46話 お笑い
アーク・ノヴァの船内では、ブラックホールからの脱出とHORIUCHI SPACEとの戦闘によって壊れた設備の修理が続いていた。
遼はハッサン、イザベル、誠とともに、船内の隔壁や開閉不能になったドアの修理を担当していた。
「このドア、完全にロック機構が壊れてるな。」
誠が配線を確認する。
「ここを迂回させれば、手動でも開けられるようになる。」
ハッサンは工具を片手に笑った。
「応急修理じゃなくて、ちゃんと直しておきたいな。」
「この船、まだ長い旅が残ってるんだから。」
遼も配線をつなぎながらうなずく。
「そうだな。」
「また何が起きるか分からない。」
その時、背後から声がした。
「……あの。」
振り返ると、リサが申し訳なさそうに立っている。
「ほとんど私が壊しました。」
「ごめんなさい……。」
遼たちは思わず顔を見合わせた。
「私、機械の修理は全然できないので……。」
「よろしくお願いします。」
リサは深々と頭を下げた。
遼は笑う。
「大丈夫。」
「気にするな。」
「リサのおかげで、みんな助かったんだから。」
リサが顔を上げる。
「でも……。」
「本当に気にしなくていい。」
遼は壊れた配線を見ながら笑った。
「この程度なら、俺たちに任せておけ。」
ハッサンも笑う。
「そうそう。」
「その代わり、リサには研究で頑張ってもらおう。」
リサは少し安心したように微笑んだ。
「ありがとうございます。」
そう言うと、また研究区画へ戻っていった。
四人は再び修理作業へ戻る。
カチッ。
配線を接続する。
ジジッ……。
電流が流れる。
「よし。」
誠がスイッチを入れる。
ウィーン……。
壊れていた隔壁がゆっくりと開いた。
「直った!」
イザベルが笑う。
「次いこう。」
それからしばらく、四人は黙々と修理を続けた。
やがてイザベルが工具を置く。
「ねえ。」
「そろそろ休憩にしない?」
誠も肩を回す。
「賛成。」
ハッサンも大きく伸びをする。
「腹減ったな。」
遼は苦笑する。
「じゃあ、食堂へ行くか。」
四人は工具を片付け、並んで通路を歩き始めた。
壊れた船を直す。
それは地味な作業だった。
けれど、アーク・ノヴァが再び宇宙を旅するためには、欠かすことのできない仕事だった。
そして今日もまた、アークノヴァは少しずつ前へ進んでいた。
食堂へ到着すると、ひかりが真っ先に遼を見つけた。
「遼!」
「ちょっとこれ見てよ!」
タブレット端末を持って、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「何だ?」
遼が画面をのぞき込む。
そこには、目隠しをされた小太りの男性が映っていた。
「やばいよ! やばいよ!」
男性は橋の上でおびえた声を上げている。
そして――。
「押すなよ!」
そう叫んだ瞬間。
ドンッ!
男性の身体が橋から突き落とされた。
「うわああああ!」
画面の中で叫び声が響く。
次の瞬間、男性は長いロープにつながれて大きく宙へ放り出された。
ひかりは腹を抱えた。
「ぶひゃひゃはひゃ!」
「ひゃははは!」
涙まで流して笑っている。
遼は呆然と画面を見つめた。
「……何だこれ。」
「バンジージャンプっていうんだって!」
ひかりは涙を拭きながら答える。
「昔のテレビって面白いね!」
アーク・ノヴァのコンピューターには、過去に放送された膨大な映像資料が保存されていた。
現在では倫理的な問題から閲覧が制限されている番組も、その中には含まれている。
二〇〇〇年代頃から、こうした危険を伴う企画や、人を身体的・精神的に追い込むような内容は問題視されるようになった。
やがてテレビから「お笑い」というジャンルそのものが、少しずつ姿を消していった。
遼は画面を見ながら、ふと思う。
(こんな番組を普通に見て笑っていた時代があったんだな。)
(今よりずっと自由だったのかもしれない。)
ひかりはまだ笑っている。
「ぶひゃひゃ……!」
遼は苦笑した。
「ひかり。」
「ん?」
「お前、自分で配線工事を手伝いたいって言ってただろ。」
「なんでタブレット見てるんだよ。」
ひかりは胸を張る。
「だってハッサンが、もういいから休んでろって言うんだもん。」
「え?」
ちょうど食堂へやってきたハッサンが、ため息をついた。
「そりゃ言うさ。」
遼が振り返る。
「どういうこと?」
ハッサンはひかりを指差す。
「やる気があるのは分かる。」
「本人も手伝うって張り切ってた。」
「でもな。」
「ひかりが直したところ、全部やり直しなんだよ。」
「えー!」
ひかりが抗議する。
「ちゃんと直したもん!」
ハッサンは即答した。
「直したんじゃない。」
「壊れ方が変わっただけだ。」
食堂に笑い声が広がる。
イザベルが吹き出す。
「ひかり、機械だけは触らせちゃダメね。」
誠も苦笑する。
「配線を一本つなぐだけの仕事なのに、三本増えてたからな。」
「それは高度な改造!」
ひかりが胸を張る。
遼は笑いながら肩をすくめた。
「だから大人しくタブレット見てろって言われたんだな。」
「うん!」
ひかりは何事もなかったように、再び動画を再生する。
『押すなよ! 絶対に押すなよ!』
「ぶひゃひゃはひゃ!」
また笑い出すひかりを見ながら、遼もつられて笑った。
宇宙船の中で、皆が笑っている。
それだけの何気ない時間が、今の彼らには何より貴重だった。




