49話 プロキシマ・ケンタウリ
アーク・ノヴァの前方に、ひときわ明るい恒星が見えていた。
**プロキシマ・ケンタウリ。**
太陽系から最も近い恒星系。
そこは、一つの恒星だけで成り立っているわけではない。
三つの恒星が互いの重力に影響を与えながら存在する、複雑な三連星系だった。
その奇妙な構造は、これまで多くの研究者たちを魅了し、架空の「三体モデル」の着想にもつながった星系として知られている。
ジョンが観測データを確認する。
「三つの恒星が複雑に影響し合っている。」
「惑星の環境も、太陽系とはかなり違う。」
ノアが続ける。
『事前調査では、ハビタブルゾーン内に二つの候補惑星を確認しています。』
玲奈が前方のホログラムを見る。
「今回調査するのは、そのうち外側にある惑星ね。」
『惑星識別コード――α。』
立体映像に、一つの青白い惑星が浮かび上がった。
地球よりやや小さく、表面には大きな大陸と広い海が確認されている。
ただし、遠距離観測だけでは生命の存在を断定できない。
アレックスは航法画面を確認する。
「アーク・ノヴァは惑星の重力圏外で停泊する。」
「ここから先は着陸船で行く。」
その時、先ほど食堂のモニターに映し出された堀内の顔が、アレックスの脳裏によみがえった。
「ウィンウィンの関係だよ。」
あの余裕に満ちた笑み。
仲間たちの成果を金に換えると、当然のように語った声。
アレックスの拳が強く握り締められる。
「……ふざけるな。」
低い声が漏れた。
堀内への怒りが、胸の奥から一気に込み上げてくる。
自分たちがどれほどの危険を乗り越え、どれほどの犠牲を払ってここまで来たのか。
それを、あの男は利益の数字としてしか見ていない。
アレックスは怒りのまま、航法コンソールを強く叩きそうになった。
しかし、すぐに手を止める。
自分はアーク・ノヴァの船長だ。
今、船長としてやるべきことは、堀内への怒りをぶつけることではない。
この船を安全に運用し、探査チームを無事に送り出すこと。
アレックスはゆっくりと息を吐いた。
「……今は、俺がやるべきことに集中する。」
怒りを完全に消すことはできなかった。
それでも、船長としての責任を胸に刻み、アレックスは気持ちを落ち着かせた。
巨大な着陸船――**ルーデウス号**。
全長約五十メートルの大型探査着陸船だ。
その内部には、惑星の大気や地表を調べるための観測設備。
さらに小型偵察機、**シルフィエット**。
そして地表を走り、掘削やサンプル採取を行う装甲バギー、**エリス**が搭載されている。
最後に、狭い場所へ入り込んで地表を調べる小型キャタピラ探査車、**ロキシー**。
今回の惑星αの有人探査は七日間を予定していた。
ルーデウス号で惑星へ降下し、着陸。
その後、シルフィエットを飛ばして上空から生命の痕跡を探す。
地上ではエリスとロキシーを使い、岩石や土壌を掘削。
サンプルを採取し、惑星の環境を詳しく調査する。
そして今回、最初の降下メンバーに選ばれたのは――。
**遼。**
**玲奈。**
**隼人。**
**リサ。**
四人だった。
格納庫。
ルーデウス号の前で、四人は最終装備を確認していた。
遼は宇宙服を確認しながら笑う。
「いよいよだな。」
隼人が機体を見上げる。
「人類初のプロキシマ・ケンタウリ惑星着陸か。」
玲奈は静かにうなずいた。
「ここまで来るのに、ずいぶん長かった。」
リサはサンプルケースを抱えている。
「七日間でできる限り多くのデータを持ち帰りましょう。」
その時、格納庫の入口からひかりが顔を出した。
「みんなー!」
「お土産よろしく!」
「お土産って……。」
遼が苦笑する。
ひかりは真剣な顔になる。
「じゃあ、石ころでいい。」
「生命の痕跡があったら、絶対持って帰ってね!」
四人は笑った。
やがてルーデウス号のハッチが閉じる。
遼は操縦席へ座る。
「全員、準備はいいか?」
「大丈夫。」
「いつでも。」
「準備完了です。」
遼は前方の惑星αを見つめる。
青白い惑星。
人類が初めて、その地表へ降りる瞬間が近づいていた。
アレックスの声が通信回線に響く。
『ルーデウス号、こちらアーク・ノヴァ。降下手順を開始する。』
遼が応答する。
「了解。ルーデウス号、降下準備完了。」
アレックスは最後にもう一度、深く息を吸った。
堀内への怒りは、まだ消えていない。
だが今は、探査チームを送り出すことが最優先だ。
『ルーデウス号、降下開始。』
巨大な着陸船が静かにアーク・ノヴァを離れる。
そのまま惑星αへ向けて加速を始めた。
アーク・ノヴァのクルーたちは、窓から遠ざかっていくルーデウス号を見送っていた。
未知の惑星。
未知の生命。
そして――。
人類が初めて踏み入れる、新しい世界。
七日間の惑星探査が始まった。




