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84話 それぞれの疑問


 アークノヴァの通路を、悠斗は足早に歩いていた。

 向かう先は、三Dプリンターが設置されている作業室だ。

 端末には、堀内から送られてきた設計データが表示されている。


 型番は、MRHM155opB。


 火星大戦時に武器転用疑惑が浮上し、製造禁止になった禁断の技術。

 堀内は、それを何の見返りもなく自分に贈ると言った。

 そんな話を、悠斗は信じていなかった。


「……絶対、何か仕込んでるよな」


 歩きながら、悠斗は小さく呟いた。

 設計図に細工があるのかもしれない。

 製造された部品に何かを仕込むつもりなのかもしれない。

 あるいは、完成した装置そのものが、何らかの目的を持っている可能性もある。

 堀内のことだ。

 単純な罠であるはずがない。

 しかし、悠斗の足は止まらなかった。


「……まあ、いいさ」


 口元に笑みが浮かぶ。


「俺は世界一のハッカーだ。仕掛けがあるなら、見破ってやる」


 自信過剰と言われれば、そうかもしれない。

 だが、悠斗は自分の技術に絶対の自信を持っていた。

 どんな複雑なプログラムにも、どんな巧妙な暗号にも、必ず作った人間の癖がある。

 そして、癖があるなら、そこには必ず突破口がある。

 堀内が何を企んでいようと、こちらが見破ればいい。

 悠斗は作業室の扉を開けた。

 室内には、大型の三Dプリンターが鎮座していた。

 通常の部品から精密な機械構造まで出力できる、アークノヴァ自慢の製造設備だ。

 悠斗は端末を接続し、設計データを読み込ませた。

 画面に複雑な設計図が次々と表示される。


「へえ……。なるほどね」


 思わず感嘆の声が漏れた。

 設計は、想像以上に精密だった。

 複数の機構が組み合わされ、通常の技術では考えられないほど高い効率を実現している。

 これを考えた人間は、間違いなく天才だ。

 いや、天才という言葉だけでは足りない。

 悠斗は、しばらく画面を見つめた。

 そして、すぐに表情を引き締めた。


「……だからって、油断はしないぞ」


 データの構造を確認し、怪しい箇所がないか調べる。

 プログラム上の不審な処理。

 外部通信につながる機能。

 通常の用途では説明できない構造。

 慎重に確認を進める。

 だが、今のところ、決定的な細工は見つからなかった。


「……うまく隠してるのか。それとも、本当にないのか」


 悠斗は椅子から立ち上がった。

 どちらにしても、ここで諦めるつもりはない。

 彼は三Dプリンターの前に立ち、起動スイッチに手を伸ばした


 一瞬ためらったがーーーー

 だが、その迷いはすぐに消えた。


「大丈夫。俺が調べればいいんだ」


 カチッ。

 起動スイッチが押された。

 次の瞬間、三Dプリンターが低い駆動音を響かせた。

 内部のアームが動き出し、素材供給装置が作動する。

 レーザー測定装置が細かな位置調整を行い、複数の製造ヘッドが高速で動き始めた。

 ウィィィィン――。

 精密な部品が、一つずつ形になっていく。

 悠斗は、その様子を食い入るように見つめた。

 胸の奥で、技術者としての好奇心が高まっていく。

 そして同時に、言いようのない不安も膨らんでいた。

 この装置が完成したとき、何が起こるのだろう。

 堀内は、本当に何も求めていないのだろうか。

 それとも、完成そのものが、彼の望む何かにつながっているのだろうか。


「……面白いじゃないか」


 悠斗は、薄く笑った。


「何を仕込んでるのか、全部暴いてやるよ」


 製造装置は止まらない。

 完成予定は、十日後。

 その日までに、悠斗は設計データのすべてを解析し、危険性を見極めるつもりだ。


 一方、その頃。


 農業プラントでは、リサが満面の笑みを浮かべていた。


「やった……! やっと、これでお米が作れる!」


 彼女の目の前には、小さな容器が置かれていた。

 中に入っているのは、未来から託された新潟ブランド米――『命の種』玄米


 かつて、水不足の影響で水田が枯れ、さらに保管していた種もみまで使い切ってしまったと気づいたとき、リサは本気で青ざめた。

 このままでは、アークノヴァで米を作り続けることができない。

 日本人クルーにとって、米が食べられなくなるというのは、想像以上に深刻な問題だった。

 もちろん、ほかの食料はある。

 それでも、炊きたての白いご飯が食べられなくなるのは、リサにとって耐え難いことだった。

 だからこそ、あのメイドロボットが渡してくれた小さな袋を開けたとき、彼女は言葉を失った。

 中に入っていたのは、まさに自分が必要としていた玄米だったのだ。


「本当に、ありがとう……」


 リサは容器をそっと持ち上げた。

 小さな玄米一粒一粒が、これから育つ稲の姿を想像させる。

 やがて芽が出て、苗になり、青々とした葉が伸びていく。

 そして、黄金色の稲穂が実る。

 その光景を思い浮かべるだけで、胸がいっぱいになった。


「絶対に、立派に育ててみせるからね」


 リサは、誰に聞かせるでもなく呟いた。

 そのとき、ふと疑問が浮かんだ。


「……でも、どうしてなんだろう?」


 リサは首を傾げた。


「あのメイドロボット、私の知り合いだったのかな?」


 あのとき、メイドロボットは自分とジョンを呼び出した。


 そして、涙を流しながら小さな袋を手渡してきた。

 まるで、ずっと会いたかった人にようやく会えたかのように。

 リサは腕を組み、記憶を探った。


「うーん……。どこかで会ったことがあるのかな……」


 しかし、思い当たることはなかった。


「私、忘れっぽいところがあるからなあ……」


 リサは苦笑した。

 もしかしたら、以前どこかで出会っていたのかもしれない。

 ロボットの姿や声に覚えがなくても、別の場所で会っていた可能性はある。


「……不思議な子だったなあ」


「それにしても……」


「……まさか、私の心を読んだわけじゃないよね?」


 リサは自分で言って、くすりと笑った。

 そんなことがあるはずがない。

 けれど、考えれば考えるほど、不思議だった。


 リサは容器をていねいに抱え保管庫へ運んだ。


「まあ、今は考えても仕方ないか」


 彼女は小さく息を吐いた。


「まずは、ちゃんと育てること。それが一番大事よね」


 リサは保管庫の扉を閉じる前に、もう一度だけ容器を振り返った。


 その玄米が、遠い未来から届けられた理由を知る者はいない


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