↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国姫は静かに暮らしたい 〜転生先が最強だったので、たいへん困っています〜  作者: わっぱるぅ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/15

013 十七番目

 三十日目の朝。


 リーフェ村の広場に、村人が、家臣が、行商人が、旅の者が、そして魔族の民が――五千人が、集まっていた。

 誰も、逃げなかった。


「あわわわ、多いわね。私、こんなに人前に出るのは嫌なのに……」


「師匠、今さらです」

 セレナに背を押され、幼子は天下岩の上に立った。ちょうど正午。空が割れ、白銀の仮面が降りてきた。

『三十日が経過した。三つ目の道とやらを聞こう』

「ええ。その前に一つ、あなたに聞きたいことがあるの」


 ユイは、まっすぐ仮面を見上げた。


「十七番目の特典、何なの? 開示されないのよ。あなたなら見られるでしょう」


 仮面が、ぴたりと止まった。

『…………なぜ、それを聞く』


「一番大事な札は、いつも伏せられているものだからよ。前世の交渉でも、いつもそうだったわ」


 長い沈黙のあと、監査官は答えた。

『――十七番【神格昇格権限】。行使すれば、貴殿は神となる。この世界の理に縛られぬ存在となり、規格外ではなくなる。……当局にとって最も都合のよい解決策である』


 ざわめきが、広場に走った。


『そうだ。神になれば、貴殿は消えずに済む。世界も初期化されずに済む。ただし――神は、世界の内側には住めぬ。貴殿は神界へ移り、この村を、この者たちと、二度とともに暮らすことはできない』


 監査官は、静かに手を差し出した。

『これが、貴殿の「三つ目の道」ではないのか。当局は、それを望んでいる』


 ユイは、その手を、じっと見た。


 ――神になれる。永遠に。誰にも脅かされず、誰にも消されず。前世で駒として扱われた女が、盤を作る側になれる。


「…………ふふ」

 彼女は、笑った。


「駄目よ、そんなの」

『……なぜだ。最も合理的な解である』


「合理的だから、駄目なのよ」

 ユイは、天下岩の下を見下ろした。五千人の顔を。


「私はね、前の世で、天下人の近くにいたの。あの人は、誰よりも高い所へ登ったわ。安土の天主は、天下一の眺めだったでしょうね。……でも、あの人の隣には、最後まで誰もいなかった。高い所は、寒いのよ」


 彼女は、小さな手を胸に当てた。

「私が欲しかったのは、天守閣じゃないの。茶を点てて、誰かが『うまい』と言ってくれる部屋よ。……たった二畳で足りるの。それが、四十八年かけて分かったことなの」


『……では、どうする。回収か、初期化か』


「三つ目、と言ったでしょう」

 ユイは、明細書を広げた。そして、宣言した。


「――十一番【眷属加護】。上限、無し。私はこれを使って、私の特典を、全部分けます」


 空気が、止まった。

『……なに?』


「歪みの原因は、力が一箇所に溜まっていることだったわね。茶碗に湖を注ぐから割れる。――なら、茶碗を五千個、用意すればいいのよ」


 ミラが、悲鳴のような声を上げた。

「ユ、ユイさん! それをしたら、あなたの力は……!」


「ええ。ほとんど残らないでしょうね」

「そんな……! せっかく、あんなに強かったのに……!」


「強かったから、困っていたのよ」


 ユイは、あっさりと言った。

「抱っこもされず、乳母は弾き、木の葉一枚浮かせるのに森を宝石にして、指を動かせば地面が割れて、静かに暮らしたいのに毎月誰かが攻めてくる。……最強なんて、いいことなかったわ」


 そして、にっこり笑った。


「私は最初から、こう言っていたはずよ。――『静かに、のんびり、長生きしたい』ってね」


『……待て。分配とは、具体的に何をするつもりだ』

「言葉の通りよ。――【絶対治癒】は、この世界の医者と薬師たちへ。少しずつ、全員に。誰かの痛みを取る力は、一人が独占するものじゃないわ」

 白い光が、村から、市から、街道から、大陸中へ広がっていく。


「【万象言語理解】は、旅する者と、商いをする者へ。話が通じれば、殺し合いは半分に減るもの」


「【無限蔵】は、農夫と、飢えた土地へ。実りを腐らせない蔵があれば、誰も奪いに行かなくて済むわ」


「【真贋看破】は、市の裁定人と、裁きの席にいる者へ。嘘が見抜ける世界は、少しだけ正直になるでしょう」


「【福音変換】は……そうね、これは全員に薄く。憎まれた時、それを憎み返さずに済むように」


「【超身体能力】と【自動防御結界】は、子供たちへ。転んでも大怪我をしないくらいの、ほんの少しでいいの」


 光は、蝶になった。緋色の光の蝶が、村から溢れ、空を埋め、大陸の隅々へ飛び立っていく。

 人々の中に、静かに、一つ、また一つと灯っていく。


「【絶対魔法適性】と【無限魔力炉】は、魔導士と職人たちへ。……この世界の魔石灯、高くて村では買えなかったのよね。皆が少しずつ魔力を持てば、どの家の窓にも灯りがつくわ」


「【隠形】は、逃げる者へ。追われている子、隠れなければならない女。……前の世で、逃げ場のない者を、私は何人も見送ったの。今度は、隠れられるようにしてあげたい」


「【天翔】は、伝令と、旅の者と、鳥たちへ。報せが早く届く国は、戦になりにくいものよ」


「【概念武装解放】は、返上します。あんな物騒なもの、誰にも要らないわ」


「【星辰掌握】も返上。星は、空にあるべきよ」


「【運命改変権限】は――」


 ユイは、少しだけ間を置いた。

「これは、砕いて捨てます。誰にも渡さない。……人の運命を書き換える力なんて、神様が持っていても、私が持っていても、同じことよ。碌なことにならないわ」


 最後に彼女は、自分の胸に手を当てた。

「【異世界知識自動理解】だけは、私の手元に置いておくわ。……この一年、この特典には随分驚かされたし、随分助けられたもの。鶏の自慢話が分からなくなるのも、寂しいしね」


 そして最後に、十一番【眷属加護】が――役目を終えて、静かに解けた。分けるための器だったものは、分け終われば、もう要らない。


 それは五千の光の粒になって、五千人の頭上を、ゆっくりと通り過ぎていった。


 ――そして、光が、収まった。


 天下岩の上に立っていたのは、ただの、小さな女の子だった。


 監査官が、水晶球を確認した。世界の亀裂が、すうっと消えていく。歪みは、五千万人の中に、一滴ずつ溶けて――どこにも、無くなっていた。

『……規格、適合。世界、安定。……規格外個体、消失。……これは』


「三つ目の道よ」


 ユイは、息を切らしながら、笑った。

「回収でも、初期化でもない。――皆で、少しずつ持つ。私の父が国を獲れたのも、夫が天下に手をかけたのも、結局は同じ理屈だったわ。一人でできることなんて、たかが知れているのよ」


『…………前例が、ない』


「だから言ったでしょう。前例は、作るものだって」

 白銀の仮面が、長いこと、動かなかった。


 やがて監査官は、静かに一歩下がり――そして、初めて、事務的ではない声で言った。

『……四千年、この職務に就いてきた。規格外を消し、世界を初期化し、それが最善だと信じてきた。……三つ目の道を出した者は、貴殿が初めてだ』

 仮面が、わずかに傾いた。頭を下げたようにも見えた。


『……当局の記録に、前例として登録しておく。管理番号一〇八世界、事例名――「分配解」』


「あら。良い名前ね」

『……なお、十七番【神格昇格権限】は、返上手続きが未了である。行使せぬまま、貴殿の手元に残る』


「捨て忘れ?」


『権利である。……いつでも神になれる。だが、ならぬ自由もある。それが、この事例に対する当局の敬意だ』

 白銀の仮面は、光の中に溶けていった。


 ◆ ◆ ◆


 あとに残されたのは、静かな昼下がりと、五千人の呆然とした顔と、天下岩の上でへたり込む一歳の幼子だった。

「……ふう。疲れたわ」


 その時。


 村人の一人が、そっと近づいてきた。養母のリリアだった。彼女は震える手を伸ばし――そして、初めて、幼子を抱き上げた。


 結界は、もう働かなかった。


「……あ」

 ユイの目が、大きく見開かれた。


「……抱っこ、できるわ」

「はい……! はい、ユイ様……!」


「……あわわわ。だ、駄目よ、泣かないで。私まで泣くじゃない。あわわわわ」

 泣いた。生後十三ヶ月の元・戦国の姫は、生まれて初めて、人の腕の中で、赤ん坊らしく泣いた。


 五千人が、それを見て、一斉に泣いた。

 なお、この日の記録を残そうとしたザガンの片眼鏡は、涙で曇って何も見えず、後に「本日の記録、なし。理由、感涙」とだけ書かれた報告書が残っている。彼の千年の官僚人生で、唯一の白紙報告であった。


 ◆ ◆ ◆


 数百年後の歴史書には、こう記されている。

 ――聖母、その力を悉く民に分かつ。神となる権を得て、これを用いず。曰く「高い所は寒い」と。

「今回は、一言一句そのままね。誰かしら、聞いていたのは」

 歴史書というものは、いつだって少し大げさである。だがこの一行だけは、大げさにする必要が、どこにもなかった。

お読みいただき、ありがとうございます。

いよいよ次回、最終回となります。

ご評価⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️、リアクション、ブックマーク頂けますと執筆の励みになります。

どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。