74話 海
作業船への移乗が完了した。
クルー全員が座席につくと、機内に軽やかな電子音が響いた。
『皆さま、こんにちは』
「ん?」
遼が顔を上げる。
『アークノヴァ運搬船AI、ナナと申します』
女性らしい明るい声が船内に響いた。
『この運搬船は全長三百メートルあります。核融合エンジンを搭載しておりますので、最大で約五百トンほどの物資を惑星から宇宙空間へ運搬することが可能です』
「五百トン……」
ハッサンが感心する。
『皆さまの安全を守るため、ナナは全力で頑張ります。これからよろしくお願いいたします』
「こちらこそよろしく」
玲奈が答えた。
「よろしく、ナナ」
遼も手を上げる。
『ありがとうございます、遼様』
「俺の名前も分かるの?」
『もちろんです。乗船者の皆さまを把握しております』
「……なんか恥ずかしいな」
遼が苦笑する。
直後――
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
「うわっ!」
凄まじい轟音とともに、運搬船が動き始めた。
座席が大きく揺れる。
「結構揺れるな!」
「これ、本当に大丈夫!?」
「大丈夫です!」
ナナの明るい声だけが妙に落ち着いている。
「本当に!?」
『はい。問題ありません』
「……ならいいけど!」
機体は大気圏へ突入していく。
轟音。
振動。
窓の外を流れる雲。
やがて――
揺れが少しずつ収まっていった。
「……静かになった」
誰かが呟いた。
そして。
小窓の向こうに、それが見えた。
「……!」
青い海。
真っ白な雲。
そして、眩しいほど輝く太陽。
全員が一斉に窓へ駆け寄った。
「すごい……」
ひかりが呟く。
眼下には、どこまでも続く青い海が広がっている。
その海面に太陽の光が反射し、無数の光がきらめいていた。
玲奈が小窓から外を眺める。
「……まるで地球ね」
「うん」
遼が頷く。
「本当に地球みたいだ」
「雲も同じように見える」
イザベルも呟いた。
しかし、しばらく進んでも陸地は見えてこなかった。
「……陸地、ないね」
『現在地点周辺に大規模な陸地は確認できません』
ナナが答える。
「じゃあ……」
遼が海を見る。
「着水するしかないな」
『その通りです』
運搬船は高度を下げていく。
青い海面がどんどん近づいてくる。
そして――
ザァァァァン!
巨大な船体が海面へ着水した。
大きな波が船体の周囲に広がる。
「着水成功」
ナナが告げる。
「よし!」
クルーたちから歓声が上がった。
すぐに分析が開始された。
『大気成分の分析を開始します』
艦内モニターに数値が表示されていく。
『酸素を確認』
「呼吸できる?」
『可能です。ただし、地球より酸素濃度がかなり低いです』
「ということは?」
『長時間の活動には簡易酸素マスクの使用を推奨します』
遼が頷く。
「まあ、それくらいなら問題ないな」
続いて――
『水質分析を開始します』
全員が息を呑んだ。
しばらくして。
『分析完了』
ナナが告げた。
『水に有害な物質は確認されませんでした』
「……!」
『現時点の分析結果では、そのまま飲用しても問題ありません』
「本当!?」
遼が叫んだ。
『はい』
「やったあああああ!」
船内が一気に歓声に包まれた。
「水だ!」
「飲める!」
「本当に飲めるぞ!」
遼は思わず両手を上げた。
「今度こそ水だ!」
オアシスの一件が頭をよぎる。
命懸けで採ったのに、結局すべて廃棄された水。
それだけに、この瞬間の喜びは大きかった。
「よし!」
男性陣が立ち上がる。
「行こう!」
「どこへ?」
「海!」
「まだ安全確認が終わっただけだろ!」
玲奈が笑う。
しかし男性陣はすでにハッチへ向かっていた。
ハッチが開く。
簡易マスクを装着した遼たちが甲板へ出る。
「おお……!」
風が吹き抜ける。
温かな太陽。
そして、どこまでも続く青い海。
「……気持ちいい」
遼は思わず両手を広げた。
「宇宙船の中とは全然違うな」
アレックスも深く息を吸う。
「酸素は薄いけど、外に出ると気分が違うな」
その時だった。
船内から声がした。
「お待たせー!」
「?」
男性陣が振り返る。
そして――
一瞬、全員が固まった。
水着姿の玲奈、イザベル、エレナ、リサ、ひかりが甲板へ出てきた。
長い宇宙旅行の間、ほとんど着る機会のなかった水着。
青い海と太陽の下では、それが妙に似合っていた。
「…………」
「…………」
男性陣が無言になる。
「おお……」
アレックスが思わず声を漏らした。
「おおー……」
ハッサンも続く。
遼も思わず見入ってしまう。
玲奈は均整の取れたスタイル。
エレナは大人らしい落ち着いた雰囲気と色気。
リサは細身ながら女性らしいラインが際立っている。
イザベルは豊かな胸元が目を引く。
そして、ひかりは明るい笑顔がとにかく可愛らしい。
全員が普段とは違う雰囲気だった。
「…………」
男性陣の視線が動かない。
玲奈が気づく。
「……ちょっと!」
顔を赤くする。
「何よ!」
「いや、その……」
遼が慌てる。
「海が綺麗だなって……」
「海じゃなくて、こっち見てたでしょう!」
「……はい」
遼は素直に認めた。
「もう!」
玲奈が呆れる。
「男性陣、あまりジロジロ見ないで!」
「すみません!」
全員が一斉に海の方向を向いた。
遼は海を見ながら笑った。
「……なんか、本当にバカンスみたいだな」
目の前には青い海。
空には白い雲。
太陽が輝いている。
そして――
今までずっと水不足に苦しんできたアークノヴァのクルーたちにとって、ここはまさに夢のような場所だった。
「さて」
玲奈が海を見つめる。
遼が聞く。
「まずはどうします」
玲奈は少しだけ笑った。
「……少しくらいなら、遊んでもいいんじゃない?」
「よっしゃあ!」
遼が拳を握る。
「海だー!」
青い海に、クルーたちの歓声が響き渡った。




