9話 戦争の亡霊
木星を離れてから3ヵ月
アーク・ノヴァは順調な航行を続け、太陽系外縁部へ到達していた。
窓の外では、太陽はすでに明るい星の一つに過ぎない。
乗員たちは、この静かな日常がいつまでも続くものだと思い始めていた。
中央作戦室。
大型スクリーンには、太陽系外縁部の立体星図が映し出されている。
アレックス、玲奈、そして遼の三人は、今後の航行ルートを検討していた。
「このまま予定どおり航行すれば、一年後にはオールトの雲を抜ける。」
玲奈が航路を示す。
遼は別の案を表示した。
「こちらを通れば航行距離は少し伸びるが、微小天体との衝突リスクは下がる。」
アレックスは腕を組んだ。
「安全を優先しよう。」
「8年の航海だ。急ぐ理由はない。」
二人もうなずいた。
その頃、それぞれの乗員は持ち場で仕事をしていた。
真田とイザベルはエンジンの定期点検。
悠斗は通信システムの診断。
エレナは医療データの確認。
ノアは船内全体を監視している。
船は穏やかだった。
食堂。
ひかり、隼人、リサ、ジョンの四人がテーブルを囲んでいる。
「今日のカレー、おいしい!」
ひかりは満面の笑みでスプーンを動かす。
リサが笑う。
「三杯目じゃない?」
「育ち盛りだから!」
隼人が吹き出した。
「十三歳だもんな。」
「そう!」
「中身は十三歳。」
「でも見た目だけ二十五歳。」
「だから食べても太らない!」
ハッサンは穏やかに笑っていた。
「宇宙で食べるカレーも悪くないですね。」
その時、隼人が何気なく言った。
「でも精神年齢は、小学生のままだな。」
「13歳にしても幼すぎるだろ」
「俺の弟8歳だけど ひかりよりしっかりしてるぜ」
ひかりの手が止まった。
「……え?」
隼人は笑ったまま続ける。
「だって、すぐ怒るし。」
「泣くし。」
「甘い物ばっか欲しがるし。」
「子どもそのものだろ。」
ひかりの頬がみるみる赤くなる。
「隼人なんか……。」
立ち上がる。
「大嫌い!」
食堂中に響く声。
「死んでしまえ!」
隼人も慌てて立ち上がる。
「悪かったって!」
「ちょつとからかっただけだろ」
「謝っても許さない!」
リサとハッサンが苦笑しながら止めに入ろうとした。
その瞬間だった。
船内に鋭い警報音が鳴り響く。
《警報。警報。》
《高エネルギー反応を探知。》
《未知の人工物を確認。》
食堂の空気が一変する。
全員が表情を引き締めた。
ブリッジ。
「映像を出せ!」
アレックスの声が響く。
前方スクリーンに、巨大な黒い構造物が映し出される。
直径およそ四キロメートル。
無数の砲塔。
回転するリング構造。
長い年月を宇宙空間で漂っていたため、外壁には隕石の傷跡が無数に刻まれている。
ノアが解析を開始する。
「データベース照合中……。」
数秒後。
静かな声が流れた。
「識別完了。」
「自動戦闘要塞《ガーディアンⅣ》。」
玲奈が息をのむ。
「そんな……。」
遼も画面を見つめたまま動けない。
ノアが続ける。
「三十年前に発生した火星軍・地球軍宇宙戦争で運用されていた無人戦闘要塞です。」
「終戦後、行方不明になった機体と一致します。」
アレックスの表情が険しくなる。
「まだ動いていたのか……。」
「はい。」
ノアの声に緊張が混じる。
「長期間待機モードでしたが、本艦を敵性目標と認識しました。」
次の瞬間。
要塞の砲塔が一斉にこちらへ向きを変える。
真紅の光が砲口に集まり始めた。
ノアが叫ぶ。
「警告!」
「敵要塞、主砲充填開始!」
「予測、七秒後に攻撃!」
アレックスは即座に立ち上がる。
「総員、戦闘配置!」
穏やかな恒星間航海は終わった。
人類初の恒星間探査船アーク・ノヴァは、出発以来初めて、本物の戦闘に巻き込まれようとしていた。




