↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
70/86

70話 彗星オアシス


アークノヴァがαケンタウリへ向けて航行を続けていた頃。

ノアが、航路前方に一つの天体を検出した。


「彗星を確認」


大型スクリーンに、細長い天体が映し出される。


「現在、αケンタウリ方向へ移動中」


ジョンが解析データを確認する。


「成分分析は?」


「表面に大量の氷を確認」


ノアが答えた。


「内部にも相当量の水が存在する可能性があります」


イザベルが身を乗り出した。


「水……」


その一言で、作戦室の空気が変わった。

アークノヴァは深刻な水不足に陥っていた。

飲料水。

農業用水。

医療用水。

そして、重力湾曲エンジンの冷却に使われる水。

どれも余裕がない。

アレックスが彗星を見つめる。


「今のアークノヴァには、まさに必要なものだな」


玲奈が頷く。


遼が笑った。


「水のある場所なんだから……オアシスでいいんじゃないか?」


ひかりがすぐに反応する。


「いいね!」


ノアが登録する。


『天体名称――オアシス』


こうして、その彗星はアークノヴァによって「オアシス」と名付けられた。

---

オアシスは、アークノヴァの進行方向とほぼ同じ軌道を移動していた。

そのため、アークノヴァは速度を慎重に調整しながら彗星と並走する。


「接近します」


ノアの声。

アークノヴァの前方から、数本のビームアンカーが発射された。

光の杭がオアシスの表面へ突き刺さる。

次々と固定されていく。


「アンカー固定完了」


巨大な彗星とアークノヴァが、ほぼ同じ速度で並走する。


「接岸成功」


続いて、作業用シャトルとドローンが次々と射出された。

氷を掘削する大型ドリル。

氷塊を運ぶ自立作業ロボット。

採掘した氷を船内へ運び込む輸送ユニット。

ありとあらゆる機械が動き始めた。

オアシスの表面には、大小無数の穴が開いていた。

浅いものから、深いものでは五百メートルを超える。


「すごいな……」


遼は宇宙服越しに、その景色を見つめていた。


「天然の氷山っていうより、巨大な洞窟みたいだ」


「中にかなり水があるかもしれない」


イザベルが採掘データを確認する。


「この密度なら、かなりの量を持ち帰れそう」


ハッサンも頷く。


「機械の動きもいい」


「採掘速度、予定以上だ」


その隣には――

作業用に改造されたバローがいた。

大型油圧アーム。

強化された脚部。

掘削用アタッチメントまで装備している。


「本日の私は、完全な作業仕様です」


「見れば分かる」


遼が笑う。


「では、採掘現場の指揮を開始します」


バローが胸を張る。


「皆様、私にお任せください」


「頼むぞ、バロー」


三人――

遼、イザベル、ハッサンを中心に、採掘作業は順調に進んでいった。

巨大ドリルが氷を砕く。

作業用ドローンが氷塊を運ぶ。

自立ロボットが氷を輸送コンテナへ積み込む。

そして、次々とアークノヴァへ搬送されていく。


「第一コンテナ、満杯!」


『受領を確認しました』


「第二採掘区画へ移動!」


遼が指示を出す。


「了解!」


バローが巨大な脚を動かす。

ズン。

ズン。

氷の大地が震える。


「採掘量、かなり稼げてる」


ハッサンが満足そうに言った。


「これなら当面の水不足を解消できる」


イザベルも端末を見ながら頷く。


「あと少し続ければ――」


その時だった。


イザベルが、ふと顔を上げた。


「……待って」


オアシスの表面。

遠くの採掘穴から、白いものが立ち上っていた。


「水蒸気……?」


遼も目を向ける。

シュウゥゥゥ……。

わずかな白い霧が、穴の中から漏れ出している。

イザベルの表情が変わった。

端末を確認する。


「温度上昇を確認」


「オアシスが太陽に近づいてる」


「表面温度が急激に上がってるわ」


さらにデータを確認する。


「……まずい」


ハッサンが振り返る。


「何が?」


「内部圧力が上がり始めてる」


イザベルは即座に判断した。


「採掘中止!」


遼が驚く。


「もう?」


「今すぐよ!」


イザベルの声に迷いはなかった。


「全機撤収!」


「作業員も全員戻す!」


「これ以上ここにいたら危険!」


遼も頷いた。


「了解!」


通信回線を開く。


「全班、採掘終了!」


「ドローンは帰還!」


「自立作業ロボも撤収!」


次々と作業機械が帰還を始める。

しかし――

遼が端末を見る。


「……バローは?」


イザベルが確認する。


「まだ深部採掘区画にいる」


大型モニターには、地下五百メートル近くまで伸びた作業ルートが表示されていた。


「呼び戻す」


遼が通信を開く。


「バロー、聞こえるか?」


『はい。現在、深部で採掘作業を継続しています』


「中止だ!」


『了解しました』


「すぐに戻ってこい!」


『ただいま帰還します』


だが、イザベルの表情は険しい。


「遼、私たちも戻るわ」


「分かってる」


「もう安全じゃない」


「……ああ」


三人は帰還ルートへ向かう。

その時――

ゴゴゴゴゴ……。

地面の奥から、低い振動が伝わってきた。

イザベルが足を止める。


「内部圧力……さらに上昇してる」


「バローは?」


『地表まで、残り二百二十メートル』


遼が舌打ちする。


「まだそんなにあるのか」


ハッサンが振り返った。


「急げ水蒸気で吹き飛ばされるぞ!」


遼が通信に叫ぶ。


「バロー、帰還速度を上げろ!」


『了解。最大速度で上昇します』


イザベルは周囲を見る。

白い水蒸気が、先ほどよりも多くの穴から漏れ始めている。


「遼」


「分かってる」


「もう本当に時間がない」


遼はイザベルとハッサンを見る。


「二人は先に戻ってくれ」


「何?」


「俺もすぐ行くから」


イザベルが顔をしかめる。


「駄目よ」


「バローがまだ下にいる」


遼は深い採掘穴を見つめた。


「このまま見捨てられない」


「でも、危険すぎる!」


「分かってる」


遼は通信端末を操作した。


「俺が上から誘導する」


「バローが出てくる位置を確認して、安全な場所まで誘導する」


ハッサンが言う。


「俺も残る」


「駄目だ」


遼は首を振った


「俺一人なら、すぐに戻れる」


イザベルは唇を噛んだ。


「……本当にすぐ戻ってきて」


「ああ」


遼は笑った。


「バローを連れて、すぐ戻る」


イザベルとハッサンは、何度も振り返りながら退避を始めた。

遼はその場に残った。

通信を開く。


「バロー、現在位置」


『残り百八十メートル』


「右側の作業坑へ寄れ」


『了解』


遼は周囲の地形を確認しながら、バローの帰還ルートを指示する。

その間にも、オアシスの表面では水蒸気が増えていく。

シュウゥゥゥ……。

シュウゥゥゥゥ……。


「急げ、バロー」


『残り百二十メートル』


「大丈夫だ」


遼は自分に言い聞かせるように呟く。


「もう少しだ」


その時――

ドンッ!

地面が大きく揺れた。

遼がよろめく。


「うわっ!」


採掘穴の縁に亀裂が走る。


「ノア、オアシスの内部圧力は?」


通信の向こうから答えが返る。


『危険値を超えました』


「……まずいな」


遼はもう一度、バローへ通信を送る。


「バロー!」


『はい』


「あとどれくらいだ!」


『残り五十メートルです』


「分かった!」


遼は深い穴の下を見る。

白い水蒸気の向こう。

巨大なバローの姿が、少しずつ見えてきた。


「見えた!」


「もう少しだ!」


バローの大型油圧アームが穴の壁に食い込み、一気に身体を引き上げる。

ズズズズズ――!

その瞬間。

オアシス全体が、大きく揺れた。


「……!」


遼が振り返る。

無数の穴から一斉に白い水蒸気が噴き出した。


「バロー、急げ!」


『了解!』


遼は退避しようとした。


しかし、バローが地表へ出るまであと数メートル。


「あと少し……!」


そして――

ドォォォォォン!!

地下深くで巨大な破裂音が響いた。


「来る!」


猛烈な水蒸気が、採掘穴の底から一気に噴き上がる。

氷塊が吹き飛ぶ。

砂が舞う。

遼は踏ん張る。


「うわぁぁっ!」


しかし――

耐えきれなかった。

遼の身体が浮き上がる。


「遼!」


通信回線の向こうで、イザベルの叫び声が響く。

遼は空中で必死に手を伸ばす。


「バロー!」


「上がってこい!」


その声を最後に――

遼の身体は猛烈な水蒸気に押し飛ばされ、オアシスの表面から宇宙空間へと投げ出された。


「遼ーーーーー!」


イザベルの叫びが通信回線に響く。

白い水蒸気の向こうへ、遼の姿が消えていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。