63話 イザベルの覚悟
イザベルは、ひかりと会話を続けながら、必死に思考を巡らせていた
酸素残量。
嵐の勢い。
救助までに必要な時間。
そして――エリスの残された機能。
彼女は何度も計器へ目を走らせた。
酸素残量は、刻一刻と減っている。
このままでは、二人とも助からない。
イザベルはひかりに気づかれないように通信回線を切る
「……ひかり」
「なに……?」
「後ろの救急キット、とって」
「救急キット?」
ひかりが振り返り、狭い車内でキットを探す。
「はい、これ……」
「ありがとう」
イザベルはキットを開いた。
その中から注射器を一本取り出す。
「……え?」
ひかりが不安そうに見つめる。
次の瞬間――
「いたっ!」
イザベルは迷うことなく、ひかりの腕に注射器を突き刺した。
「ちょ、ちょっと! 何するの!」
ひかりが驚いて叫ぶ。
「ごめん。でも、これしかないの」
イザベルは注射を終えると、
そこから漏れる空気を確認すると、テープを取り出し、何重にも巻きつけていく。
そして、静かな声で話し始めた。
「ひかり。眠ってしまう前に、よく聞いて」
「……何?」
「六時間後、あなたは目を覚ます」
「……六時間?」
「そう。そして、そのとき……私はここにいない」
「え……?」
ひかりの顔から血の気が引いた。
「嫌だよ……」
「酸素ボンベを交換しなさい」
「嫌……」
「今使っているボンベがなくなったら、次のボンベへ交換するの」
イザベルは淡々と説明を続ける。
「そして、そのボンベもなくなったら――エリスの酸素バルブを開く」
「……エリスの?」
「そう。外へ酸素が漏れ続けるけど、計算上は六時間はもつはず」
「そんなの……」
「アレックスには、もう連絡しておく」
イザベルは少しだけ笑った。
「アレックスのことだから……這ってでも酸素を届けに来るわ」
「……いや」
ひかりの目から涙がこぼれた。
「いやよ……」
声が震える。
「ダメだよ……イザベル……」
「ひかり」
「一緒に帰るの……!」
「……うん」
イザベルは答えた。
優しく、まるで本当に約束するかのように。
「一緒に帰りたかった」
「だったら……だったら私を置いていかないで!」
ひかりは泣きながらイザベルの腕をつかもうとした。
しかし、もう力が入らない。
「いや……ダメ……」
視界が滲む。
イザベルの顔が、遠くなっていく。
「イザベル……」
「大丈夫よ、ひかり」
「……一緒に……帰ろう……」
「……うん」
最後に聞こえたのは、イザベルの穏やかな声だった。
「必ず帰って」
ひかりの瞼がゆっくりと閉じていく。
「……いや……」
そして――
意識は、暗闇の中へ沈んでいった。




