54話 爆走メタンの湖
惑星αの探査は、九日目に入っていた。
予定していた七日間をすでに越えている。
それでも、アーク・ノヴァとの通信は戻っていなかった。
「見つけた!」
シルフィエットを操縦していた隼人から、突然通信が入った。
「北へ約二百キロ。」
「大きな水域らしきものがある。」
遼が地図を見る。
「湖か?」
「たぶんな。」
テットが地形データを解析する。
『液体の存在を確認しています。』
『ただし、水とは限りません。組成は現在解析中です。』
リサが興味を示す。
「液体が安定して存在しているなら、調査する価値があるわ。」
玲奈も頷く。
「ルーデウス号で移動しましょう。」
テットが答える。
『推奨します。』
『現在の惑星環境から考えると、湖付近へ移動することで通信が回復する可能性があります。』
隼人が尋ねる。
「このまま宇宙へ飛び出すこともできるんだろ?」
『可能です。』
『ただし、アーク・ノヴァが現在も離脱していることを考えると、惑星上空を含む宇宙空間に何らかの危険が存在する可能性があります。』
遼は考えた。
「……なら、無理に飛び立つ必要はない。」
「湖へ向かおう。」
四人はルーデウス号へ乗り込んだ。
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その頃、惑星αでは変化が起きていた。
空に浮かぶ三つの恒星。
そのうち三つ目の太陽が地平線から姿を現す。
茶色一色だった大地に、暖かな光が降り注ぐ。
「気温、二十度。」
テットが報告する。
リサが驚いた。
「二十度?」
「地球とほとんど変わらないじゃない。」
遼は窓の外を見る。
「これで酸素があれば、とても過ごしやすいのにな。」
やがて――。
前方に大きな湖が見えてきた。
「……大きい。」
誰もが息をのむ。
湖の表面は凍っていた。
しかし、通常の氷とは違う。
凍ったメタンの表面が鏡のように滑らかで、空に浮かぶ三つの太陽と雲をそのまま映し出している。
茶色い大地。
青白い空。
三つの太陽。
そして鏡のような湖。
幻想的な光景だった。
玲奈が思わずつぶやく。
「……きれい。」
その一言には、ため息にも似た感動が込められていた。
ルーデウス号は湖のほとりへ着陸する。
テットが周囲を確認する。
『湖面は凍結しています。』
『気温は上昇していますが、現時点で大型探査車による移動は可能です。』
『ロキシーの使用を推奨します。』
隼人が笑う。
「行ってみるか。」
全員が頷いた。
ロキシーを二台、湖畔へ降ろす。
一台には隼人と玲奈。
もう一台にはリサが運転し、遼が後部座席へ乗り込んだ。
「よし。」
隼人がアクセルを握る。
「じゃあ、行くぞ!」
「ちょっと待って!」
玲奈の声が響く。
しかし――。
**ブォォォォン!**
ロキシーは一気に加速した。
「きゃああああ!」
「速い! 速すぎる!」
玲奈の絶叫が湖畔に響き渡る。
リサも必死について行こうとアクセルを開く。
隼人は笑っている。
「大丈夫!」
鏡のような湖面の上を、二台のロキシーが滑るように進んでいく。
地平線と空の境目が分からない。
三つの太陽が湖面に映り、まるで上下すべてが空になったようだった。
遼は風を全身に受けながら叫ぶ。
「これが……風になるってことか!」
「うオーーーーーーー」
玲奈 リサ 隼人も叫ぶ
「UWAあああーーーー」
ロキシーは止まらない。
滑るように湖の上を進み、四人はしばらく、未知の惑星の絶景に言葉を失っていた。
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一方、遼たちが湖へ向かっている頃。
アーク・ノヴァでは、ノアが惑星αの観測データを解析していた。
『惑星α、地表温度が上昇しています。』
『本艦からは地上の詳細な状況を確認できません。』
『しかし、急激な環境変化が発生している可能性があります。生命が危険な状態になる可能性も有ります』
イザベルが不安そうに聞く。
「危険な状態なら、ルーデウス号は宇宙へ脱出してくるんじゃない?」
アレックスは黙っていた。
「……そうだな。」
イザベルが続ける。
「それをしないということは。」
「重大なトラブルに遭遇していると考えるのが普通じゃない?」
アレックスは操縦席から惑星αを見つめる。
「分かっている。」
「だが……。」
拳を握る。
「アーク・ノヴァは着陸船じゃない。」
「降下することはできる。」
「しかし、俺たちが着陸したとして、そこから飛び立てる保証はない。」
「探索隊とアークノヴァに残っているクルーの命……。」
アレックスは言葉を失った。
船長として。
十二人の命を預かる立場として。
決断しなければならない。
しかし、決めることができない
「……俺は何をしているんだ。」
アレックスは自分を責めるようにつぶやいた。
「仲間が下にいるのに。」
「救出すると決めることもできない。」
その横で、イザベルも涙を流していた。
「船長……。」
誰も答えられない。
重苦しい沈黙がブリッジを包む。
その時――。
「……!」
通信装置が突然点灯した。
『こちら、ルーデウス号。』
アレックスが顔を上げる。
『ルーデウス号AI、テットです。』
『全員無事です。』
一瞬、誰も動かなかった。
『惑星αから、いつでも離脱可能です。』
『指示してください。』
「……テット?」
アレックスの声が震える。
『はい。』
次の瞬間。
ブリッジ中から歓声が上がった。
「帰ってきた!」
「無事だった!」
イザベルは涙を拭いながら笑っている。
アレックスはしばらく何も言えなかった。
やがて、深く息を吐く。
「……よかった。」
三時間後。
惑星αからルーデウス号が上昇してくる。
大気圏を突破し、アーク・ノヴァへ接近する。
やがて、ルーデウス号は無事にアーク・ノヴァへ帰還した。
ハッチが開く。
「ただいま!」
隼人が最初に降りてくる。
続いて玲奈。
リサ。
そして遼。
四人は疲れていたが、皆笑っていた。
「おかえり!」
「無事でよかった!」
仲間たちが次々と駆け寄る。
遼たちは知らなかった。
自分たちが惑星αで湖を走り回っている間、アーク・ノヴァでは全員が生きて帰れるかどうかを巡って、緊迫した判断が行われていたことを。
そしてアレックスが、一人で自分を責め続けていたことも。
遼はただ、笑顔で仲間たちを見回した。
「何だよ。」
「みんな、どうしたんだ?」
その言葉に、アレックスは少しだけ笑った。
「……何でもない。」
しかし、その目には涙が浮かんでいた。




