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75話 バーベキュー


 アクエリアスの青い海を目の前にして、最初に我慢できなくなったのはアレックスだった。


「もう無理!」


 アレックスは甲板の手すりまで走る。


「行くぞーーー!」


「おい、アレックス!」


 遼が止めるより早く――

 バシャーン!

 アレックスが海へ飛び込んだ。


「うおおおお!」


 大きな水しぶきが上がる。

 海面から顔を出したアレックスが叫ぶ。


「最高だーーー!」


「じゃあ俺も!」


 続いてイザベルが勢いよく飛び込む。


 バシャーン!


「気持ちいい!」


 さらに悠斗と誠も続く。


「行くぞ!」


「俺も!」


 バシャーン!


 バシャーン!


 甲板は一気に騒がしくなった。

 遼は笑いながら海を見下ろす。


「お前ら、元気だなぁ」


 すると少し離れたところで、隼人が甲板の端に立っていた。


「…………」


「隼人?」


「いや……」


 隼人は下を見る。

 甲板から海面までは、それなりに高さがある。


「……ちょっと高くない?」


「そう?」


 遼が覗き込む。


「普通じゃない?」


「いや、普通じゃないだろ」


 隼人は一歩下がった。


「俺、高いところ苦手なんだよ」


 隼人は意を決したように甲板の端へ戻る。


「よし……」


 そして両手を上げる。


「押すなよ」


 誰も反応しない。


「絶対に押すなよ」


 やはり誰も反応しない。


「いいか、絶対に――」


 その時。


「……あ」


 ひかりが何かに気づいた。


「押すなよって言ってる」


 遼が頷く。


「押すなってことは――」


「押しちゃ駄目だよ」


「うん」


 ひかりが真顔で頷いた。


 そして――


 ポンッ!


「うわあああああああ!」


 ひかりが隼人の背中を押した。


 バシャーン!

 一瞬の沈黙。

 そして――


「ははははは!」


「やった!」


「ひかり、最高!」


 甲板が爆笑に包まれた。

 海面から隼人が顔を出す。


「ひかりーーー!」


「だって……」


 ひかりが笑う。


「押すなよって言ったから」


「そういう意味じゃない!」


 隼人の叫び声が海に響いた。

 遼は腹を抱えて笑った。


「お前、自分から振ったんだから諦めろ」


「遼まで!」


 アクエリアスの海は、笑い声でいっぱいになった。

 女性陣は甲板からではなく、下部デッキへ移動した。

 そこからゆっくりと海へ入る。


「冷たくない!」


 エレナが水に身体を沈める。


「気持ちいいー!」


 その声に玲奈も続く。


「本当だ!」


 水の中で身体を伸ばす。


「最高……」


 イザベルも泳ぎながら笑っている。


「二十日間シャワー禁止だったから、余計に気持ちいいわね」


「本当に……」


 玲奈がしみじみ頷く。


「もう二度とシャワー禁止にはしたくない」


 そこへ、ひかりが浮き輪を抱えてやってきた。


「私も入る!」


「ひかり、泳げるの?」


「……泳げない」


「浮き輪があるから大丈夫!」


 ひかりは自信満々だった。

 浮き輪を海へ浮かべ、その中に身体を入れる。


「ほら!」


 ぷかぷか。


「浮いた!」


「当たり前でしょう」


 玲奈が笑う。


 少し離れたところでは、ジョンが甲板のテーブルに顕微鏡を置いていた。


「…………」


「ジョン?」


 遼が声をかける。


「何してるんだ?」


「水のサンプルを調べている」


「今?」


「今だ」


「みんな泳いでるけど?」


「知っている」


 ジョンは顕微鏡から目を離さない。


「この惑星にどんな生物が存在するのか、興味がある」


「……さすがジョン」


 遼は苦笑した。

 するとジョンが顔を上げる。


「遼」


「ん?」


「この水、非常に興味深いぞ」


「今は遊ぼうよ!」


「私は遊んでいる」


「どこが!?」


 ジョンは再び顕微鏡を覗いた。


「十分に楽しい」


「……まあ、ジョンらしいか」


 やがて太陽が水平線へ沈み始めた。

 空が赤く染まり、やがて紫色へ変わっていく。

 海面には夕日の光が長く伸びていた。


「綺麗……」


 玲奈が呟く。


 誰もがしばらく、その景色を眺めていた。

 そして夜。

 甲板には簡易テーブルが並べられた。


「バーベキュー開始!」


 アレックスが宣言する。


「食材は?」


「大量に持ってきた!」


 肉。


 野菜。


 魚。


 その他さまざまな食材が並ぶ。


「こんなに持ってきたの?」


 リサが驚く。


「だって、水がある惑星に来るんだぞ」


 アレックスが胸を張る。


「何か関係ある?」


「気分の問題だ!」


「なるほど……」


 遼は納得した。

 炭火の上で肉が焼ける。

 ジュウジュウという音とともに、香ばしい匂いが甲板いっぱいに広がっていく。


「うまそう!」


「まだ焼けてない!」


「待てない!」


「遼、食べるな!」


 玲奈が遼の手を止める。


「熱いから!」


「分かってるって」


「さっき生で食べようとしたでしょう!」


「……ちょっとだけ」


「もう!」


 その横で、アレックスが何やら隠し持っていたものを取り出した。


「そして――」


 ボトルが一本。


「ワイン!」


「いつ持ってきたの!?」


 リサが驚く。


「こういう時のために決まってるだろ」


 アレックスが得意げに笑った。

 グラスにワインが注がれていく。


「それじゃあ――」


 玲奈がグラスを掲げる。


「アクエリアス到着を祝って!」


「乾杯!」


 全員がグラスを掲げた。


「乾杯!」


 グラスが軽く触れ合う。

 笑い声が響く。

 目の前には、見たこともない星の海。

 頭上には無数の星。

 足元には、地球にも似た青い海。

 そして仲間たち。

 長い宇宙航海の中で、こんなに穏やかな夜を過ごすのは久しぶりだった。


「……なんかいいな」


 遼が海を眺めながら呟く。


「うん」


 玲奈も頷いた。


 アクエリアスの夜は静かだった。

 誰も急ぐ必要はない。

 誰も水不足を心配する必要もない。

 ただ食べて、飲んで、笑って。

 楽しい夜は、ゆっくりと更けていった。


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