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4話 出発

月面基地アルテミス。

巨大な格納庫の中央には、人類史上最大の宇宙船アーク・ノヴァが静かに横たわっていた。

全長二・三キロメートル。

銀白色の船体は、月面の光を受けて淡く輝いている。

船内では最終点検が進み、無数の整備ドローンが忙しく行き交っていた。

十二人の乗員は、発進前最後のブリーフィングルームに集められていた。

円形の部屋の中央に地球の立体映像が浮かぶ。

神谷玲奈がゆっくりと全員を見渡した。


「皆さん、本日をもってアーク・ノヴァ計画は最終段階に入ります。」


部屋は静まり返る。


「改めて説明します。目的地は、およそ十二光年先にある惑星『HD-40307g』。生命が存在する可能性が確認された候補天体です。」


青い惑星の映像が映し出される。

海らしきもの。

大陸らしき影。

しかし、その実態はまだ誰も知らない。


「到着予定時間は、船内時間で約8年。重力湾曲航法により、乗員が体感する時間は大幅に短縮されます。」


十二人は静かにうなずいた。


「皆さんには、探査だけでなく、人類初の恒星間航海における身体・精神・意識の変化を記録する任務もあります。」


その言葉に、何人かが顔を見合わせる。


意識転送という技術は成功した。

だが、それが何十年もの宇宙航海にどのような影響を及ぼすのか、誰にも分からなかった。

ブリーフィング終了後、遼は展望デッキへ向かった。

巨大な窓の向こうには、青く輝く地球。

その美しさは、人工の身体になっても変わらず胸を打った。


「隣、よろしいですか。」


声を掛けてきたのは、女性医師のエレナ・ヴォルコワだった。

転送前は六十八歳。

今は二十五歳ほどの姿をしている。


「もちろん。」


二人は並んで地球を眺めた。


「不思議ですね。」


エレナが微笑む。


「若返ったのに、心だけは昔のままです。」


「ええ。」


「鏡を見るたび、自分ではない誰かを見ている気分になります。」


遼も苦笑した。


「私もですよ。」


「ですが、孫娘に会ったら、おじいちゃんだと分かってもらえるでしょうか。」


その言葉に、二人は小さく笑った。

一時間後。

格納庫に発進警報が鳴り響く。

乗員たちは順番に船内へ乗り込んでいく

船内は驚くほど静かだった。

人工重力が作動し、床を歩く感覚は地上と変わらない。

遼は自室へ入る。

壁には一枚の写真が飾られていた。

出発前、陽菜から託された家族写真だった。

裏には幼い字で書かれている。


「おじいちゃん、星の写真をわすれないでね。」


遼は写真を胸に当て、静かに目を閉じた。


「約束は守るよ。」


艦内放送が流れる。


「全乗員、発進配置についてください。」


十二人はブリッジへ集まった。

船長席に座るのは、元宇宙軍司令官のアレックス・ウォーカー。

転送前は七十四歳。

現在は精悍な二十五歳ほどの姿をしている。


「諸君。」


彼は穏やかな声で言った。


「われわれは英雄ではない。」


「ただ、人類の一歩を預かった旅人だ。」


誰も言葉を挟まない。


「必ずたどり着こう」


短いその一言に、全員が静かにうなずいた。

月面管制室。

玲奈は巨大なスクリーンを見つめていた。


「アーク・ノヴァ、全システム正常。」


「重力湾曲エンジン、起動準備完了。」


カウントダウンが始まる。


10……9……8……


船体の後方に青白い光が集まり始める。


7……6……5……


月面の砂がゆっくりと舞い上がる。


4……3……2……


遼は窓の向こうに地球を見つめた。


「行ってきます。」


誰に向けた言葉だったのか、自分でも分からなかった。


1——。


静寂。


次の瞬間、《アーク・ノヴァ》は光に包まれ、音もなく月面を離れた。

青い地球を背に、人類初の恒星間探査船は、誰も踏み入れたことのない宇宙へ向かって飛び立つ。

その時、遼は胸の奥で、かすかにあの少女の声を聞いた気がした。

しかし周囲には何もない。

計器にも異常はない。

遼は首を振り、幻聴だと思うことにした





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