↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国姫は静かに暮らしたい 〜転生先が最強だったので、たいへん困っています〜  作者: わっぱるぅ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/15

012 天から、役人が来る

 停戦十月目。リーフェ村は、もはや村ではなかった。


 人口五千。人間と魔族が同じ通りを歩き、同じ卓で飯を食い、同じ市で値切り合う。人間の大工と魔族の石工が組んで家を建て、聖鶏は三百羽に増え(全羽が自慢し合うので、朝は大変うるさい)、天下岩には毎日行列ができた。

 王国は「あそこは課税できぬ土地」と諦め、魔王軍は「あそこは攻めると就職する土地」と恐れた。


「……ふふ。悪くないわね」


 竜の背の座布団で、ユイは市を見下ろしていた。生後十三ヶ月。ようやく歩けるようになり、話す言葉も年相応に――ならなかった。中身が四十八歳なので、当然である。


「師匠! 本日の稽古、終わりました!」

 駆けてきたセレナは、もう「勇者候補」ではなかった。王国が正式に叙任した勇者であり、三傑の剣を受け継ぎ、村の門を守る若き守護者である。


「セレナ、いい太刀筋になったわね。……あと半年もすれば、私がいなくても、この村は守れるでしょう」

「な、何を言うのです。師匠がいない村なんて――」


「たとえ話よ。……たとえ話」


 その時。

 空が、割れた。竜の翼でも、魔族の襲来でもない。もっと静かで、もっと決定的な割れ方だった。

 白い光。そして、白銀の仮面。


『――管理番号一〇八世界。当該世界の規格外個体、ユイ=ノヒメ』


 声は、耳ではなく、頭蓋の内側に直接響いた。市の全員が動きを止め、聖鶏さえ鳴くのをやめた。

 降りてきたのは、灰色の法衣に白銀の仮面をつけた人影。神々しさは、ない。ただ、事務的だった。


「……あなた、誰?」


『神界・世界管理局、上位監査官。名は不要である』

 その背後で、光の粒子とともにミラが転がり落ちてきた。顔面蒼白で、両手には抱えきれないほどの書類を持っている。


「ユイさん! 逃げて――いえ、逃げられないんですけど! あああ、私が止められなくて!」


『担当女神ミラ。職務放棄と事務過失により、既に減給三千年の処分中である。黙っていろ』

「減給三千年!?」


『通告する』

 監査官の仮面が、赤ん坊に――もとい、幼子に向けられた。


『個体ユイ=ノヒメ。転生時に付与された十七件の特典は、本来この世界の規格上限を大幅に超過している。原因は当局の測定機器故障および担当女神の事務過失。……つまり、当局の不手際である』


「あら。認めるのね、それは殊勝だわ」


『事実は事実である。だが、原因が当局にあることと、結果を放置してよいことは別だ』


 監査官が指を鳴らすと、空中に光の図が展開した。世界の形をした水晶球。その表面に、蜘蛛の巣のような亀裂が走っている。


『これが当該世界の現状だ。貴殿が概念改変を行使するたび、世界の理に歪みが蓄積する。荒野を沃野に変える。神話の竜を従える。山を消す砲撃を素手で受ける。……いずれも、この世界には「あってはならない出来事」だ』


 村人たちが、ざわめいた。


「そ、そんな……ユイ様は良いことしかしておらん!」

『善悪は問うていない。器の話をしている。……茶碗に、湖の水を注げばどうなる。茶碗が割れるであろう』


 その一言に、ユイは黙った。


 監査官は、淡々と続けた。

『規定により、選択肢は二つ。一、規格外個体の回収――すなわち、貴殿の魂の抹消。二、世界そのものの初期化。……三十日後、いずれかを執行する』


「「「初期化!?」」」


「そ、それはつまり、この世界を作り直すということですか!?」

『そうだ。住民の記憶、歴史、文明。全て白紙に戻る。人も魔族も、また一から千年戦争を始めるだろう』


 市が、静まり返った。


 その静寂の中で、ゾルドが(ちょうど階段修繕に来ていた)大戦斧を掴んだ。バルガスが立ち上がった。フェンリアが牙を剥いた。セレナが剣を抜き、ザガンが震える手で演算を始め、村人たちが鍬を握り、竜が唸り、聖鶏が三百羽、一斉に火を吹いた。


 誰も彼もが、幼子の前に立ちはだかった。


「……あら」

 ユイは、目を丸くした。


『無駄である。私は概念上の存在だ。この世界の何者にも触れられぬ』


「そうでしょうね。……皆、下がりなさい」


「し、師匠!」

「下がりなさい。……大丈夫よ」

 ユイは、監査官の前に、ぽつんと一人で進み出た。そして、まっすぐに仮面を見上げた。


「一つ聞かせて。あなた、私を消したいの?」

『……質問の意図が不明である』


「意図も何も、そのままの意味よ。あなた自身は、どうしたいの?」

 仮面が、わずかに揺れた。

『……私は規定に従うのみである。前例がない事象には、前例に基づく処理を適用できぬ。ゆえに、除去する。それが最も安全である』


「前例がないから、消す。……ふうん」

 幼子は、小さく笑った。まるで、可愛い子供を見るような笑い方だった。


「あなた、お役人としては優秀ね。でも、そこが限界よ」

『……なんだと』


「前例なんてね、作るものなの。私の父は油売りから国を獲ったわ。前例なんてなかった。私の夫は、寺を焼き、市を開き、家柄も出自も関係なく人を使った。全部、前例がなかったのよ。……お陰で二人とも、随分嫌われたけれどね」


 ユイは、指を一本立てた。

「三十日、待ちなさい。その間に私が、三つ目の道を出してみせるわ。回収でも、初期化でもない、三つ目を」


『……不可能である。規定に三つ目の選択肢はない』

「なら、規定に無い手を指すだけよ。――将棋も、そうやって勝つの」


 白銀の仮面は、長いこと沈黙した。

『……三十日。それ以上は待たぬ』

 そして、光とともに消えた。


 ◆ ◆ ◆


 その夜。誰もが押し黙る中、ユイは明細書を広げていた。


「女神様。十七番目は、まだ開示されないの?」

「それが……何度確認しても『開示不能』としか。上位権限がないと見られない項目のようで……」


「ふうん。……十六番まで、全部並べてみて」

 一番【絶対魔法適性】。二番【無限魔力炉】。三番【概念武装解放】。四番【超身体能力】。五番【運命改変権限】。六番【異世界知識自動理解】。七番【自動防御結界】。八番【万象言語理解】。九番【無限蔵】。十番【隠形】。十一番【眷属加護】。十二番【絶対治癒】。十三番【天翔】。十四番【真贋看破】。十五番【星辰掌握】。十六番【福音変換】。


「……歪みの原因は、力の大きさではないわ」

 ユイは、ぽつりと言った。


「一人に集まっていることよ。茶碗に湖を注ぐから割れるの。――なら、注ぐ先を増やせばいい」

「え……?」


「十一番。【眷属加護】。……上限は、無いのよね?」

 ミラが、明細書を落とした。

「ま、まさか……ユイさん、あなた、まさか……」


「ふふ。ようやく分かったわ、女神様。なぜ私にこんな特典が十七件も付いたのか」


 幼子は、星空を見上げた。美濃の山で見たのと、同じ星空を。

「――私一人が、最強になるためじゃないのよ……」


 ◆ ◆ ◆


 数百年後の歴史書には、こう記されている。

 ――天より役人下り、聖母に消滅を命ず。聖母、答えて曰く「前例は作るもの」と。

「あの時は、内心あわわわだったのよ。誰も知らないでしょうけど」

 歴史書というものは、いつだって少し大げさである。だが、この一行だけは、彼女の顔つきそのままだったという。

お読みいただき、ありがとうございます。

プロローグを含めて、全部で15話のお話しです。

ご評価⭐️⭐️⭐️⭐️⭐️、リアクション、ブックマーク頂けますと執筆の励みになります。

どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。