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69話 水を求めて


重力湾曲エンジンについての説明が終わった後。

遼は一人、南国デッキへ向かった。考え事をする時最適なのだ


自由時間にここでくつろぐのが、遼にとって数少ない楽しみの一つでもあった。

人工のヤシの木。

白い砂浜。

南国風の照明。

そして、大きなプール。

宇宙船の中とは思えない空間。


「……少し泳ぐか」


自動ドアが開く。

遼は足を止めた。


「……え?」


プールが――空だった。

水は一滴もない。

底面がむき出しになり、巨大な空間だけが虚しく広がっている。

波の音を流していたスピーカーも停止していた。


「なんで……」


そこへ玲奈がやって来る。


「遼」


「玲奈、これ……」


「水不足」


玲奈は短く答えた。


「船内の水が足りないの」


「でも、今まで普通に使ってたよな?」


「今まではね」


玲奈の表情は笑っていなかった。


「節水のため、プールは使用禁止」


遼は空のプールを見つめた。


「……そんなに足りないのか?」


「かなり」


「どれくらい?」


玲奈は答えず、そのまま遼を中央作戦室へ連れていった。

そこでは、すでにクルーが集まっていた。

大型モニターに表示されているのは――

アークノヴァの水資源残量だった。

数字が表示されている。

そして、その数字がリアルタイムで減り続けていた。


「現在の総水資源」


ノアが告げる。


「残量――船内基準値を大幅に下回っています」


画面に複数の項目が並ぶ。

飲料水。

調理用水。

医療用水。

農業用水。

生活用水。

そして――

重力湾曲エンジン冷却用水。

それぞれの残量が表示される。


「……農業用水まで減ってる」


リサが顔を曇らせる。


「植物を維持できなくなる」


「そう」


イザベルが答えた。


「そして、一番問題なのがこれ」


画面が切り替わる。

重力湾曲エンジンの水消費量。


「エンジンを一回長時間稼働させるたびに、予測を大きく上回る量の水を消費している」


「どうして今まで気づかなかった?」


真田が尋ねる。

ノアが答える。


『従来の航行距離では誤差の範囲でした』


『しかし、恒星間航行へ移行して以降、連続的な空間置換を行うことで消費量が急増しています』


「つまり――」


悠斗が画面を見る。


「長距離航行すればするほど、水が減るってこと?」


『その通りです』


「じゃあ、水を補給しないまま進み続けたら?」


ノアは数秒沈黙した。

そして答えた。


『生命維持に必要な水を維持できなくなります』


誰も言葉を発しなかった。

さらにノアが続ける。


『現在の消費ペースが続いた場合、節水を徹底しても――』


一度、表示が点滅する。


『長期航行に必要な最低水準を維持できません』


アレックスが眉をひそめる。


「どのくらい持つ?」


『正確な予測には航行計画が必要ですが、余裕はありません』


「具体的に言え」


アレックスが静かに言った。

ノアが答える。


『水の補給に失敗した場合、数週間単位で生活用水、農業用水、そしてエンジン運用のすべてに深刻な制限が必要になります』


リサの表情が変わった。


「数週間……」


「それじゃ植物がもたない」


「食料生産が止まるぞ」


ハッサンが言う。


「飲み水だって、最低限にしなきゃならなくなる」


エレナが静かに付け加える。


「医療用の水まで削ることになる」


その言葉に、空気がさらに重くなる。

遼は誰もいなくなった南国デッキのプールを思い出していた。

ただ泳ぐだけの場所。

仲間と笑う場所。

そんなものは、とっくに贅沢だった。

問題はプールではない。

――水そのものが、アークノヴァの生命線なのだ。

イザベルが画面を切り替える。


「そして、もう一つ問題がある」


「重力湾曲エンジンを止めればいい、では済まない」


エンジンの冷却系統が表示される。


「この船は、重力湾曲航法によって恒星間を移動している」


「エンジンが使えなければ、ほとんど進めない」


ジョンが呟いた。


「つまり、水がなくなれば……」


「船が動けなくなる」


玲奈が答える。


「さらに、水がなくなれば生活も維持できない」


アレックスが腕を組んだ。


「……時間の問題だな」


その瞬間――

警告音が鳴った。

ピッ、ピッ、ピッ。

ノアの声が響く。


『水消費量が予測値を上回りました』


『重力湾曲エンジンの冷却系統で、一時的な消費増加を確認』


イザベルが顔を上げる。


「また増えた?」


『はい』


「まずい……」


イザベルは端末を睨んだ。


「これ以上消費が増えたら、補給が間に合わなくなる」


アレックスが即座に決断する。


「水を探す」


玲奈が頷く。


「今すぐ作戦を立てる」


ジョンが星図を表示する。


「氷天体、彗星、小惑星……探査データを全部洗う」


リサも立ち上がる。


「水分を含む天体を優先して探す」


真田が続く。


「採掘装置を準備する」


ハッサンが頷いた。


悠斗が言う。


「探査ドローンも全部使おう」


そして、ノアが航路を表示した。

アークノヴァの前方に、無数の天体が浮かび上がる。


「候補は複数あります」


ノアが候補の天体を赤く表示する。

遼は、重力湾曲エンジンの巨大な画面を見上げた。

そして、ふと空の南国デッキを思い出した。


「水、絶対に見つけよう」


「プールのためじゃない」


遼は苦笑した。


「みんなが生きるために」


アレックスが頷いた。


「決まりだ」


「全艦、水確保作戦に入る」


アークノヴァの航路が変更される。


未知の恒星を目指していた船は――


その前に、生命をつなぐ一つの惑星、あるいは氷天体を探し始めた。


水がなければ、未来もない。


恒星間航行よりも先に――


アークノヴァは、生き残るための水を探さなければならなかった。


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