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66話 K氏

惑星Σを覆っていた砂嵐が、完全に消えたのは――結局、三日後だった。


三日間。

アークノヴァとルーデウス号は、ほとんど身動きが取れなかった。

それでも、バローがいなければどうなっていたか。

イザベルは何度考えても、背筋が冷たくなった。

あの砂嵐の中、横転したエリス。

減り続ける酸素。

救助に向かうことすらできなかったルーデウス号。

バロー。


「あいつが来てくれなかったら……」


イザベルは窓の外を見ながら、小さく呟いた。


「私も、ひかりも……」


その先は、口に出せなかった。

やがて砂嵐が収まり、救助と復旧作業が始まった。

重機タイプに改造されたバローは、最後まで大活躍した。

砂に埋まったエリスを掘り出し、さらにその周囲を掘削。

続いて、砂に半分以上埋まっていたルーデウス号の周囲を巨大な油圧アームで掘り進めていく。


「この程度の作業なら、お任せください」


バローは平然としていた。


「いや……お前、もうただのロボットじゃないだろ」


ジョンが呆れたように言う。


「重機です」


「本当土木建設機械だな」


そんなやり取りをしながらも、作業は順調に進んだ。

そして――

ルーデウス号は、ついに砂の中から姿を現した。

全員が無事に乗り込み、アークノヴァへ帰還する。

しかし、帰還したイザベルには休むつもりなどなかった。


「菅を呼んで」


指令室に入るなり、そう言った。


「今すぐ」


その声に、遼が振り返る。


「イザベル、少し休んだほうが……」


「休んでる場合じゃない」


イザベルの表情は、怒りで固まっていた。

ほどなくして、地球との通信がつながる。

画面に、内閣宇宙開発安全保障局の菅が映し出された。惑星Σからアークノヴァへ帰還した、その日のことだった。

イザベルは休むことなく、内閣宇宙開発安全保障局の菅との通信を繋いだ。

画面に菅の姿が現れる。


「イザベル、無事に帰還できて――」


「菅」


低い声だった。


「……あれは何?」


菅が言葉を止める。

イザベルは椅子に座っていなかった。

立ったまま、両手を机についていた。

その指先は、わずかに震えている。


「惑星Σで使った、あの兵器のことですか?」


「兵器?」


イザベルが鋭く言い返す。


「あんなものを、ただの兵器の一言で済ませるつもり?」


菅が黙る。


「私たち、死ぬところだったのよ!」


声が響いた。


「ひかりも、私も、本当に死ぬところだった!」


イザベルの呼吸が荒くなる。


「砂嵐の中でエリスは横倒し。酸素は減り続ける。救助にも来られない。外は何も見えない!」


一気に言葉が溢れ出す。


「その原因を作ったのは、私たちが持ち込んだ装置よ!」


菅は何も答えられない。


イザベルは端末を操作した。


「これを見て」


モニターいっぱいに、惑星Σの地形データが表示される。

広大な範囲が、まるごと消えている。


「爆発による地表消失面積――約二万平方キロメートル」


「二万……」


「そうよ!」


イザベルが画面を叩く。


「関東平野とほぼ同じ面積が、一瞬で吹き飛んだの!」


「……」


「これ、地球のどんな兵器で説明できる?」


菅は答えられなかった。


「核兵器だって違う!」


イザベルの目が赤くなる。


「核爆発なら、放射線も熱も衝撃波も、もっと分かりやすい形で残る。けど、あれは違う!」


「……」


「空間そのものが歪んでた」


その言葉に、菅の表情が変わった。


「重力湾曲エンジンを使ったのね?」


「……」


「そうでしょう?」


イザベルが詰め寄る。


「私も開発に携わってるのよ!」


声がさらに大きくなる。


「だから分かる!」


「理論上は理解できても、実際にどうやってあんな出力を出しているのか、私は知らない!」


「どうして重力場があんな速度で収束するの?」


「どうしてあの距離で空間が連鎖的に崩壊するの?」


「どうして発射した瞬間に、あんな巨大なエネルギーが発生するの!」


一つ一つの言葉が、もはや質問というより叫びだった。


「私、開発者よ!」


イザベルは胸を強く叩いた。


「なのに……自分が開発してるエンジンのことを、自分で説明できないの!」


部屋が静まり返る。

イザベルは息を切らしながら、菅を見つめた。


「説明して」


「……」


「今すぐ説明してちょうだい」


「イザベル……」


「私は、仲間を失いかけたのよ」


その声だけが、急に小さくなった。


「ひかりが眠って……私一人になって……」


拳が震える。


「あと少し遅かったら、本当に二人とも死んでた」


菅はしばらく黙っていた。

やがて、苦しそうに息を吐く。


「……分かりました」


「説明してくれるの?」


「私では無理です」


菅は視線を落とした。


「この件について、私より上の人間に説明させます」


イザベルは即座に答えた。


「いつ?」


「……後日、場を用意します」


「必ずよ」


「分かっています」


イザベルは最後に、モニターへ映る二万平方キロメートルの空白を見つめた。




――数日後。


面談の代表として アレックス 玲奈 イザベル 遥 の4人が話を聴くことになった

そこでイザベルたちを待っていたのは、一人の人物だった。

顔は映さない。

名前も伏せる。

通信画面には、ただ――


「K」


とだけ表示されていた。


「最初に言っておきます」


K氏の声が響く。


「私の素性については、絶対に口外しないでください」


玲奈が尋ねる。


「そこまで隠さなければならない理由は?」


少しの沈黙。


「私の名前や顔が知られれば……命が危ないからです」


部屋の空気が変わった。

イザベルが真っ直ぐ画面を見る。


「あなたは何を知ってるの?」


K氏は、しばらく黙っていた。

そして――


「重力湾曲エンジンについて話します」


低い声だった。


「あなたたちは、あれを地球人類が開発した技術だと思っていますね?」


イザベルが答える。


「もちろん」


「……違います」


一瞬、誰も言葉を失った。

K氏は続けた。


「重力湾曲エンジンの技術は――」


わずかに間を置いて。


「おそらく、地球の技術ではありません」


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