71話 空気が無くなる
――目を覚ました。
「……ん?」
遼はゆっくりと目を開けた。
目の前に広がっていたのは、真っ暗な宇宙だった。
無数の星が、まるで宝石をばら撒いたように輝いている。
「……ここ、どこだ?」
ぼんやりした頭で周囲を見回す。
そこでようやく思い出した。
「……そうだ。オアシス……」
採掘作業中に水蒸気が噴き出した。
そして、自分は宇宙空間へ吹き飛ばされた。
「…………」
遼は数秒間、黙った。
「……マジかよ」
ヘルメットの表示を確認する。
酸素残量。
**00:30:00**
「三十分……」
遼は思わず笑った。
「なんだ。三十分もあるじゃないか」
「ん?」
遼はバイザーを確認した。
「……割れてる」
小さな亀裂。
そこから、ほんのわずかずつ空気が漏れている。
「まずい、まずい……」
遼は補修テープを取り出し、割れた部分へ急いで貼り付けた。
一枚。
二枚。
さらに重ねる。
「これで……少しはもつか」
バイザーには大きな亀裂。
通信機も壊れている。
身体もあちこち痛い。
だが――酸素は三十分ある。
「そのうちアークノヴァが見つけてくれるだろ」
遼は意外なほど楽観的だった。
「玲奈たちなら、絶対に探してくれる」
そう言って、星空を眺める。
地球にいた頃なら、こんな景色を見れば感動していたかもしれない
「……綺麗だな」
遼はしばらく星を眺めていた。
そして――
「……あれ?」
ふと気づく。
「アークノヴァ、どこだ?」
身体をゆっくり回転させる。
右を見る。
左を見る。
上を見る。
下を見る。
「…………」
何もない。
「まあ……距離があるんだろ」
もう一度、回転する。
やっぱり何もない。
「……おーい」
もちろん返事はない。
通信機は壊れている。
遼は自分のヘルメットを軽く叩いた。
「おい、通信機。こういう時くらい頑張れよ」
当然、通信機は無言だった。
「……ですよね」
遼はため息をついた。
その瞬間だった。
胸元の表示が変わった。
**00:28:52**
「……」
さっきまで三十分あった酸素が、もう一分以上減っている。
遼の表情が少しだけ変わった。
「……そりゃ減るよな」
宇宙服の酸素は無限ではない。
当たり前のことだ。
遼はアークノヴァを探し続けた。
しかし――見えない。
「まだかな……」
さらに時間が経つ。
**00:24:11**
「……まだ来ない」
さすがに胸の奥がざわついてきた。
アークノヴァなら、もう捜索を始めているはずだ。
玲奈なら、必死になって探しているはずだ。
それでも見えない。
「大丈夫だ」
遼は自分に言い聞かせる。
「絶対に見つけてくれる」
そう言いながら、また周囲を見る。
星。
星。
星。
そして、星。
「……星しかないな」
思わず苦笑する。
「そりゃ宇宙だから当たり前か」
だが、笑っていられたのもそこまでだった。
酸素表示はさらに減っていく。
――その頃。
アークノヴァでは、中央作戦室に怒号が飛び交っていた。
「イザベルとハッサンは回収できた!?」
玲奈が叫ぶ。
「はい!」
ノアが答える。
「二人とも回収完了しています」
「じゃあアンカーを切り離して!」
玲奈が即座に指示する。
「アークノヴァ、オアシスから離脱!」
巨大なビームアンカーが次々と切り離される。
「推進開始!」
アークノヴァがオアシスから離れていく。
「全員、全方向索敵!」
玲奈が振り向く。
「遼を探して!」
船内各所で電子双眼鏡が起動した。
ブリッジ。
観測デッキ。
作業区画。
全員が宇宙空間を見つめる。
「右舷、異常なし!」
「左舷も見えない!」
「後方、確認できません!」
「前方も駄目!」
玲奈は歯を食いしばった。
「どこ……?」
ノアが計算を続ける。
『遼が放出された推定地点を算出します』
スクリーンに推定区域が表示された。
広大な宇宙空間。
「……広すぎる」
玲奈が呟く。
「一人で漂ってるのよ……」
その時、ノアが報告した。
『遼の宇宙服から生命維持信号を取得できていません』
「……」
玲奈の顔が青ざめる。
『現在、残存酸素量は推定――』
ノアが一瞬沈黙する。
『二十八分前後』
「二十八……」
玲奈は拳を握った。
「時間がない!」
アレックスが操縦席から立ち上がる。
「隼人!」
「はい!」
「ファルコンを二機出す」
「了解!」
ほどなくして、格納庫から二機のファルコンが発進した。
アレックス機。
隼人機。
二機はアークノヴァから大きく離れ、互いに距離を取って捜索を開始する。
「遼、応答しろ」
アレックスが通信を繰り返す。
『……』
返事はない。
隼人も叫ぶ。
「遼! 聞こえたら何か返してくれ!」
しかし、宇宙は静まり返っていた。
**00:21:37**
遼の呼吸が少しずつ速くなる。
「……落ち着け」
深呼吸する。
だが――
「……もし、このまま見つからなかったら?」
考えたくなかった。
しかし、一度考えてしまうと止まらない。
酸素がなくなる。
呼吸が苦しくなる。
そして――死ぬ。
「…………」
遼の喉が鳴った。
「……死ぬのは、嫌だな」
今までなら、冗談で済ませられた。
だが今は違う。
ここには誰もいない。
助けを呼ぶこともできない。
ただ宇宙空間に漂っている。
酸素だけが、確実に減っていく。
**00:17:48**
「……まだ十七分」
遼は表示を見つめた。
「十七分もある」
そう言い聞かせる。
「大丈夫だ」
だが、声は少し震えていた。
その時だった。
ヘルメットの通信機から、ほんの一瞬だけノイズが入った。
『……ザッ……』
「!」
遼が飛びつく。
「こちら遼! 聞こえるか!」
『…………』
「アークノヴァ! 誰でもいい、応答してくれ!」
『…………』
何も聞こえない。
「……」
遼は肩を落とした。
「……なんだよ」
通信機を見つめる。
「期待させるなよ……」
しばらく沈黙した後――
「ララララ。。♪ うちゅ少女 ♫」
気を紛らわせるため アークノヴァ☆スターズのデビュー曲を口ずさむ
少し考える
「……いや、待て」
遼は真顔になった。
「歌ったら酸素使うじゃん」
「…………」
「駄目だろ」
自分でツッコんだ。
「何やってるんだ俺」
思わず笑ってしまう。
だが、その笑いもすぐに消えた。
**00:16:02**
「……笑ってる場合じゃない」
呼吸がまた速くなる。
「落ち着け」
遼はゆっくり息を吸った。
「ゆっくり……吐く」
そして、何度も繰り返す。
「大丈夫だ 大丈夫だ」
アークノヴァでは
「酸素残量は!?」
ノアが答えた。
『推定残量、十六分を切りました』
「具体的には!?」
『00:15:42』
玲奈は息を呑んだ。
「十五分……」
イザベルが肩をつかむ。
「玲奈……」
「私のせいよ」
玲奈の目に涙が浮かぶ。
「私が……もっと早く――」
その瞬間。
パァン!
鋭い音が響いた。
エレナが玲奈の頬を叩いていた。
「しっかりしなさい!」
「……エレナ」
「今、あなたが崩れたら誰が指揮するの!」
「でも……!」
「遼を助けたいんでしょ!」
玲奈は頬を押さえた。
エレナが強く言う。
「だったら泣くのは、助けてからにしなさい!」
玲奈は唇を噛んだ。
そして――
「……分かった」
顔を上げる。
「絶対に見つける」
その頃。
ひかりが通信端末を抱えていた。
「バロー」
返事がない。
「バロー、聞こえる?」
「……」
「お願い、出て」
何度も呼びかける。
そして――
「……つながった」
小さな声。
「バロー」
『はい』
「私の大切な遼を見つけて」
少しの沈黙。
バローの声は、いつもの穏やかなものだった。
『了解しました』
『私にお任せください』
通信が切れる。
直後――
バローは、自分の巨大な建機部分を切り離した。
ひかりが画面を見つめる。
バローの本体に、小型スラスターが展開される。
「行きまーす」
火花のような光が噴き出した。
バローの身体が宇宙空間へ飛び出す。
「遼を捜索します」
遼の呼吸が荒くなる。
「……まずい」
慌てて深呼吸をやめる。
「駄目だ。落ち着け」
自分の胸を軽く叩く。
「呼吸が荒くなったら酸素の減りが早くなる」
ゆっくり。
ゆっくり。
「大丈夫……」
その時。
遠くで何かが光った。
「!」
遼は目を見開いた。
「……今の、何だ?」
もう一度見る。
何もない。
「見間違いか……」
遼は周囲を見回した。
星しかない。
「…………」
酸素。
**00:10:06**
「……十分快」
遼は呟いた。
「十分快……」
だが、その声にはもう余裕がなかった。
アークノヴァは見えない。
通信機は壊れている。
酸素は減っていく。
「玲奈……」
遼は小さく呟いた。
「早く見つけてくれよ……」
その時――その時だった。
視界の端で――
何かが揺らめいた。
一瞬。
また一瞬。
小さな光。
「……ん?」
遼は目を凝らした。
「スラスター?」
遠くで、小さな炎が見える。
「意外と遠くでも見えるのか……」
遼は姿勢制御用スラスターを操作した。
ボッ。
小さな炎。
また。
ボッ。
ボッ。
「こっちだ……!」
残り酸素。
**00:08:46**
遼は何度も噴射する。
「気づけ……」
また噴射。
「頼む……」
そして――
遠くの光が動きを変えた。
遼は目を見開く。
「……動いた」
光が、こちらへ向かってくる。
「気が付いた!」
その頃、ファルコンのコックピット。
アレックスがレーダーを凝視していた。
「今の光……」
隼人も同時に叫ぶ。
「何かいる!」
しかし――
レーダーには、まだ明確な反応がない。
「肉眼で探せ!」
「了解!」
さらに一機。
バローも、小型スラスターを噴かしながら近づいていた。
そして――
「……来た」
遼の目に、小さな機影が映った。
「バローか?」
接触回線が開く。
『遼』
「……バロー」
『お待たせいたしました』
酸素計。
**00:05:31**
「……遅いぞ」
『申し訳ありません』
「ウソ。ウソありがとう」
『当然です』
その直後だった。
二つのファルコンが猛烈な速度で接近してきた。
「遼!」
アレックスの声。
「今、そっちへ行く!」
隼人も叫ぶ。
「遼、よく頑張った!」
遼の酸素計が点滅する。
**00:04:58**
「……あと五分か」
アレックス機が遼の横へつく。
牽引ワイヤーが射出される。
「固定するぞ!」
「了解!」
遼の宇宙服へワイヤーが接続される。
「固定!」
アレックスが叫ぶ。
「引く!」
ファルコンが加速する。
酸素計。
**00:03:47**
「あと三分四十七秒!」
隼人が叫ぶ。
「分かってる!」
アレックスは一気にアークノヴァへ向けて加速した。
バローも横につく。
「遼、しっかり!」
「大丈夫……」
遼は笑った。
「……まだ寝ないよ」
酸素計。
**00:02:31**
アークノヴァの船体が見えてきた。
「格納庫を開けろ!」
玲奈の声が通信回線に響く。
「了解!」
格納庫が開く。
酸素計。
**00:01:42**
「あと一分四十二秒!」
エレナが叫ぶ。
「急いで!」
ファルコンが格納庫へ突入する。
バローも続く。
遼が床へ降ろされる。
酸素計。
**00:01:09**
「ヘルメットを外すな!」
エレナが駆け寄る。
酸素供給装置を接続する。
そして――
**00:00:47**
「酸素供給、正常!」
エレナが叫んだ。
「助かった!」
遼は大きく息を吐いた。
その瞬間――
「遼!」
玲奈が駆けてきた。
ぎゅっ。
玲奈が遼に抱きついた。
「よかった……!」
「よかった……!」
涙が止まらない。
遼は少し驚いたあと、玲奈の背中をぽんぽんと叩いた。
「……ただいま」
「馬鹿……!」
玲奈は泣きながら言う。
「本当に……心配したんだから……!」
「ごめん」
「ごめんじゃない……!」
その後ろでは、イザベルとハッサンが安堵の表情を浮かべていた。
ひかりも駆け寄る。
「遼!」
「ひかり」
「死んだかと思った!」
「俺も一瞬そう思った」
「もう本当によかった よかった!」
そして、その後ろに――
大活躍のバローがいた。
「お役に立てて何よりです」
「オアシスから回収した氷資源の搬送も完了しています」
ノアが報告する。
『水資源、必要量を確保』
『船内の水不足問題は解消されました』
作戦室に歓声が上がった。
南国デッキにも、再び水が戻された。
止まっていた波の音が流れ始める。
空っぽだったプールに、少しずつ水が満たされていく。
遼はその光景を見て笑った。
「早速 命がけで採掘した水を飲んでみようかな」
玲奈が横を見る。
「彗星の天然水」
遼はなみなみとグラスに注いだ透明な水を見つめた。
アークノヴァの水問題は、こうして解決した。
そして――
。。。。。。。。。。
リサが猛烈な勢いで走ってくる
「ちょっとまったーーーーーー」




