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85話 立ち入り禁止の作業室と、焼きたてピザ


 遼が入ってくると、玲奈が振り返った。


「あ、遼。ちょっと聞きたいんだけど」


「ん? どうした?」


「最近、悠斗を見かけないんだけど、どうしたの?」


「ああ、悠斗か……」


 遼は、何とも言えない顔をした。


「作業室から出てこないんだよ」


「え? ずっと?」


「ずっとってわけじゃないけど、食事と睡眠以外は、ほとんど作業室にこもってるらしい」


「何をしてるの?」


「堀内から、3Dプリンター用の設計データが送られてきたらしい。それを解析して、最適化してるんだと」


 玲奈の表情が少し曇った。


「……あの堀内から?」


「そう。あの堀内から」


 二人は顔を見合わせた。

 堀内スペースの代表、堀内。

 アークノヴァ計画の大口出資者でありながら、最近は何を考えているのか分からない人物だ。

 以前、遼自身も彼との通信で嫌な思いをしていた。


「悠斗は、何か頼まれたの?」


「いや、頼まれたわけじゃないらしい。友情を深めたいとか何とか言って、設計データをプレゼントしてきたそうだ」


「……友情?」


 玲奈は、あからさまに怪訝な顔をした。


「何それ。余計に怪しいじゃない」


「だよなあ」


 遼も深く頷いた。


「悠斗も警戒はしてるみたいだけど、技術者として興味があるんだろうな。あの手のものを目の前に置かれたら、調べずにはいられないんじゃないか?」


「気持ちは分からなくもないけど……」


 玲奈は腕を組んだ。


「相手があの堀内なんだから、徹底的に調べたほうがいいと思うよ。設計図に何か仕込まれていたら大変だし」


「俺もそう思う。だから、危険なところがないか確認してから進めろとは伝えてある」


「ならいいけど……」


 玲奈は、まだ納得しきれない様子だった。


「一度、様子を見に行ってみない?」


「そうだな。どんなものを作ってるのか、俺も気になるし」


 二人はブリッジを後にした。

 作業室へ向かう途中、遼は妙なことに気づいた。


「……何だ、あれ?」


 作業室の扉に、紙が貼られていた。

 そこには、太い文字でこう書かれていた。

 『立ち入り禁止! 製作中につき関係者以外入室厳禁!』


「……おいおい」


 遼は足を止めた。


「何か、嫌な予感がするんだけど」


「私も」


 玲奈も同じことを思ったらしい。

 二人は、そっと扉の小窓から中をのぞいた。


 すると――。


「だから、左腕にはレーザー砲だろ! ロマンが分かってないな、誠!」


「いやいや、そこはサイコGUNみたいなのを仕込むべきだろ! 見た目だけじゃなく、機能も大事なんだよ!」


「レーザー砲のほうが火力が高いだろ!」


「サイコGUNなら腕を振り回さなくても撃てるんだぞ!」


「だったら両方つければいいじゃないか!」


「おおっ! それだ!」


「いや、待て。重量バランスはどうする?」


「そこは最新技術で何とかする!」


「何とかって何だよ!」


 作業室の中では、悠斗と誠が設計画面を前に、ものすごい勢いで議論を交わしていた。

 その背後には、三Dプリンターが低い駆動音を響かせている。

 モニターには、複雑な機械構造らしき三次元モデルが表示されていた。

 しかも、そのシルエットはどう見ても――人型だった。

 遼は、ゆっくりと小窓から顔を離した。


「…………」


「…………」


 玲奈も無言だった。

 数秒後、遼が小声で言った。


「……なあ、玲奈」


「何?」


「俺たち、何も見なかったことにしないか?」


「賛成」


 二人は即座に意見が一致した。


「でも、あれって堀内から送られてきた設計データなんだよね?」


「そうなんだよなあ……」


 遼は頭を抱えた。


 危険な装置を作っているのか、それとも単に二人の趣味が暴走しているだけなのか。

 今の段階では判断できない。

 ただ、少なくとも、今ここで扉を開けて「何を作ってるんだ?」と聞くのは危険な気がした。

 なぜなら、二人とも完全に夢中だったからだ。


「よし、食堂に行こう」


「うん。何か食べよう」


 遼と玲奈は、そっとその場を離れた。

 背後からは、まだ二人の声が聞こえてくる。


「やっぱり右腕にはロケットパンチも欲しいよな!」


「それ、採用!」


「待て待て! そもそも、そんな機能をつける必要があるのか!?」


「ロマンに必要性を求めるな!」


 遼は歩きながら、心の中で呟いた。


 ――やっぱり、何も聞かなかったことにしよう。

 食堂に入ると、香ばしい匂いが漂ってきた。


「おっ、いい匂いだな」


 遼が声を上げると、厨房からリサが顔を出した。


「ちょうどピザが焼けたところよ。遼も食べる?」


「いいね。もらうよ!」


 遼は笑顔で答えた。

 テーブルの上には、焼きたてのピザが何枚も並んでいた。

 とろけたチーズに、香ばしく焼けた生地。トマトソースの赤と、具材の色合いが食欲をそそる。

 その横では、ひかりが今にも飛びつきそうな勢いでピザを見つめていた。


「まだ? もう食べていい?」


「ひかり、もう少し待ってね。みんなの分を切り分けているから」


「はーい!」


 返事はしたものの、ひかりの視線はピザから離れない。

 遼は思わず笑った。


「だって、焼きたてだよ! 絶対おいしいもん!」


「確かに、それは間違いないな」


 リサが切り分けたピザを皿に載せ、遼に手渡した。


「はい、どうぞ」


「ありがとう」


 遼は一切れを口に運んだ。


「……うまっ!」


 焼きたての生地は外側がパリッとしていて、中はもちもち。チーズの濃厚な味わいとトマトソースの酸味が絶妙だった。


「これは何枚でも食べられそうだな」


「食べすぎないでよ? みんなの分もあるんだから」


「分かってるって」


 遼は笑いながら、もう一口かじった。

 そして、ふと思い出したように言った。


「そういえば、最近、お米がメニューにないよね?」


 その瞬間、リサの動きがほんの一瞬だけ止まった。


「……そうかなー?」


 明らかに、いつもと違う口調だった。

 遼は首を傾げた。


「そうだよ。前はもっとご飯ものがあった気がするんだけど」


「そ、そうだったかしら?」


 リサは妙に明るい声で答えた。


「ほら、冷めないうちに食べて、食べて! せっかくの焼きたてなんだから!」


 そう言いながら、遼の皿にもう一切れピザを載せた。


「いや、ちょっと待って。俺、まだ――」


「はい、玲奈の分もあるわよ!」


 リサは遼の言葉を遮り、玲奈にもピザを渡した。

 玲奈は受け取りながら、リサの顔をちらりと見た。

 ……何か隠している。

 そんな気がした。

 しかし、リサは何事もなかったかのように、次々とピザを配っている。


「ひかり、熱いから気をつけてね」


「うん! いただきまーす!」


 ひかりは待ちきれない様子で、ピザにかぶりついた。


「んー! おいしい!」


「よかった」


 リサはほっとしたように笑った。

 その笑顔を見て、遼はそれ以上追及するのをやめた。

 何か事情があるのかもしれない。

 無理に聞き出すこともないだろう。

 ……とはいえ、やっぱり気になる。

 そんなことを考えていると、食堂の扉が開いた。


「おっ、ピザか! いい匂いだな!」


 アレックスが入ってきた。

 その後ろから、ハッサンやジョンたちも続いてくる。


「おお、焼きたてか。これはありがたい」


「リサ、俺の分も頼む!」


「はいはい、ちゃんとあるわよ」


 食堂は、あっという間に賑やかになった。

 それぞれが皿を手に取り、焼きたてのピザを頬張る。


「うまい!」


「この生地、最高だな!」


「もう一枚もらっていいか?」


「まだまだあるわよ!」


 ひかりは幸せそうに頬を膨らませ、玲奈はそんな彼女を見て笑っていた。


 アレックスも満足そうにピザを食べながら、遼に話しかけた。


「やっぱり、食事は大勢で食べるのがいいな」


「こういう時間があると、宇宙を旅してるってことを忘れそうになるよね」


「ははは。忘れてもらっては困るがな」


 食堂に笑い声が広がった。

 リサは、みんなが楽しそうに食べている姿を見つめていた。

 そして、ほんの少しだけ、ほっとしたように微笑んだ。


 ――大丈夫。


 今はまだ、秘密にしておこう。

 いつかまた、この食堂に炊きたてのご飯が並ぶ日が来るだろう。

 その日を思い浮かべながら、リサは空になりかけたピザの皿を手に取った。


「みんな、まだ食べる? 次のピザも焼くわよ!」


「食べるー!」


 ひかりが真っ先に手を挙げた。


 こうしてアークノヴァの食堂は、しばらくの間、焼きたてピザの香りと賑やかな笑い声に包まれていた。


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