表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
38/39

38話 堀内正樹――失われた理想


堀内正樹。

彼は地球で生まれた政治家ではない。

火星で生まれた。

両親はともに、火星の資源採掘施設で働いていた。

火星での生活は厳しかった。

薄い大気。

低い気温。

限られた居住空間。

そして、常に死と隣り合わせの資源採掘。

事故が起きても、企業から十分な補償が出るとは限らなかった。

過酷な労働環境に耐えきれず、心身を壊す者も少なくなかった。

堀内の父親も、その一人だった。

採掘施設の事故。

崩落した岩盤の下から、父親が助け出されることはなかった。

そして数年後。

母親もまた、採掘施設で起きた事故によって命を落とした。

まだ幼かった堀内は、一度に両親を失った。


「なぜ……。」


「なぜ火星で暮らす人間だけが、こんな目に遭わなければならない?」


その疑問が、堀内の人生を変えた。

やがて堀内は、火星移民たちによる抵抗運動に参加する。

そして、それは大規模なクーデターへと発展した。

火星政府と巨大企業による支配に対する反乱。

激しい戦いの末、クーデターは成功した。

しかし――。

それは新たな戦争の始まりだった。

地球政府は火星側の行動を認めなかった。

地球軍が火星へ派遣され、火星側も武装する。

こうして地球と火星は戦争状態へ突入した。

堀内は戦争の悲惨さを目の当たりにする。

多くの仲間が死んだ。

子供たちも死んだ。

そして堀内は気づいた。


「戦いでは何も変わらない。」


「政治で変えるしかない。」


戦後、堀内は政治家になった。

火星移民の権利。

労働環境の改善。

資源採掘企業への規制。

地球と火星の格差是正。

彼は何度も訴え続けた。

最初は、多くの火星移民が彼を支持した。


「堀内なら、俺たちの生活を変えてくれる。」


「俺たちの声を地球に届けてくれる。」


そんな期待を背負って、堀内は政治の世界を進んでいった。

しかし――。

そこで彼は、政治の別の現実を知ることになる。

政治家だけでは何も変えられない。

大企業には莫大な資金がある。

政治献金。

メディア。

ロビー活動。

そして政治家自身もまた、その力に頼らなければ選挙を戦えない。

堀内が企業に都合の悪い政策を進めようとすれば、批判記事が出る。

選挙では対立候補に巨額の資金が流れる。

重要な法案も、いつの間にか骨抜きにされていく。

堀内は次第に疑問を抱くようになった。


「政治家とは……。」


「結局、大企業や金持ちに使われる存在なのか?」


かつて自分が憎んだもの。

大企業。

富裕層。

巨大資本。

それらが政治の世界を動かしていた。

堀内の理想は、少しずつ歪んでいった。

最初は、


「金が政治を支配するなら、政治家が金を持てばいい。」


そう考えた。

そして、さらにその先へ進む。


「自分自身が企業を持てばいい。」


火星で両親を失った少年は、いつしか巨大企業を率いる男になっていた。

そして設立されたのが――


**HORIUCHI SPACE**


だった。

月。

火星。

小惑星帯。

宇宙資源。

輸送。

宇宙ステーション。

堀内は次々と宇宙産業へ進出していった。

そして、彼が最も大きな商機を見つけたのが――。


**義体転送技術だった。**


人間の意識を新しい身体へ移す。

肉体が老いても、新しい義体へ移ればいい。

病気になっても、新しい身体へ移ればいい。

事故で身体を失っても、義体へ移ればいい。

そして――。


「永遠の命は、金になる。」


堀内はそう考えた。

しかし、その技術には重大な欠陥があった。

義体を作ることはできる。

人間の脳の情報を解析することもできる。

意識の一部をデータ化することもできる。

だが――。

**魂だけは移らなかった。**

義体転送を行っても、人間は目を覚まさない。

身体は完璧に動く。

神経も反応する。

声も出せる。

歩くこともできる。

それなのに――。

そこには「本人」がいない。

堀内は、その事実を隠した。


「新しい人生を。」


「永遠の若さを。」


「死を克服する時代へ。」


莫大な金額で義体転送の予約を受け付ける。

世界中の富裕層が殺到した。

国家。

巨大企業。

大富豪。

誰もが永遠の命を欲しがった。

そしてHORIUCHI SPACEは、さらに巨大になっていった。

しかし研究施設では――。

義体へ移された人間たちが、ただ静かに眠っていた。

そこで堀内は別の方法を考えた。

外部コンピューターから義体を操作する。

声を出させる。

歩かせる。

笑わせる。

家族の前で、まるで「目覚めた」かのように見せる。


「お父さん……?」


「……ああ。」


「帰ってきたのね!」


家族は泣きながら抱きつく。

しかし、その義体を動かしているのは本人ではない。

外部コンピューターだった。

堀内はその様子を見ながら、拳を握りしめる。


「まだだ……。」


「まだ完成していない。」


本当の意味で人間を蘇らせるには、どうしても足りない。

魂。

その謎を解かなければならない。

そして堀内は、ある船の存在を思い出す。

**アーク・ノヴァ。**

その乗員たちは全員、義体転送を経験している。

しかも通常の義体とは違う。

自分自身のDNAを組み込んだ特殊な義体。

そして――。

彼らは本当に「生きている」。


「なぜだ……?」


堀内は研究データを睨みつける。


「なぜ、こいつらだけは成功した?」


彼らの身体には、まだ科学では説明できない領域が存在している。

通常の解析では理解できない、わずかな部分。

それこそが、魂に関係している可能性がある。


「アーク・ノヴァさえ手に入れば……。」


しかし、アーク・ノヴァは消えた。

ブラックホールに飲み込まれ、行方不明になった。

だが、堀内は諦めなかった。


「必ず戻ってくる。」


研究チームに命じ、ブラックホール周辺の観測を続けさせた。

さらに最新のAIシステムを使って、ブラックホールの挙動を解析する。

重力波。

空間の歪み。

エネルギー変動。

過去の観測データ。

あらゆる情報をAIへ入力する。


「出口があるとすれば……どこだ?」


AIは膨大な計算を続ける。

そして――。

一つの宙域を予測した。

**アーク・ノヴァ帰還予測地点。**

堀内はその座標を見つめる。


「ここか……。」


その日から、堀内は待ち続けた。

一年。

二年。

五年。

そして――。

十年。


アーク・ノヴァが消えてから十年。

堀内は、予測地点に巨大な艦隊を配置した。

なぜなら、アーク・ノヴァは彼にとって単なる行方不明船ではない。


**永遠の命を完成させるための、最後の鍵だったからだ。**


そして、十年後。

漆黒の宇宙空間が突然、大きく歪んだ。

AIが警告を発する。


『空間異常を検知。』


堀内が立ち上がる。


「……来たか。」


次の瞬間。

稲妻と業火の渦の中から、一隻の宇宙船が姿を現した。

アーク・ノヴァ。

堀内は、ゆっくりと笑った。


「ようこそ……。」


「私の未来へ。」


かつて火星で両親を失い、貧しい移民たちのために戦った少年。

政治の腐敗に絶望した政治家。


そして今――。

宇宙そのものを支配しようとする巨大企業の総帥。

堀内正樹は、もう昔の自分には戻れなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ