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86話 新たな仲間


「やった! 見つけた! やっぱりあった!」


作業室に悠斗の歓声が響き渡った。

何日も徹夜を続け、設計図の隅々まで調べ尽くした悠斗は、ついに探していたものを見つけたのだ。


「こんなところに隠してあるとは……。これを仕掛けた奴は天才か?」


モニターに映し出されているのは、MRHM155opBの制御プログラム。その深い階層に、巧妙に偽装された小さなプログラムが潜んでいた。

アークノヴァから重要な情報を外部へ送信するための、スパイプログラムだった。

船内の通信記録、航行データ、技術情報。さらには、乗組員の行動記録まで収集できるように設計されている。


「堀内の奴……。最初からこれが目的だったのか」


悠斗は画面を睨みつけた。

堀内は、おそらく世界一のハッカーを探し出し、このプログラムを仕込ませたのだろう。単純な罠ではない。通常の検査では見つからず、起動後も正規の制御プログラムに紛れて動作する。

見つけた者がいたとしても、誤って本体の制御系を破壊するような仕掛けまで用意されていた。


「なるほどな。普通なら見逃す。見つけても、下手に触れば大変なことになる……か」


悠斗は不敵に笑った。


「でも、相手が悪かったな」


世界一のハッカーを相手にするつもりで罠を仕掛けたのだろう。

しかし、悠斗もまた並外れた技術を持つ男だった。

しかも、彼には誠という頼もしい相棒がいた。


「誠、そっちの解析はどうだ?」


「問題ない。怪しい通信経路は全部洗い出した。これなら安全に切り離せるはずだ」


「よし。スパイプログラムを消去する。制御系統は独立させて、新しい起動プログラムに書き換えるぞ」


「了解!」


二人は最後の作業に取りかかった。

悠斗がスパイプログラムを完全に消去し、誠が制御系統の整合性を確認する。続いて悠斗が新しい起動プログラムを組み込み、誠が最終チェックを行った。

何度も確認を繰り返し、ようやく画面に表示されたのは、緑色の文字。


《ALL SYSTEMS READY》


「……終わった」


誠が椅子の背もたれに体を預けた。

悠斗はしばらく画面を見つめたあと、ゆっくりと立ち上がった。


「ありがとう、誠。お前がずっと手伝ってくれたおかげだ。これで完成だ」


「いや、こっちこそ。お前がいなかったら、あの仕掛けは見つけられなかったよ」


二人は顔を見合わせ、固く手を合わせた。

そして悠斗は、最後のエンターキーを叩いた。

カチッ。


《起動待機状態に移行しました》


「よし。あとは起動するのを待つだけだ」


「……なあ悠斗」


「なんだ?」


「祝杯だ!」


悠斗は時計を見た。


すでに何日もまともに眠っていない。目の下には濃い隈ができ、二人とも椅子に座っているだけで意識が飛びそうだった。


「……イイね」


二人は作業室の隅から飲み物を取り出した。


「完成を祝して!」


「乾杯!」


カチン、と軽い音が作業室に響く。

一口飲んだところで、誠が大きなあくびをした。


「……ちょっとだけ、横になるわ」


「おう。俺も……起動したら……起こして……」


悠斗の言葉は、最後まで続かなかった。

二人はそれぞれ椅子と簡易ベッドに倒れ込むようにして眠ってしまった。

爆睡である。

作業室には、静かな機械音だけが残された。

そして数分後。


《起動条件確認。システムを開始します》


電子音が鳴った。

ゆっくりと、機械の内部で駆動音が響き始める。

指先が動いた。

まぶたが開く。

そして、一人の少女が目を覚ました。


「……起動、しました」


少女はベッドから静かに立ち上がった。

白を基調としたメイド服。整った顔立ち。長い髪。見た目は十五歳くらいの少女にしか見えない。

彼女は眠り込んでいる悠斗と誠を見つめた。


「……マスター?」


返事はない。

二人とも、深い眠りの底に沈んでいる。

少女は少し首を傾げたものの、起こすことはしなかった。

そして二人の間をそっと通り抜け、作業室の扉へと向かった。

自動ドアが開く。

少女は、初めてアークノヴァの船内へと足を踏み出した。


少女が船内を歩き始めてしばらくした頃。

通路の向こうから、エレナがやってきた。


「あら?」


見知らぬ少女の姿に気づき、エレナは足を止めた。


「あなた、誰?」


少女はその場で立ち止まると、丁寧に頭を下げた。


「私は、メイドロボットの星美です」


「メイドロボット?」


エレナは思わず少女の顔をまじまじと見た。

肌の質感も、表情の動きも、呼吸をしているように見える胸の上下さえも自然だった。

どこからどう見ても、人間の少女である。


「えっ……。ロボットなの?」


「はい」


「どこから来たの?」


星美は少し考えるように沈黙した。

そして、困ったように答えた。


「……わかりません」


「わからない?」


「はい。自分がどこから来たのか、以前どこにいたのか、私にはわかりません」


エレナは眉を寄せた。

どうやら、この子自身にも自分の出自がわからないらしい。

星美は、そんなエレナを見上げた。


「ですが、私はメイドです。何か言いつけていただければ、何でもやります」


そう言って、ぺこりと頭を下げる。

その仕草が、あまりにも自然で、そしてかわいらしかった。

エレナは思わず笑顔になった。


「あなた、いい子ね」


「ありがとうございます」


「みんなのところへ行きましょう。ちょうど食堂に集まっている時間だから」


「かしこまりました」


星美はエレナの隣に並び、歩き始めた。

その歩き方まで、まるで本物の少女だった。

食堂では、遼たちがいつものように食事をしながら談笑していた。

そこへエレナが入ってくる。


「みんな、ちょっといい?」


「どうした、エレナ?」


遼が顔を上げた。


「紹介したい子がいるの」


エレナが横へ一歩ずれる。

その背後から、星美が姿を現した。


「初めまして。私はメイドロボットの星美です。よろしくお願いいたします」


星美は丁寧にお辞儀をした。

一瞬、食堂が静まり返る。


「……え?」


ひかりが目を丸くした。


「ちょ、ちょっと待って。ロボット?」


「はい」


「ええっ!? どう見ても人間じゃない!」


ひかりは椅子から身を乗り出した。

星美はそんなひかりを見て、にっこりと微笑んだ。


「ひかりさんも、とても可愛いです」


「えっ!?」


ひかりの顔が一気に赤くなった。


「そ、そんな……! いきなり褒められると照れるじゃない!」


「事実を申し上げただけです」


「うわあ……。この子、破壊力がすごい……」


ひかりは両手で頬を押さえた。

その様子を見て、遼が苦笑する。


「なるほどな。悠斗と誠が作業室にこもっていたのは、この子を作っていたからか」


「たぶんそうね」


玲奈が星美を見つめた。


「それにしても、ずいぶん精巧なのね……」


「お人形さんみたい!」


ひかりはすでに星美の周りをぐるぐる回っていた。


「髪もきれいだし、肌もすべすべしてそうだし……。ねえ、触ってもいい?」


「はい。ですが、あまり強く引っ張らないでください」


「引っ張らないわよ!」


ひかりが星美の髪にそっと触れる。


「……本当に人間みたい」


「ありがとうございます」


星美は微笑んだ。

そのとき、イザベルが手を挙げた。


「ねえ、星美ちゃん」


「はい、イザベルさん」


「私の部屋、掃除してくれない?」


「かしこまりました」


星美は即座に頭を下げた。


「それでは、ご案内をお願いいたします」


「いいわよ。こっち!」


イザベルは満足そうに立ち上がった。

星美は彼女の後ろを、ちょこちょことついていく。


「ねえ、星美ちゃん。お掃除は得意なの?」


「はい。清掃業務は、私の基本機能の一つです」


「じゃあ、期待しているわね」


「ご期待に沿えるよう、最善を尽くします」


二人はそのまま食堂を出ていった。

その後ろ姿を見送っていたひかりが、ぽつりとつぶやく。


「……私もお掃除してもらおうかな」


「まずは自分で片づけなさい」


玲奈が即座に突っ込んだ。


「うっ……。玲奈、厳しい……」


食堂に笑い声が広がった。

しかし、その笑い声が落ち着いた頃、アレックスが静かに口を開いた。


「……火星大戦のとき、あのタイプのロボットが軍事用に改造されたことがある」


遼たちの表情が変わった。


「軍事用に?」


ジョンが尋ねる。

アレックスはうなずいた。


「人間と見分けがつかないほど精巧なロボットだった。もともとは家事や介護、生活支援のために作られたものだったらしい。だが、戦争が始まると、その技術が兵器に転用された」


「……まさか」


「人間を殺すための機能を組み込まれ、戦場へ投入された。数え切れないほどの人間が、あのタイプのロボットによって命を落としたんだ」


食堂に重い沈黙が流れた。

先ほどまで星美のかわいらしさに夢中になっていたひかりも、笑顔を消していた。


「……あの子も、そうなってしまう可能性があるってこと?」


「いや」


アレックスは首を横に振った。


「星美が危険だと言っているわけじゃない。ただ、同じ技術が過去に兵器として使われたことがある。それだけは知っておいてほしい」


玲奈が真剣な表情でうなずいた。


「それは、人間が悪いのであって、あの子が悪いわけじゃないわ」


「玲奈……」


「道具をどう使うか決めるのは人間よ。あの子には、人間を傷つけてはいけないことをきちんと教えましょう。人を助けるために、自分の力を使えるように」


遼も静かにうなずいた。


「そうだな。星美は、まだ生まれたばかりみたいなものだ。俺たちがどう接するかで、これからの彼女も変わっていくかもしれない」


「……そうね」


玲奈の表情が少し和らいだ。

そのとき、食堂の入口から星美が戻ってきた。


「皆さま」


全員が顔を向ける。


「本日は、充電の時間となりました。私は作業室に戻ります」


「あら、もう充電?」


エレナが尋ねた。


「はい。充電が不足すると、正常な動作ができなくなる可能性があります」


「そう。じゃあ、ゆっくり休んでね」


「ありがとうございます、エレナさん」


星美は深々とお辞儀をした。


「皆さま、おやすみなさいませ」


そして、静かな足取りで食堂を出ていった。

その後ろ姿を、遼たちはしばらく見送っていた。


「……なんだか、不思議な子ね」


玲奈がつぶやく。


「ああ」


遼はうなずいた。


「悠斗が何を考えて、あの子を作ったのか。明日、本人に聞いてみるか」


翌朝。


食堂に集まっていた乗組員たちの前に、悠斗と誠が現れた。

二人とも目の下に濃い隈を作り、髪はぼさぼさ。明らかに寝不足だった。

しかし、本人たちは妙に誇らしげである。


「皆さん! お待たせしました!」


悠斗が勢いよく叫んだ。


「ついに完成しました!」


誠が隣で大きくうなずく。

二人の後ろには、白い布をかぶせられた何かが立っていた。


「……何を作ったんだ?」


遼が尋ねる。


「ふふふ……。見て驚くなよ!」


悠斗は得意げに胸を張った。


「では、お披露目です!」


誠が白い布の端をつかむ。

悠斗が大きく両手を広げた。


「じゃじゃーん!」


バサッ!

白い布が取り払われた。

そこに立っていたのは、きれいなメイド服を着た少女だった。

悠斗は満面の笑みで紹介した。


「メイドロボット、星美ちゃんです!」


星美はにこやかに頭を下げた。


「皆さま、おはようございます。メイドロボットの星美です。よろしくお願いいたします」


……。


沈黙。

遼は星美を見た。

玲奈も星美を見た。

ひかりは昨日のことを思い出し、手を振った。


「おはよう、星美ちゃん!」


「おはようございます、ひかりさん」


イザベルはコーヒーを飲みながら、のんびりと言った。


「私の部屋の掃除 今日もお願いできる?」


「かしこまりました」


星美は即答した。

アレックスは新聞代わりの情報端末から顔を上げた。


「おはよう」


ジョンもパンをかじりながら言った。


「おう、おはよう」


そして、食堂はいつもどおりの朝の風景に戻っていった。

悠斗と誠は、笑顔のまま固まっていた。


「……あれ?」


悠斗が小声でつぶやく。

誠も小声で返す。


「……あれ?」


悠斗は、みんなの顔を見回した。


「ちょっと待て!」


突然、食堂に響き渡る大声。


「リアクション薄っ!」


びくっ、とひかりが肩を跳ねさせた。


「な、何よ、急に大声出して!」


「何よ、じゃないだろ! 俺たちは何日も徹夜して、この子を完成させたんだぞ!? もっとこう……『すげえ!』とか、『天才だ!』とか、『どうやって作ったんだ!?』とか、あるだろ!」


誠も必死に訴えた。


「せめて拍手くらいあってもいいと思うんだが!」


遼は困ったように頭をかいた


星美は状況がよくわからないまま、にっこりと微笑んだ。


「皆さまがお元気そうで、何よりです」


「……くっ!」


悠斗は頭を抱えた。


「この子、かわいいから怒れない……!」


「わかる」


誠が真顔でうなずいた。


その瞬間、星美が二人の前で丁寧にお辞儀をした。


「悠斗さん、誠さん。私を起動してくださり、ありがとうございます。これから、皆さまのお役に立てるよう頑張ります」


二人は顔を上げた。


そして、星美の笑顔を見つめる。


悠斗が小さく息を吐いた。


「……まあ、いいか」


誠もうなずいた。


「ああ。そうだな」


二人は星美の頭に、そっと手を置いた。


「これからよろしくな、星美」


「よろしくお願いします」


星美は、嬉しそうに微笑んだ。


こうして、アークノヴァに新たな仲間が加わった。


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