76話 バカンスの終わり
翌朝。
アクエリアスの太陽が水平線から顔を出した。
「おはようございます」
ナナの声が運搬船の甲板に響く。
「今日もいい天気です」
「この星、天気が良すぎるんだよな」
遼は青空を見上げた。
雲は少ない。
風も穏やか。
波も静かだった。
そして――
水中ポンプが動き始める。
ゴウン……ゴウン……
海水が太いホースを通って、運搬船へ吸い上げられていく。
「水の確保は順調です」
リサが確認する。
「これだけあれば、しばらくは困らないね」
クルーたちにとって、それだけでも大きな収穫だった。
一方。
ジョンは朝から顕微鏡にかじりついていた。
「…………」
海水のサンプルを慎重に調べる。
「……いない」
別のサンプル。
「……いない」
さらに別のサンプル。
「……やはり、いない」
ジョンは顕微鏡から顔を上げた。
「酸素がある」
周囲を見渡す。
「気温も問題ない」
海もある。
光もある。
生命が存在してもおかしくない条件が揃っている。
「なのに……」
微生物すら見つからない。
「生命が存在するということは……奇跡なのか?」
ジョンは独り言のように呟いた。
その頃。
「陸地を探してくる!」
隼人がシルフィエットに乗り込んでいた。
「無理するなよ!」
遼が声をかける。
「分かってる!」
シルフィエットが浮上する。
そのまま高度を上げていく。
さらに上。
さらに上。
やがて、雲よりも高い場所へ。
青空の中を一筋の飛行機雲が伸びていった。
「……高いな」
遼が見上げる。
「隼人、あんなところまで行ってるよ」
アレックスが呆れた。
「景色、いいだろうな」
隼人は上空から広大な海を見渡していた。
「……どこまで行っても海だな」
一方その頃。
遼、アレックス、ジョンはルーデウス号へ乗り込んでいた。
「水中探査、開始!」
ルーデウス号が海へ潜っていく。
透明度が非常に高い。
海の中がどこまでも見渡せる。
「すごい……」
遼が窓に顔を近づける。
水深は五百メートル。
それでも――
「明るい」
海底まで太陽光が届いている。
「普通なら、もっと暗くなるはずなのに」
アレックスが驚く。
海底には砂が広がっていた。
しかし。
魚はいない。
海藻もない。
サンゴもない。
何もない。
「……何もいないな」
遼が呟いた。
「うん」
ジョンも答える。
水中を進んでも、景色は変わらない。
ただ砂。
ただ水。
ただ光。
「とりあえず、海底の砂を採取しよう」
ジョンが指示する。
採取装置が砂をすくい上げる。
そして船内へ戻る。
ジョンがサンプルを分析する。
「…………」
顕微鏡を覗く。
「どう?」
遼が聞く。
「……何もない」
「微生物も?」
「いない」
ジョンは別のサンプルを調べる。
「生物の痕跡もない」
「植物は?」
「ない」
船内に沈黙が広がった。
「……不思議な星だな」
遼が呟いた。
夜。
結局、その日も甲板ではバーベキューが始まった。
「探索がうまくいかなかった日こそ、肉だ!」
アレックスが肉を焼く。
「その理屈、毎日使ってない?」
リサが笑う。
「いいんだよ」
遼も笑った。
玲奈が遼の隣に座る。
「ねえ、遼」
「ん?」
「この星……移住できると思う?」
遼は海を見た。
暗闇の中、波が静かに揺れている。
「……可能性はあると思う」
「本当に?」
「酸素は少し薄いけど、呼吸できる。気温も悪くない。水は大量にある」
遼は考えながら続ける。
「人類の科学力を使えば、住める環境にすることはできるかもしれない」
「植物も?」
「地球の植物を持ち込めば、育つかもしれない」
「動物は?」
「それも研究次第だな」
遼は海の向こうを見つめる。
「いつか――」
「うん?」
「ここに巨大な都市ができたりしてな」
「都市?」
「そう」
遼は笑った。
「この海を埋め尽くすくらい巨大な建物が並んで、空には宇宙船が飛び交ってる」
「……素敵ね」
玲奈も微笑んだ。
「何百年後かしら」
「さあな」
二人は静かな海を眺めた。
夜はゆっくりと更けていった。
遼は寝袋に入って考える。
ここへ来たばかりの頃は、酸素が薄いため簡易マスクを着けていた。
だが――
いつの間にか、マスクなしでも普通に活動できるようになっていた。
「人間って……」
遼は星空を見上げた。
「どんな環境でも、少しずつ慣れていくのかもしれないな」




