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戦国姫は静かに暮らしたい 〜転生先が最強だったので、たいへん困っています〜  作者: わっぱるぅ


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12/15

011 動く大聖堂と、世界一おいしい敗北

 王都の大聖堂、深夜。

 千の蝋燭に照らされた大礼拝堂に、枢機卿グラトニオの声が響いていた。


「献金、前年比マイナス三割! 原因は辺境の村に立った市! 人と魔族が同じ鍋をつつき、信徒どもは『魔族にも家族がいる』などと抜かし始めた! ――戦が止まれば、教会は痩せる! 諸君、答えは一つである!」


 枢機卿が錫杖を、だん、と突いた。


 大聖堂の床が、十字に割れた。

 鎖が軋む。鐘が鳴る。聖歌隊が歌い出す(こういう時のために常駐している)。地の底から、荘厳な光とともに「それ」がせり上がってきた。


 全長二百メートル。百の車輪。船体は白亜の聖堂そのもので、尖塔は天を突き、船首には一撃で山を消し飛ばす巨大な聖十字砲。教会が千年分の献金を注ぎ込んだ、対魔王決戦兵器。

「――《ゴッドハンマー号》、起動! 目標、リーフェ村! 魔族も、魔族と通じた人間も、まとめて焼き払え! 聖戦じゃああああ!」

 鐘の音を汽笛代わりに、動く大聖堂が、夜の王都を出撃した。


 ◆ ◆ ◆


 三日後の朝。リーフェ村、物見台。

「ユイ様ああああ! 西の街道! で、で、伝説の決戦兵器、ゴッドハンマー号です! 聖騎士団三万を引き連れ、こちらに直進中!」


 ザガンの片眼鏡が砕けた(今月六個目)。遠眼鏡を覗いたセレナも息を呑む。地平線の向こうから、白い聖堂が土煙を上げて走ってくるのだ。悪夢のような光景だった。


「教会って、聖堂まで歩かせるのね……信仰に足が生えているわ」

「感心してる場合ですか師匠! 到着まで二刻! 命令は『皆殺し』です!」


 村がざわめく。ユイは白湯を一口すすり、落ち着き払って指を三本立てた。


「慌てない。相手は三万の兵と、大きな的が一つ。……いい、みんな。今日の戦は三段構えよ」


「三段構え?」


「一の矢、看板。二の矢、匂い。三の矢は――私。それだけで終わるわ」


「「「看板と匂い!?」」」

(……ちなみに、頭は今も余計なことを教えてくるのよ。『聖十字砲、出力推定・山岳消滅級』ですって。知りたくないわよ、そんな数字。あわわわ)


 ◆ ◆ ◆


 二刻後。ゴッドハンマー号は、村の門前五百メートルで停車した。

 甲板の枢機卿が進軍を止めた理由――それは門前に立てられた、巨大な看板だった。


 《ようこそ教会ご一行さま 本日「聖騎士団感謝祭」開催中 芋煮・卵ぷりん・聖鶏の串焼き、先着三万名さま無料》


「……は?」


「す、枢機卿様。あの『無料』というのは」

「た、たわけ! 敵の施しなど、罠に決まっておる!」


 その時、風向きが変わった。二の矢――村中の竈で朝から仕込んでいた、三万人前の芋煮の匂いが、追い風に乗って軍勢を正面から直撃したのである。


 ぐうううううう、と。


 三万の腹の音が、地鳴りのように平原に響いた。三日間、行軍用の硬パンしか食べていない兵たちである。


「た、隊長……自分、限界であります……」

「馬鹿者、堪えろ! 我らは聖騎士……ああだめだ、串焼きの匂いまでしてきた……」


「ええい、軟弱者どもが! ――こうなれば問答無用! 聖十字砲、最大出力!」


 船首の巨砲が展開する。聖堂の尖塔が倒れて砲身と連結し、ステンドグラスが輝き、収束していく白い光が、平原を真昼より明るく照らした。山を消す一撃。射線の先には門、市、村人たち。


「撃ええええええい!」


 白い奔流が、大地を裂いて走った。

 ――その光の中へ、緋色の点が一つ、正面から飛び込んでいった。


 災厄竜ヴェルドラノス。その頭の上に仁王立ちする赤ん坊。逆巻く光を正面に受けて、ユイ=ノヒメは、小さな右手を、すっと前に出した。


「三の矢。――いくわよ」


 ずん、と。

 山を消す聖なる砲撃が、赤ん坊の手のひら一枚に受け止められた。光の奔流が手のひらの上で渦を巻き、空へ、巨大な光の柱となって逸れていく。


「そもそも、ね」


 ユイは、渦巻く光を見上げた。

「これ、『聖なる光』なんでしょう? 澄んでいて、温かくて、良い光だわ。――なら、裁きに使うのは、間違いよ」


 彼女が手のひらを、ぱん、と天に返した瞬間。


 光の柱が、弾けた。

 空一面に光の粒が花火のように広がり、雪のように降りはじめる。祝福の雨だった。浴びた聖騎士たちの行軍の傷が癒え、疲れが抜け、古傷が消え、枢機卿の痛風までもが完治した。


「「「砲撃が……祝福に、なった……」」」


「十六番【福音変換】、開示されました! 向けられた悪意ある力を、そっくり祝福に変える特典です!」


「便利すぎない!? もっと早く教えてほしかったわ!」

「開示条件が『相手の力を憎まずに受け止めること』だったので……ユイさん、今、本気で『良い光ね』って思いましたよね」


「思ったわよ。だってきれいだったんだもの」


 三万人が、降る光を、ぽかんと見上げていた。戦場が一瞬で、光の花畑になっていた。


「さて。次は、あなたの番よ」


 ユイの視線が、ゴッドハンマー号そのものに向いた。ちょん、と指が鳴る。

 鋼鉄の大聖堂が光に包まれ、変形が始まった。

 聖十字砲の砲身が、ぐるりと天を向いて――巨大な煙突に。祈祷用の長椅子が、ずらりと並ぶ食卓に。


パイプオルガンは厨房の竈に組み変わり、パイプの一本一本から芋煮の湯気が音階付きで噴き上がる。鐘楼の鐘は「開店の鐘」に。ステンドグラスはそのまま(綺麗だったので)。そして船体に輝く『大聖堂』の文字は、光の中で一文字だけ、書き換わった。


 《移動大食堂 ゴッドハンマー亭》


「「「大聖堂が、大食堂にいいいいい!?」」」


「一文字違いよ。惜しかったわね」

「何がですか!?」

 開店の鐘が、ごーん、と鳴った。煙突から湯気が上がり、感謝祭が始まった。


 ◆ ◆ ◆


「な……儂の、儂の決戦兵器がああああ! おのれ悪魔の赤子! この落とし前、どう付ける!」


 一人喚く枢機卿の前に、ユイはてくてくと歩み寄った。

(……前世でも見たわ、こういう手合い。仏の名を掲げて関所を作り、山に矢倉を組んだ坊主たち。あの山は、結局、燃えた。焼いたのは私の夫よ。……私は、あの火を美しいとは思えなかった。だから私は、焼かない)


「落とし前は、そちらの台詞よ。――ザガン!」


「はっ! 拡声魔道具、入ります! ……聖騎士団の皆さーん、お食事中のところ耳寄り情報でーす! こちら、メディチ商会経由で入手した教会の裏帳簿ー! 枢機卿グラトニオ猊下、聖戦寄進金より私的流用、金貨三十七万枚ー! 内訳、別荘七棟、宝石多数ー! なお皆さんのお給料が三月遅れている理由は、八棟目の頭金でーす!」


 三万人が、椀を持ったまま、ゆらりと立ち上がった。


「「「……猊下ぁ?」」」

「ひっ……ち、違う、それは教会の運営に必要な……お、おい、待て、貴様ら、儂は枢機卿だぞ、近寄るな、話せば分か――」


 その後の枢機卿の消息を、歴史書は多くを語らない。ただ「聖衣に無数の靴跡ありき。以後、ゴッドハンマー亭の皿洗い場にて、その姿が長く目撃さる」とだけ記されている。


 ◆ ◆ ◆


 夕暮れ。元・決戦兵器の食堂は、三万人の客で満席だった。


 元・聖騎士たちが、魔族の給仕から椀を受け取っては、気まずそうに「……どうも」と頭を下げる。相席になった魔族と人間が、無言で塩を回し合う。パイプオルガンの竈が、湯気で聖歌を奏でている。


「師匠……結局今日も、誰も死にませんでしたね。三万の聖戦だったのに」

「ええ。看板と、匂いと、私。三段構え、予定通りよ」

「最後の『私』の規模だけ、予定を超えてました。山を消す砲撃を片手って……」


「あら、あれでも加減したのよ? 全力で受けたら光ごと握り潰してしまって、花火にできなかったもの。――せっかくの綺麗な光は、活かさないとね。戦も、人も、同じよ」

(……なんて格好をつけたけれど。手のひら、実はちょっとだけぽかぽかしたのよね。さすが千年分の献金の光。温泉くらいの威力はあったわ。……献金、恐るべし)


 ◆ ◆ ◆


 その夜、魔王城。

「報告します! 教会の決戦兵器ゴッドハンマー号、リーフェ村を攻撃! 結果――兵器は食堂になり、砲撃は花火になり、聖騎士三万は魔族と相席で夕食中! 枢機卿は皿洗いです!」


「「「人間側も就職したぞ!?」」」

「もはやあの村、攻めた者から順に幸せになる仕組みでは……」


 ざわめく軍議の間の奥、玉座の魔王は報告書を眺め、静かに笑っていた。

(山を消す光を、花火に変えるか。……赤子よ、約束の一年、残り九月。余の千年戦争は、どうやら余の知らぬ形で終わりに向かっておるようだな)


 ◆ ◆ ◆


 数百年後の歴史書には、こう記されている。

 ――史上最大の聖戦、死者なくして半日で終わる。決戦兵器は大陸一の食堂と成り、山を消す聖砲は、以後毎週日曜、祝福の花火として村の空に咲き続けたり。世にこれを「最も美味なる聖戦」と呼ぶ。

「聖戦に『美味なる』って付けたの、誰なのよ。……センスは、認めるけど」

 歴史書というものは、いつだって少し大げさである。だがゴッドハンマー亭の芋煮定食だけは、どれだけ大げさに書いても書き足りなかったという。

お読みいただき、ありがとうございます。

プロローグを含めて、全部で15話のお話しです。

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どうぞよろしくお願いします。

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