の踏み込みが浅くなっていたわよ」


「……! 見て、いらしたのですか」


「見なくても分かるわ。音が変わったもの」


 セレナは戦慄した。この師匠、クッションに埋もれて寝息を立てていたはずである。


「いい、セレナ。派手な技はあとでいくらでも覚えられるわ。でもね、戦の勝敗を決めるのは、疲れ切った時にも崩れない足腰と、崩れない心よ。……美濃の兵は皆、そうやって鍛えられたの」


「はい、師匠!」


 ◆ ◆ ◆


 朝餉のあと、光の粒子とともにミラ女神が降臨した。今日はやけに分厚い巻物を抱えている。


「ユイさん、お待たせしました! 神界から取り寄せてきましたよ、あなたの【特典明細書】!」


「まあ。ようやく契約書を見せてくれる気になったのね。前世なら、判を押す前に読ませるものだけれど」


「耳が痛い!」


 巻物が、しゅるしゅると広げられた。びっしりと並ぶ、鈴の声と同じ文字列。


 ――特典明細書。付与者、ユイ=ノヒメ(旧名・帰蝶)。総数、十七件。

「一番【絶対魔法適性】。二番【無限魔力炉】。三番【概念武装解放】。四番【超身体能力】。五番【運命改変権限】。六番【異世界知識自動理解】。七番【自動防御結界】……」


「待ちなさい」

 ユイが、ぴしゃりと遮った。


「あの時の鈴の声、確か『概念武装解放、運命改変権限、超身体能力』の順で読み上げていたわよ。この明細書だと、四番が超身体能力で、五番が運命改変権限。順番が違うじゃない」


「…………あっ」


 ミラ女神が、明細書を凝視した。凝視して、青ざめた。

「よ、読み上げ順は『発動準備が整った順』で、明細書は『登録順』でして……あの、あれです、システムの仕様でして……」


「事務が雑なだけでしょう」


「事務が雑なだけです!」


 ユイは深々と溜息をついた。

(この女神様、悪気はないのよね。悪気はないのだけれど……前世の書院にもいたわ、こういう右筆が。花押の順番を間違えて、あわや隣国と一戦交えるところだった子が)


「まあいいわ。続けなさい。八番から先は?」


「はい、八番【万象言語理解】。あらゆる言葉が――ヒトも、獣も、竜も、通じます」


「……ちょっと待って」

 ユイは、ゆっくりと庭を振り返った。


 庭では、聖鶏たちが朝の日課をこなしていた。ばさばさと羽ばたき、こここ、と鳴きながら。

『――今日は五つも産んだ。褒めろ』

『われは六つじゃ。われのほうが偉い』

『昨日から火の加減が良い。腕を上げたな、わし』


「聞こえるううううう! 鶏の会話が丸ごと聞こえるううう!」


「あっ、そういえば八番、昨夜から自動で有効化されてまして」


「昨日から!? 私、朝からずっと『あの鶏たち、やけに自慢げに鳴くわね』と思っていたのよ! 自慢していたのね!? 本当に産卵数を自慢していたのね!?」

(……あわわわ。知りたくなかったわ。いえ、面白いけれど。面白いけれど、今後あの子たちを見る目が変わってしまうじゃない。昨日、村長が卵を取り上げた時に一羽が「返せ」と鳴いていた気がするわ。あれ、本当に「返せ」だったのね)


「……ちなみに、九番から先は?」


「それが、その……見えないんです」


 ミラが明細書の下半分を指差した。九番以降の欄は、真っ白に霞んでいた。

「【段階開示】がかかってます。ある程度、力を使いこなさないと開示されない仕組みで……危ないんですよ、いきなり全部使えると。赤ちゃんに大筒を十七門渡すようなものですから」


「渡した張本人が言うことかしら、それ」


 ◆ ◆ ◆


 その日の昼。空が、割れた。


 ドオオオオオン!


 村人たちが悲鳴を上げて走り回る。ユイはクッションの上で、白湯の椀を置いた。

「……早いわね。女神様の言った『第五軍団長』かしら」


 だが降り立った魔族は、先日のヴォルガードとは、まるで違っていた。

 細身。黒い軍服風の装束。片眼鏡。角は小さく、そして――手には、分厚い書類の束を抱えている。

「お初にお目にかかる。魔王軍第五軍団長、ザガンと申す。本日は戦闘ではなく、調査に参った」


「……調査?」


「先日、当軍のヴォルガードが消息を絶った。現場に残されたのはマントの切れ端のみ。魔力残滓を解析した結果は――『解析不能』」


 ザガンは片眼鏡を光らせ、書類をめくった。


「千年戦争の記録を全て洗ったが、痕跡も残さず軍団長を消した勇者は存在せぬ。よって我が輩は仮説を立てた。これは未知の魔導兵器、あるいは古代竜級の存在による攻撃であると。……そして発生源が、この村と算出された。住民への聞き取りを開始する」


(……あら。珍しいわね)

 ユイは目を細めた。

(猪武者の群れに、一人だけ交じった算盤方。……前世でもいたわ。誰も読まない書付を、それでも書き続ける者が。ああいう手合いが、一番厄介で――そして一番、使えるのよ)


 セレナが剣を抜き、クッションの前に立ちはだかった。

「師匠には指一本触れさせません! 勇者セレナ=ヴァルハラ、参る!」


「ほう。貴様が例の勇者か? だが報告書によれば、ヴォルガードを消した魔力量は貴様の推定五万倍。計算が合わんな」


「ご、五万倍……」


「まあよい。手合わせ願おう。データは多いほど良い」

 ザガンが指を鳴らすと、地面から黒い鎖が無数に噴き出した。セレナが斬り払う。一本、二本――三本目で、腕を絡め取られた。


「くっ……!」


「ふむ。剣速は上位騎士級。だが実戦経験が足りん。鎖の三本目、貴様は目で追ったな? 戦場では、見えぬものから死ぬのだ」


(……あら。いいことを言うじゃない、あの片眼鏡)

 ユイは、ころん、とクッションから転がり出た。這い這いで、のんびりと戦場に向かう。


「し、師匠!? 危険です!」


「セレナ、よく見ておきなさい。――戦は始まる前に八割決まっている、と教えたわね。残りの二割が剣。そして」


 ユイは、ぴ、と小さな指を立てた。

「八割の中身はね、下調べと、人選びよ」


 ザガンの片眼鏡が、赤ん坊を捉えた。瞬間、彼が携行していた魔力測定器が、けたたましい警報を上げ――ぱん、と弾け飛んだ。


「……なんだ、この数値は。桁が、桁が振り切れて――まさか、発生源は、貴様……!?」


「動かないでちょうだい。今からあなたに触れるけれど、消すつもりはないの。……たぶん」


「たぶん!?」


(落ち着いて、私。木の葉の時と同じよ。心を静めて、余計な力を抜く。茶杓で茶をすくうように――消さない。抜くだけ)


 ぽん。


 ユイの小さな手が、ザガンの足先に触れた。

 消滅は、しなかった。代わりに、ザガンの全身から魔力がごっそりと抜け、彼はその場にへたり込んだ。腰の抜けた官僚そのものの姿だった。


「……できたわ。消さずに、力だけ抜けた」 


 ユイは自分の手のひらを見つめ、ふっと笑った。木の葉相手には三回失敗したのに、生きた相手だと一発で加減できるらしい。

(茶の湯より、実戦のほうが向いているのね、私。……前世でそれに気づいていたら、どうなっていたかしら。いえ、やめましょう。物騒だわ)


「ば、化け物……いや、失礼。規格外の御方……我が輩の演算では、貴女の魔力量は魔王様の推定十七倍……こんな存在が理論上あり得るのか……」


 がたがた震えるザガンの前に、ユイはちょこんと座り直した。そして、戦国の姫の顔で言った。


「ザガンといったわね。あなた、うちに来ない?」


「…………は?」


「見ていたわよ、あなたの仕事ぶり。現場を検分し、仮説を立て、記録を取り、うちの弟子の欠点まで正確に見抜いた。魔王軍には、もったいない目利きだわ」


「い、いや、我が輩は魔王軍の軍団長で……」


「その魔王軍、あなたの報告書をちゃんと読んでいるの? 猪武者の群れの中で算盤を弾く者の苦労、私、よく知っているのよ。……私の父も、夫も、そういう者ほど大事にして、天下に手をかけたわ」


 ザガンの片眼鏡が、曇った。


「……よ、読まれておらぬ。我が輩の報告書は、いつも『長い』の一言で突き返される。先月など、渾身の戦力分析表を、第二軍団長が兜の敷物に……」


「まあ、ひどい」


「聞いてくださるか……! この御方は、我が輩の話を、聞いてくださるのか……!」


 三十分後。ザガンは正式に、ユイの家臣第一号となった。役職は軍師見習い兼、記録係兼、哺乳瓶運搬係 (浮遊魔法が使え、【自動防御結界】に弾かれずに済んだためである)。


「せ、拙者……いえ、我が輩、一生ついて参ります!」


「よろしい。では最初の仕事よ。魔王軍には『調査の結果、この村に脅威なし』と報告なさい。……嘘は書かなくていいわ。『村には赤子と鶏しかいなかった』。事実でしょう?」


「じ、事実ですが……その赤子が問題なのでは……」


「報告書はね、ザガン。事実の選び方が九割よ」


「深い……! 我が輩、感服いたした!」


 傍らで、セレナが遠い目をしていた。

(師匠が……敵の軍団長を、三十分で家臣にした……戦わずに……いえ、一回触ったけど……)


 ◆ ◆ ◆


 その頃、遥か北方――魔王城、軍議の間。


「報告します。第五軍団長ザガン、例の村の調査より帰還せず。最後の通信は――『素晴らしい上司に出会えた』でした」


「どういう報告だ、それは!!」


 円卓を叩いたのは第二軍団長ベリアル。兜の下(敷物はザガンの戦力分析表である)で、他の軍団長たちがざわめく。


「ヴォルガードは消滅、ザガンは……何だ、転職か? あの村、一体何がおるのだ」


「調査に出した者が帰らぬのなら、次は――攻めるのみよ」


 玉座へ続く扉の奥から、低い声が響いた。軍団長たちが一斉に頭を垂れる。

 千年戦争は、まだ誰も知らないところで、静かに軋み始めていた。


 ◆ ◆ ◆


 同じ頃、リーフェ村。


「ユイ様ー! ザガン殿が聖鶏の産卵記録表を作ってくださいました! 一羽ごとの成績が一目で分かります!」


「ザガン殿、うちの畑の収穫予測もお願いできるかの?」


「お任せあれ! 我が輩、こういう仕事がしたかったのだ!」


 生き生きと働く元軍団長を眺めながら、ユイはクッションの中で呟いた。


「……静かに暮らしたいだけなのに、なぜか家臣が増えたわ。まあ、いいけれど。人手は多いほうが、村は栄えるもの」


 その足元で、聖鶏が一羽、得意げに鳴いた。

『われの成績、一番上に書いてあるぞ。聞こえるか、人間ども』


「聞こえるのよ、私には。……自慢しに来たのね。はいはい、偉い偉い」


『分かる者がおるとは思わなんだ』


「いるのよ、それが。あわわわ、鶏と会話が成立してしまったわ……」


 ◆ ◆ ◆


 なお、数百年後に編まれた歴史書には、この日のことがこう記されている。

 ――リーフェの聖母、最初の臣下は敵将なり。

一触も交えず、これを降す。

「交えたわよ! 一回触ったわよ!」

 歴史書というものは、いつだって少し大げさである。

お読みいただき、ありがとうございます。

プロローグを含めて、全部で15話のお話しです。

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どうぞよろしくお願いします。

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15話だけなんて悲しすぎる。 もっと読みたいっておもっちゃったよ。
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