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戦国姫は静かに暮らしたい 〜転生先が最強だったので、たいへん困っています〜  作者: わっぱるぅ


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009 村に、市が立つ

 停戦(非公式・賭け将棋による)一年目、最初の朝。

 ユイ=ノヒメは、村の全員を広場に集めた。竜の背の緋色の座布団から、生後五ヶ月の総大将が一同を見下ろす。


「皆、聞いてちょうだい。私、千年戦争を終わらせることにしたわ」

「「「ええええええ!?」」」


「期限は一年。理由は将棋に勝ったから」

「「「理由が軽い!!」」」


「重いのよ、これが。負けていたら全面戦争だったの」

(……いえ、冷静に考えたら、私も大概ね。千年戦争の行方を将棋一局に乗せる女って何? 父上でもやらないわよ、そんな博打。……ああでも、父上ならやるかも。国を油売りから始めた人だもの。血ね。蝮の血だわ)


「まず手始めに、この村に市を立てます」

「市、でございますか?」


「ええ。掟は三つ。一つ、誰が売ってもいい。座も株もいらない。二つ、村に入る者から通行料は取らない。三つ、武器は村の門に預けること」


 ザガンが目を丸くした。


「お、驚きました。関所を設けず、座の特権も認めぬとは……商人にとっては夢のような市ですが、村は儲かりませんぞ?」


「儲かるのよ。……いいザガン、よく聞きなさい。関所で銭を取れば、商人は来なくなる。座を許せば、値は吊り上がる。どちらも、目先の銭のために、村の未来を食べているの」


 ユイは小さな指を立てた。

「人と物が集まれば、村は勝手に富むわ。取るべきは通行料ではなく、賑わいそのもの。――前の世で、私の夫がやったことよ。彼はそれを『楽市楽座』と呼んでいたわ」


「らくいち、らくざ……!」

(……ふふ。あの方の政のうち、私が一番好きだったのがこれなのよね。首を刎ねるのは好きになれなかったけれど、市を開くあの方の顔は、少年のようだったもの)


 ◆ ◆ ◆


 一月後。リーフェ村は、すっかり様子を変えていた。


 村の目抜き通りには五十軒の店棚が並び、卵とぷりんを目当てに王都からの行商人が列をなす。宿ができ、両替商ができ、夜には魔石灯が灯る。人口は三倍になった。


 そして、その市の裁定人席に、赤ん坊が座っていた。


「――さて、次の訴えは」

「聖母様! この薬売り、『万病に効く霊薬』と称してこれを金貨五枚で! 飲んだら腹を下しました!」

「な、何を言う! これは古代の秘薬で……」

 ユイは、その小瓶をちらりと見た。


 ――【真贋看破】。中身が、頭の中に流れ込んでくる。

「泥水に、蜂蜜と、乾かした苔。原価、銅貨二枚。……ついでに言うと、あなたが着ている『高名な薬師の証』の外套も偽物ね。糸の織り方が三十年新しいわ」


「なっ……なぜ分かる!?」

「なぜかしらねえ。私も知りたいわ」

(あわわわ、また出たわ。十四番【真贋看破】……昨日、ミラに開示されたばかりなのに、もう手放せない。だって物の真贋も、値も、産地も、勝手に頭に浮かぶのよ。これ、市の裁定人には便利すぎるわ。ずるいくらい)


「返金なさい。それと、この村では二度と売らせません。……ああ、待ちなさい。あなた、薬を混ぜる腕自体は悪くないわね。苔の乾かし方が丁寧だわ。真面目に作れば、ちゃんと売れる薬になるわよ」


「……え」

「腕はあるのに、楽をしようとしたから偽物になったの。もったいないわ。――一から作り直して、また来なさい。その時は、私が最初の客になってあげる」


 薬売りは、泣きながら村を出ていった。三月後、本物の傷薬を背負って戻ってくることになる。


 ◆ ◆ ◆


 その夜。ミラが明細書を手に、深刻な顔で降臨した。


「ユイさん、あの……気づいてます? 村の人たち」

「なに?」


「村長さん、今年で八十七歳ですよね。今日、屋根に登ってました。リリアさんは重い荷を軽々運びますし、村の子供たちは風邪一つひきません。……十一番【眷属加護】です。あなたが『わが家中』と認めた者は、少しずつ強く、健やかになる特典なんです」


 ユイは、白湯の椀を止めた。


「……勝手に? 私、何もしていないわよ」

「認めるだけでいいんです。あなたが心の中で『この人はうちの者』と思った瞬間から、加護が流れ込む仕組みで……ちなみにザガンさん、魔王軍にいた頃より二倍強くなってます」


「二倍!?」


「バルガスさんは一・八倍。セレナさんに至っては……ええと、四倍」


「四倍!?」


 庭で素振りをしていたセレナが、ぎょっとして振り返った。

「四倍!? だから最近、フェンリア殿の稽古についていけるように……!?」


「あーっ、道理で! 私の稽古が急に楽になったと思ったら、貴様、水増しか!」

「水増しって言い方! 私、毎日死ぬ気で振ってます!」


 ユイは、自分の小さな手のひらを、じっと見つめた。

(……力は、独り占めすると腐るのよね。父上はそれで身内に討たれ、信長様も同じ道を辿った。……でもこの特典は、独り占めできない。分ければ分けるほど、皆が強くなる)


「……ふふ。悪くないわ、これ」

「ユイさん?」


「なんでもないの。――ねえ女神様。これ、上限はあるの? 何人まで加護を分けられるのかしら」


「え? ええと……明細書には、『上限なし』としか」

「そう。……上限なし、ね」


 赤ん坊は、静かに笑った。この時、彼女の頭の中には、まだ形になる前の、ある考えが浮かんでいた。それが世界を救うことになるとは、本人もまだ知らない。


 ◆ ◆ ◆


 その頃、魔王城。

「――報告。例の村に市が立ち、我が領の民が、こっそり買い物に通っております。人間の卵と、ぷりんとやらを求めて」


「なんだと! 敵地で買い物だと!? けしからん! ……ちなみに、それは、うまいのか」


「……はっ。自分も、その、先日一つ……」

「軍議の間で食うな!!」


 玉座の魔王は、報告書を眺めて笑いを噛み殺していた。

(市を開いて、境を溶かすか。……余の駒を、一枚ずつ盤から下ろしていきよる。赤子よ、残り十一月、どこまで行く気だ)


 ◆ ◆ ◆


 数百年後の歴史書には、こう記されている。

 ――聖母、辺境の一村に市を開く。関を設けず、座を許さず。人と物、天下より集まり、村は三年で都と成れり。

「三年もかかっていないわ。一年よ」

 歴史書というものは、いつだって少し大げさである。ただしこの件については、控えめすぎたという説が有力である。

お読みいただき、ありがとうございます。

プロローグを含めて、全部で15話のお話しです。

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どうぞよろしくお願いします。

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