7話 木星宙域
アーク・ノヴァが月面基地を離れてから一か月。
巨大な木星が船窓いっぱいに広がっていた。
ここは人類最後の整備地点。
この先は重力湾曲エンジンを最大出力まで引き上げ、一気に太陽系を離脱する。
一度加速を開始すれば、引き返すことはできない。
船内では最終点検が続いていた。
その頃には、クルー達はすっかり打ち解けていた。
見た目は全員二十五歳前後。
年齢も肩書きも忘れ、名字ではなく名前で呼び合うことも自然になっていた。
「改めて自己紹介でもする?」
ひかりが食堂で言い出した。
「今さら?」
隼人が笑う。
「だってちゃんと紹介したことないじゃん。」
その一言で全員が席に着いた。
まず口を開いたのは船長だった。
「俺はアレックス ブルナー。」
元宇宙軍司令官。
転送前は七十四歳。
冷静な判断力と豊富な経験で船を率いる。
普段は厳しいが、実は料理好きで休日は厨房に立つことが多い。
「私は玲奈。」
神谷玲奈。
三十八歳。
アーク・ノヴァ計画責任者であり、航海中は副船長兼科学主任。
冷静沈着だが、意外と笑い上戸。
「遼です。」
桐島遼。
七十八歳。
人工知能と量子航法理論の第一人者。
穏やかな性格で、自然と皆の相談役になっている。
「エレナよ。」
エレナ ヴォルコワ
元医師。
八十九歳。
船医。
どんな時でも落ち着いており、乗員全員から母親のように慕われている。
「俺は隼人。」
神崎隼人。
十八歳。
天才小型機パイロット。
訓練中の事故で義体転送を受けた。
操縦桿を握ると性格まで変わる。
「ひかり!」
天城ひかり。
十三歳。
IQ180を超える天才少女。
難病のため義体転送を受けた。
見た目は二十五歳だが、中身は十三歳。
甘い物が大好きで、隼人とは毎日のように口げんかをしている。
その後も紹介は続く。
真田誠(80歳)
機関主任。
エンジンなら右に出る者はいない職人気質。
無口だが面倒見がいい。
リサ・チェン(45歳)
植物・生態学者。
船内農園の管理責任者。
植物に話しかける癖がある。
ジョン・マーフィー(86歳)
地質学者。
岩石を見ると少年のようにはしゃぐ。
趣味はギター。
蒼井悠斗(41歳)
通信・情報担当。
ハッキング対策の専門家。
冗談好きで船内のムードメーカー。
イザベル・ロドリゲス(86歳)
物理学者。
重力湾曲エンジンの開発メンバー。
考え事を始めると食事も忘れる。
オマール・ハッサン(90歳)
整備士。機械全般エンジニア
宇宙の話になると止まらない。
「これで十二人。」
その道を極めた者が多数
アレックスが笑う。
「よろしく。」
「よろしく!」
食堂には拍手が響いた。
アーク・ノヴァには、人類最高の設備が搭載されていた。
全長二・三キロ。
船内は一つの小さな都市のようになっている。
ブリッジ。
居住区。
医療センター。
研究室。
植物工場。
小型機格納庫。
宇宙遊泳訓練施設。
人工重力リング。
大型シミュレーター。
さらには故障した部品を製造できるナノファクトリー
高炉や 大型3Dプリンターまで備えていた。
何年にも及ぶ航海を支えるための設備である
そして、この船にはもう一人の乗員がいた。
搭載AI。
《ノア》
「おはようございます、皆さん。」
柔らかな女性の声が船内に響く。
立体映像には二十代前半ほどの女性が映し出される。
「私は統合管理AIです。」
「航行、生命維持、エネルギー管理、医療補助、防衛、船内管理を担当します。」
ひかりが手を挙げる。
「ノア!」
「はい。」
「プリンある?」
「冷蔵庫の二段目に三個あります。」
「やったー!」
隼人が笑う。
「完全に保護者じゃないか。」
「否定できません。」
ノアは少しだけ微笑んだ。
その表情は、人間とほとんど変わらなかった。
木星離脱予定時刻。
全員がブリッジへ集まる。
大型モニターに地球が映
「こちら地球管制。」
「アーク・ノヴァ、聞こえますか。」
「こちらアーク・ノヴァ。」
アレックスが答える。
「全システム正常。」
「これより木星離脱を開始します。」
玲奈は静かに地球を見つめ
「皆さん、どうか無事に。」
地球管制室から拍手が聞こえた。
「人類の未来をお願いします。」
通信が終わる。
ブリッジは静まり返る。
アレックスが言った。
「エンジン始動。」
「重力湾曲エンジン、点火。」
真田が操作する。
「点火シーケンス開始。」
三。
二。
一。
……
静寂。
「……点火しません!」
警報が鳴り響いた。
赤いランプが船内を染める。
《警告 重力湾曲エンジン始動失敗》
「原因は!」
アレックスが叫ぶ。
ノアが即座に答える。
「エネルギー供給正常。」
「燃料系正常。」
「制御コンピューター正常。」
「異常箇所を特定できません。」
「そんな馬鹿な!」
真田が立ち上がる。
「俺が機関室へ行く!」
「俺も行く。」
隼人が続く。
「私は制御プログラムを調べる!」
ひかりはすでにコンソールへ飛びついていた。
玲奈はブリッジ全体を見回す。
「全員、持ち場へ!」
「これは訓練じゃない!」
クルー達が一斉に動き出す。
人類初の恒星間航海
その第一歩は、誰も予想しなかったエンジントラブルから始まろうとしていた。




